「夢だった」スペインでようやく輝いた乾 活躍を待ち望む家族の前で決めた初ゴール

順風満帆ではなかったリーガ初挑戦

「守備第一」を戦術とする指揮官のもとで、乾は思うように出場機会を得られなかった 【写真:ムツ・カワモリ/アフロ】

 もっとも、乾のリーガ初挑戦は、クラブ史上最高のシーズンを過ごすチームほどに順風満帆なものではなかった。

 第5節レバンテ戦(2−2)で先発してエイバルでのデビューを飾ると、いきなりアシストを記録。その後は4試合連続でスタメン出場を果たし、一時はレギュラーポジションを奪取したようにも思えた。しかし、奇しくも乾本人が最も楽しみにしていたであろう第9節のバルセロナ戦が分岐点となる。

 この試合で先発したものの結果を残せず、チームも1−3の逆転負けを喫すると、それ以降はベンチスタートが多くなった。以降、年内最終戦までに先発に名を連ねたのは、11月29日に行われた第13節のレアル・マドリー戦(0−2)と、12月16日に行われたスペイン国王杯4回戦セカンドレグのポンフェッラディーナ戦(4−0)の2試合だけだった。

 この間、思うような出場機会を得られなかった理由は、主に2つある。

 1つ目は、ホセ・ルイス・メンディリバル監督がシステムを変更したことだ。今季からエイバルを率いる指揮官は、バルサ戦での敗戦を境にシーズン開幕から採用し続けていた「4−2−3−1」を諦め、セルジ・エンリクとボルハ・バストンという、当時好調を維持していた2人のFWを併用する「4−4−2」へと方針転換。

 これにより、乾が争う2列目のポジション枠が「3」から「2」に減少した。そして、昨シーズンのリーガで3得点8アシストの活躍を見せたサウール・ベルホンや今季加入直後から精力的なプレーを見せていたケコと比較して、デビュー戦以降、目に見える結果を出せていなかった乾は3番手扱いとなった。

 またこの変更によって、2列目の選手にさらなる守備力が求められるようになったことが、乾の出場機会を阻む2つ目の要因となった。もともと守備が得意ではない乾は、相手ボールになった瞬間にプレスこそかけるもののボールを奪うシーンはほとんどなく、1対1では簡単に相手の突破を許していた。

 いわゆる“軽さ”が目立つ選手を「4−4−2」のサイドMFでは起用できない――。まずは“守備第一”を戦術ベースとする指揮官が、乾をそう評価していたのは想像に難くない。それは、過去にリーガ1部でプレーした7人の日本人選手が直面した課題でもあった。

失敗が許されない一戦で見せた今シーズンベストのプレー

コンスタントな活躍を見せられるか、乾の今後に期待が高まっている 【写真:ムツ・カワモリ/アフロ】

 そんな中で迎えた、年明け初戦の第18節ベティス戦。連戦も考慮されて先発出場のチャンスを得た乾は、「4−2−3−1」の左サイドMFでプレーしたものの、悪夢にも近い初夢を見ることになる。

 チームは4−0の大勝を収めたが、今季先発した試合で最短となる後半16分でベンチに退いたのだ。この試合の『マルカ』紙の採点は「6.5点」。先発11人のなかで同じ点数をつけられた選手は他に4人いたものの、試合後に「俺以外はみんな良かった」と本人が振り返ったように、今季最低のパフォーマンスだった。

 それを考えれば、10日のエスパニョール戦は、これ以上の失敗が許されない一戦だったはず。だが、“助っ人”としての評価が確立されるかもしれないその試合で、一転してシーズンベストのプレーを披露するのだから、まさにフットボールは想定外に溢れたスポーツと言える。

 ただし、乾にはこの試合に懸ける別の理由があったようだ。地元バスク州の公共放送『エウスカル・イラティ・テレビスタ(EITB)』は、エスパニョール戦での乾に焦点を当てた特集番組を放送した。実はこの試合では、乾の夫人と息子が現地観戦に訪れていたのだ。

 果たして、結果はご存じのとおりである。その映像はネット上にも公開されているのだが、乾がこの試合でゴールした後、スタンドの方に向かって指差した先には、“パパ”の活躍を待ち望んでいた家族がいた。そして、乾は試合後に記念のユニホームを2人にプレゼント。その瞬間、周りにいたサポーターたちからは、大きな拍手が送られた。

 なおこの特集につけられたタイトルは、「タカシ・イヌイ、まるで漫画のように」。乾の1日は担当ディレクターの予想をも上回る、まさに漫画のように良くできたものだったことだろう。

 憧れの地スペインに到着して以来、ようやく結果を出した乾。たが“鬼門”と言われるリーガでは、瞬間的な輝きを放った選手はこれまでに何人もいた。今後もコンスタントな活躍を見せられるのか、また現地での日本人選手に対する評価を変えられるのか。乾が超えるべきハードルはまだたくさんある。とはいえ、『EITB』が放送した特集番組で、スペイン語のナレーションは最後にこう締めくくった。

「これからも毎日は楽ではないだろう。しかし、常に笑顔を絶やさすことがないタカシ・イヌイは、エイバルでますます幸せを感じている」
 
 その笑顔をシーズン最後まで見たい――。そう考えるのは、きっとわれわれ日本人ファンだけではないはずだ。

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著者プロフィール

1984年生まれ、徳島県生まれ。マニュアル制作会社に勤めた後、2011年夏からフットメディアに所属。J SPORTSのプレミアリーグ中継や『Daily Soccer News Foot!』などに関わり、ライター・翻訳をメインに活動する。学生時代にはバルセロナへ1年間留学。ルームメイトがアルゼンチン人だったこともあり、南米コミュニティーのなかでフットボールのイロハを学べたことが今の財産。

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