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「空白の2年」を経て成長した山中亮平
代表復帰「僕だけの経験をプラスに」

ニュージーランドでつかんだ自信

ニュージーランドで世界トップレベルに触れ、自信をつかんだ
ニュージーランドで世界トップレベルに触れ、自信をつかんだ【斉藤健仁】

 3月末から2カ月の間、チーフスのトップ選手たちと一緒に練習し、育成チームで試合に出場。慣れ親しんだスタンドオフ(10番)ではなく、インサイドセンター(12番)にも初挑戦した。「ディフェンスではフィジカルの強い外国人相手にずっとやっていて、体を当てることができるようになった。また12番で評価してもらい、視野も広がって(海外でもやれるという)自信もつきました」


 かつてタックルにやや難があった山中はもういない。2011年まで4年間、南アフリカ代表のアシスタントコーチを務め、今シーズンから神戸製鋼を指揮するギャリー・ゴールドHCも「体もあって良いディフェンダーだし、パスもうまくスピードもある。左利きのキックもチームにオプションを与える万能選手」と称える。日本に戻った山中は、神戸製鋼の12番としてプレーし、開幕から5連勝に貢献した。

エディーHC「機会があれば15番も」

エディー・ジョーンズHC(左・背中)は複数ポジションでの活躍を期待している
エディー・ジョーンズHC(左・背中)は複数ポジションでの活躍を期待している【斉藤健仁】

 新たな境地に達しようとしている山中の活躍は、すぐに日本代表の指揮官の耳に届く。かねてから「パスとラン、キックと判断できる選手」と評価していた立川理道(クボタ)、田村優(NEC)と同タイプの山中は、ジョーンズHCが好む選手だと思っていた。山中の高校時代の恩師・土井崇司監督(現・東海大アドバイザー)も、かつて「(ジョーンズHCは)山中を見ていないだろ? 見たら気に入るはず」と力説していたことを思い出した。


 日本代表の合宿のメンバーに選出され「びっくりした」という山中は、桜のエンブレムの付いた練習着を身につけて「懐かしい感じがして、素直にうれしかった」という。「指揮官も代わって新しいことばかりですが、(以前と違って)僕より年下の選手もたくさんいてやりやすい」と意気込みつつ、時折、1本目のセンターとして練習に精を出していた。


「ヤマナカ、マッスグ」、「ヤマナカ、OK」と声をかけていたジョーンズHCは「山中はフィジカルをもっと強化しないとインターナショナルレベルで通用しないと思うが、パススキルも高いし、左足でキックもでき、スペースがどこにあるか見極められる。控えとして10番、12番をカバーでき、機会があれば15番としても試したい」と一定の評価を与えた。

止まっていた時間が再び動き出す

パスを出す山中。「選ばれたからには来年のワールドカップに出たい気持ちはあります」
パスを出す山中。「選ばれたからには来年のワールドカップに出たい気持ちはあります」【斉藤健仁】

 リーチ マイケル主将(東芝)、田村ら同期が多く選ばれているため、山中が「みんなから遅れている」という言葉を繰り返す姿が印象的だった。ジョーンズHCの下、初の日本代表合宿を終えて「細かいところはまだまだですが、良い合宿でした。ちょっとはアピールできました。選ばれたからには来年のワールドカップに出たい気持ちはあります。また呼ばれるようにトップリーグで頑張っていきたい」と謙虚に語った。


 楕円球から離れた時期、試合に出られないシーズン、そして王国への留学を経て、山中は少しやんちゃだった青年から、勇敢なフットボーラーへと成長しつつある。再び、桜のジャージー、そして世界最高の舞台へ――、1キャップで止まっていた時が、再び動き出した。

斉藤健仁

スポーツライター。1975年生まれ、千葉県柏市育ち。ラグビーとサッカーを中心に執筆。エディー・ジャパンのテストマッチ全試合を現地で取材!ラグビー専門WEBマガジン「Rugby Japan 365」、「高校生スポーツ」の記者も務める。 学生時代に水泳、サッカー、テニス、ラグビー、スカッシュを経験。「世界最強のゴールキーパー論」(出版芸術社)、「ラグビー「観戦力」が高まる」(東邦出版)、「田中史朗と堀江翔太が日本代表に欠かせない本当の理由」(ガイドワークス)、「ラグビーは頭脳が9割」(東邦出版)、「エディー・ジョーンズ4年間の軌跡―」(ベースボール・マガジン社)など著書多数。最新刊は「高校ラグビーは頭脳が9割」(東邦出版/2017年11月刊)。

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