意外と知らない富士山10の豆知識 フジヤマNAVIの登山ガイド(2)
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(1)富士山は徳川家康のものだった?
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歴史のある霊山を私物化するなど、いったいどこの不届者だと思うかもしれないが、安心して欲しい。頂上に鎮座している「浅間神社」が持ち主なのだ。浅間神社は、全国に1300以上あり、中でも富士宮市宮町に位置する富士山本宮浅間大社は総本宮である。祭神に木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)、彦火瓊々杵命(ひこほのににぎのみこと)、大山祇命(おおやまづみのみこと)を祀る。
本社神殿は武田信玄公の厚い信仰を受け、桃山時代の高荘な建造物として国の重要文化財に指定されている。また毎年、7月1日は450年以上続いている「お導開き(おみちびらき)」をし、富士山の山開きも行っている。
このようなことからもわかるように、浅間神社と富士山の結びつきは古い。そもそもの持ち主はあの徳川家康で、1606年に家康から大社に寄進されたと伝えられる。ところが、明治維新後の1871年に国有地化。太平洋戦争後、全国で国有地された土地が寺社へと返還されたが、富士山頂だけは一部を除いて返還されなかった。
1974年の最高裁判所の判決によって、あらためて浅間神社のものと認められたが、それでもなかなか返還されなかった。静岡、山梨両県の県境が画定されていないため登記できなかったのである。それからさらに30年の時が流れ、2004年、財務省東海財務局が県境問題よりも優先することで調整し、ようやく無償譲与した。こうして134年ぶりに、富士山山頂はもとの持ち主に戻ったというわけだ。
富士山の頂上というのは、正しくは神様の家。そう思うと、富士山登山もまたひと味違った趣になるに違いない。
(2)縁の下の力持ち「強力さん」
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6合目、7合目、8合目…と順調に登っていくと、それと比例するかのように、そこに置かれている自動販売機の表示価格も上がっていく。たとえば、5合目の自動販売機で売られていた某ジュースは150円だったが、6合目の自動販売機では200円、7合目は300円……と値上がり、9合目あたりになると500円くらいにまで跳ね上がってしまうのだ。
この値上がり率に法則はない。高さによって50円とか100円づつ上がるというわけでもないのである。たとえば、某メーカーの500ミリリットルのジュースは、9合目が500円、7合目が550円と標高が低い方が価格が高い。
これら価格設定の根拠は不明だが、下界とは異なる過酷な立地環境へ物資を運ぶことと関係がある。かつて山小屋や富士山観測所の食料などは、「強力(ごうりき)さん」と呼ばれる山のプロたちが背負って運んでいた。1964年の富士スバルラインの開通や、ブルドーザー道の完成、2004年の山頂測候所の自動化などにより、強力さんに頼ることはなくなっていった。とはいえ、相変わらず物資を運ぶ車両や道路の維持管理には手がかかるため、こうした運搬者への手間賃が入っているのではないか、と言われている。
富士山登山には水分補給がつきものだ。ジュースの飲み過ぎはよくないが、気分転換に自動販売機で価格ウォッチをしながら登ってみるのも面白いかもしれない。
(3)本当に標高3776メートルなのか? 富士山の高さにまつわるミステリー
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富士山の高さは、四捨五入して3776メートル。これが今では公式になっている。ここであえて「今では」という言葉をつかったことからもわかるように、実はかつては3776メートルではなかった。
1885年の公式記録では、富士山では3778メートルだったのだ。120年以上前なんだから測り間違いじゃないのと思われるかもしれないが、そうではない。富士山はある出来事で、低くなってしまった可能性が高いのだ。
それは関東大震災だ。ご存知のように1923年9月1日、相模湾北西沖を震源として発生したマグニチュード7.9の大地震で、関東全域に史上最大級の被害を与え、10万人近い人々がなくなった。
この未曾有の大地震で、震源地からもほど近い富士山はどうなったのか。地殻変動があったのではないかということで、1926年再調査をしたところなんと、3776メートルになってしまっていたのだ。地震による地殻変動や崩落が原因かどうかは定かではないが、たしかに2メートルも低くなってしまっていたのだ。ちなみに、これ以降は、富士山は低くなっていない。
その一方で、富士山が低くなったのは、頂上部分の風化や地殻変動ではなく、「測り間違い」だと主張する人々もいるが、測定技術が向上すればするほど、富士山が低くなっているという奇妙な現象も起きている。
たとえば、1962年、国土地理院が山頂2等三角点で測定をしたところ、3775メートルだったものが、1993年に大成建設がGPSと水準法という方法で測定したところ、3774.9メートル。わずかだが、どんどん富士山は低くなっているのだ。
高さ3776メートルというが、「よくわからない」というのが本当のところなのだ。
(4)「富士山」はもともと「不死山」と呼ばれていた?
