ライバルで友人――マリーとジョコビッチ 栄光も重圧も分かち合う二人の主役

内田暁

緊迫の試合開始、徐々にマリーの展開へ

マリーのペースに食らいつくジョコビッチ 【写真:ロイター/アフロ】

 試合開始直後のマリーのダブルフォルトが、この一戦の重みをあらためて際立たせる。それでも直後にマリーは時速132マイル(=時速212キロ超)のエースを決めるなど、サーブに威力と切れがあった。対するジョコビッチも、最初のサービスゲームでエースを決め、以降もコースを読ませぬサーブでポイントを重ねていく。稀代のストローカーである両者の試合には珍しく、序盤は激しい打ち合いもなく、静かな均衡状態がしばし続いた。

 そしてこの展開こそは、マリーが望んでいるものだった。

「最初の7ゲームほどは、長いラリーがほとんどなくて助かった。僕らの試合にしては、実に珍しいことだけれど。立ち上がりの数ゲーム、ノバクのサーブは素晴らしかった。僕もサーブで簡単に取れるポイントが多かった」

 前日の準決勝で、ミロシュ・ラオニッチ(カナダ)と3時間38分のマラソンマッチを戦っていたマリーは、「今朝は起きた時から体が重く、練習でも感覚が良くなかった」と認めている。だからこそ最初の数ゲームで、彼は体力の温存に努め、そして勝負の機を待った。
 その時は、第8ゲームで訪れる。充電期間を終えたかのように、突如としてマリーは長い打ち合いを挑みだした。左右に打ち分け、ジョコビッチの強打をも拾い、深いボールだけでなく鋭角のクロスや高く弾むスピンを用いながら、常に相手を走らせる。その打ち合いにしびれを切らせたかのように、先にミスを犯すジョコビッチ。ジョコビッチがストロークを2本連続でネットに掛け、マリーがブレークした瞬間、客席から沸き上がる大歓声と彼らが地面を踏みならすその振動で、1万8千人を飲みこんだアリーナが、文字通り震えた。

 このリードを守ったマリーが第1セットを奪い、その勢いのままに第2セットの最初のゲームもブレーク。ゲームカウント4−1からはジョコビッチの逆襲を許すも、1つのブレークの差は守りきった。
 そうして迎えた、勝利を懸けたマリーのサービスゲーム。意地を見せるジョコビッチの前に2度のデュースにもつれるが、3度目の“チャンピオンズ・ポイント”で、ジョコビッチのリターンがサイドラインから逸(そ)れていく――。その打球の行方を見届けると、彼はラケットを落とし、ファミリーボックスに向き直ることも忘れて、その場で両手を突き上げた。この日最大の歓声がアリーナを満たす中、マリーは自身初となるツアーファイナルズの頂点の空気を、全身に吸い込んでいた。

たたえ合う二人のヒーロー

戦いを終えて、言葉を交わす二人。映画のようなヒーローたちのストーリーは、2017年の戦いに続いていく 【写真:ロイター/アフロ】

“ランキング1位”と“ツアーファイナルズ優勝”の二つのトロフィーが並ぶ表彰式で、ジョコビッチは、「アンディは世界1位にふさわしい選手だ。この特別な時間を共有できることを、とても光栄に思っている」と、長年の友人にしてライバルの勝利を祝福する。「1年間に4つのグランドスラム全てを取る(2015年全英〜16年全仏)、すごい偉業を君は成し遂げたんだ」とマリーも、横に立つキャリアグランドスラマーにエールを送った。

 青白い照明に照らされ紙吹雪が舞う中、世界1位の証を抱くマリーと、準優勝プレートを手にしたジョコビッチの笑顔に、会場に流れるBGMの「We could be Heroes(きっと英雄になれる)」の歌詞が重なる。

 まるで映画のシナリオのような、2016年シーズンのフィナーレだった。

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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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