清宮、上々の甲子園デビューも不満顔 試合後に見せた「スラッガーの本能」

楊順行

ヒーロー扱いには複雑な表情

自身の甲子園初戦を白星で飾り、校歌を歌う清宮(写真中央) 【写真は共同】

「最高ですね。(甲子園は)格が違う」から始まった試合後のお立ち台は、清宮のワンマンショーだ。

「(お立ち台は)あ〜、ここか、って。高いっすね」

 報道陣に、ヒーローが立つ台だと説明を受けると「(自分が)ヒーローなんすか?」とちょっと複雑な顔をした。1年生らしくない堂々たるビッグマウスだが、質問者の目を見ながら、誠実に話すから憎めない。そして続けたのが、冒頭の「やっていて、気持ちよかった」である。

 自分がヒーローのお立ち台に立つことに納得がいかないのは「1本出ましたが、全然ダメです。チャンスが何回も回ってきたのに、ことごとくダメで。期待していただいて、まだそれに応えていませんから。初回の攻防がカギ、と言われていたのに、その初回も凡退しましたし、全打席ヒットを打つぐらいじゃないと」 と、得点圏に走者を置いての3打席に凡退したことをしきりと悔やむ。早実・和泉実監督はこう分析する。

「スラッガーの本能なんでしょうね。サイドハンドの誘い球に、自然に反応してしまっていた。ですが、お父さん譲りの勝負に対する感覚と、向上心がすごくある」

 かくして清宮の甲子園デビューは、4打数1安打1打点。清宮は「ヒットが出ないよりは、出た方がいいですが……」と不満顔だが、あの清原和博(PL学園高)にしても、1年生4番として甲子園デビューだった1983年夏は、神経性の下痢で1、2回戦はまるでヒットが出なかったのだ。上出来じゃないか。

 早実の次戦は、8日目第1試合の対広島新庄高戦。今度は、試合前取材に間に合うように心してかかります。

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著者プロフィール

1960年、新潟県生まれ。82年、ベースボール・マガジン社に入社し、野球、相撲、バドミントン専門誌の編集に携わる。87年からフリーとして野球、サッカー、バレーボール、バドミントンなどの原稿を執筆。高校野球の春夏の甲子園取材は、2019年夏で57回を数える。

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