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諸説はあるが、「かぐや姫」からではないかといわれている。日本人なら誰もがしる「昔話」なので、今さら説明はないだろうが、そのもととなっている「竹取物語」では、かぐや姫が帝に「不老不死の秘薬」を渡す。しかし、かぐや姫が月に帰ってしまって、悲しみに暮れ、生きる希望を失った帝は、日本で一番高い山の山頂で、この「不老不死の秘薬」を焼いたという。不老不死の薬を焼いたことから、「不死山」という名称が生まれ、鎌倉時代には今の「富士山」になったという。
だが、研究者の中では、帝が「不老不死の秘薬」を日本一高い山で焼くため、帝が遣わせた使者が、「士(つわもの)らを大勢連れて山へ登った」ことから、「士に富む山」、「富士山」になったという説も有力だ。
なんにせよ、富士山で「不老不死の秘薬」を焼いたということに違いはなく、富士山に「溶けることのない雪」(万年雪)が残っていたり、靄が立ちこめているのは、この「不老不死の秘薬」を焼いたためだからといわれている。
これは余談だが、このように富士山と「不老不死」を結びつけるのは実は平安時代よりも遥か昔にもあった。中国最初の皇帝である「始皇帝」は、死ぬまで不老不死を追い求め、東海の果ての国、つまり日本に不老不死の秘薬があると聞きつけて、実際に徐福という臣下を日本に送っている。日本各地をまわった徐福が最後に辿り着いたのが、富士山だった。
富士吉田市に、徐福の墓がある。この富士山には、もしかしたら私たちの知らない秘密がまだ隠されているのかもしれない。
(5)地元の人々が吉凶を占う富士山の「巨大な鳥」
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農鳥(のうとり)。富士山7〜8合目付近(標高2900メートルから3000メートル)の北西斜面にあらわれるなごり雪で、鳥の形をしているためにそう呼ばれる。
農鳥は、地形の影響で基本的には形はかわらないが、雪の解け具合によって毎年少しづつ変化がある。ある年は尾が長く翼を広げた「鳳凰」のように見えたり、ある年は丸みおびた「ひよこ」のようにも見えたり……そんな農鳥は、春の訪れを告げる風物詩として、地元では古くから、農家が田植えなどの農作業を始める時期の目安とされ、その年の天候や吉凶も占ったという。
たとえば、冬場の強風で周囲の雪が吹き飛ばされることで1月や2月に現れたりすることもある。この農鳥はかつて、「寒中の農鳥は人を食う」として凶兆ともいわれていたのだ。
ちなみに、富士山に縁の深い「かぐや姫」も見ることができる。宝永山の西側斜面に、雪が降り積もると、ちょうど髪の長い女性が佇んでいるようなシルエットになることから、地元の人々からは、「雪姫」と呼ばれて親しまれている。
ちなみに、富士山には安産の女神が宿っていると言い伝えられているが、それは富士山信仰に関する伝記をまとめた「富士山縁起(ふじさんえんぎ)」によると、「かぐや姫」が富士山から授かった子であるとされているからだという。
もし雪が降った日に富士山を見ることがあれば、富士山が生み出したこの不思議な光景に遭遇するかもしれない。