伊調馨、発揮した土壇場の底力 4連覇は苦戦したからこそ価値がある

布施鋼治

敗色ムードをひっくり返す逆転勝利

苦しみながら手にした4連覇だった 【写真:ロイター/アフロ】

 決勝を争ったワレリア・コブロワゾロボワ(ロシア)は、伊調の髪の毛を再三引っ張ってきた。もともと大会前のドーピング問題で揺れたこともあって、ブラジルでもロシア代表に対する声援は同胞に限られているように見受けられた。だからこそコブロワゾロボワの故意と思える反則行為には大ブーイングが浴びせられた。

 ポイントを先制したのは伊調の方だったが、第1ピリオドが終わった時点でのスコアは1−2で、コブロワゾロボワがリードしていた。終盤押し出しを巡る攻防でお互い体を入れ換えながら、最後はコブロワゾロボワが2ポイントを挙げて逆転に成功したのだ。

「頑張れ、ニッポン!」

 チョンマゲのコスプレをした日本人サポーターが大声を張り上げる。裏を返せば、それだけコブロワゾロボワが試合を優勢に進めていた証拠でもあった。第2ピリオドになると伊調は必死の反撃を試みるが、コブロワゾロボワのバランスを崩すまでには至らない。

 残り時間が少なくなるにつれ、伊調の敗色ムードは濃厚になっていた。しかし、残り時間5秒というところで、伊調はコブロワゾロボワのタックルを受け止めがぶりの体勢へ。さらに相手の足を持ってバックに回って試合終了間際に2ポイントを挙げた。3−2。登坂絵莉(東新住建)に続いて土壇場での逆転勝利による優勝だ。この時点では誰も最終試合に組まれた69キロ級決勝で土性も逆転勝利を収めるとは、夢にも思っていなかった。

後輩にも受け継がれる伊調魂

決勝の試合後は涙を抑えることができなかった 【写真:ロイター/アフロ】

 伊調にしてみれば、過去出場した五輪と比べても最も苦戦した大会だった。先に記したように、これだけ距離をとられ、相手に反則を加えられた大会も珍しい。だからこそ今回の優勝は最も価値があるのではないか。

 五輪4連覇を期待される目に見えぬ重圧もあっただろう。しかも、舞台は地球の反対側にあるブラジル。時差は12時間もあり、日本とは昼夜が逆転したリオでは体内時計は狂いやすい。いくら国際試合に慣れているとはいえ、ベストパフォーマンスを出すにはあまりにもマイナス要因が重なっていたが、伊調は土壇場で底力を発揮した。たとえ敗色ムード濃厚でも、最後まで諦めずに自ら動いてチャンスを作る。そのファイティングスピリットと実行力は、間違いなく後輩の登坂や土性にも受け継がれているような気がしてならなかった。全ては日頃の練習のたまものである。

 ブラジルの太陽は気温が20度前後でもわれわれの肌をジリジリと焼き、体力を奪っていく。優勝を決めた直後、伊調が久々に見せた笑顔は、それにも負けぬ照度を誇っていた。

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著者プロフィール

1963年7月25日、札幌市出身。得意分野は格闘技。中でもアマチュアレスリング、ムエタイ(キックボクシング)、MMAへの造詣が深い。取材対象に対してはヒット・アンド・アウェイを繰り返す手法で、学生時代から執筆活動を続けている。Numberでは'90年代半ばからSCORE CARDを連載中。2008年7月に上梓した「吉田沙保里 119連勝の方程式」(新潮社)でミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞。他の著書に「東京12チャンネル運動部の情熱」(集英社)、「格闘技絶対王者列伝」(宝島社)などがある。

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