隙なきドイツと手数のアルゼンチン データでひも解く決勝プレビュー

清水英斗

準決勝では運動量でブラジルを圧倒

ドイツはシュバインシュタイガー(右)らが攻撃の起点となる。運動量の多さもチームの強さの要因となる 【写真:ロイター/アフロ】

 そのドイツの効率的な試合運びを可能にするのが、パスの本数とフィジカル性能だ。6試合においてドイツがつないだパスは、3421本で32カ国中トップ。さらにチーム走行距離は1試合平均116キロ。このずば抜けて多いドイツの運動量は、全体の陣形をコンパクトに保つポジショニング修正、そして素早いサポートやカバーリングを支える。

 7−1で勝利した準決勝のブラジル戦は、まさにその強みが表れた試合だった。

 実はこの試合、シュート数を見るとブラジルが18本(枠内13本)、ドイツが14本(枠内12本)と、むしろブラジルが上回っている。この基本スタッツからは大差を読み解くことが難しいが、ブラジルのゴール前のシュートがことごとく入らなかった要因として考えられるのは、GKマヌエル・ノイアーのセービングの他に、ブラジルがドイツの試合ペースに知らず知らずのうちのハマっていたことだ。

 試合が行われたベロオリゾンテの気候はくもりだった。気温22度、湿度は51%と、サッカーに適した気候の中、ドイツはチーム走行距離119.3キロ、さらにスプリント本数も467本と、今大会でも際立つエネルギッシュなパフォーマンスでブラジルを飲み込んだ。

 一方のブラジルも、走行距離108.9キロ、スプリント数493本と高い数字で対抗しているが、実はこれはブラジルのペースとは言いがたい。例えばコロンビア戦やメキシコ戦のブラジルは、走行距離が100キロを切り、スプリント本数も300本強程度しかない。
 もともとブラジルはたくさん走って勝つようなタイプではなく、むしろ間延びした状態からの個人の独破、あるいは個人による球際の阻止で何とかするチームだ。

 準決勝ではドイツのペースで走らされることになり、ブラジルは普段以上のフィジカル負担を強いられた。『アクチュアルプレーイングタイム』(実際のプレー時間)がそれを裏付けている。

 ブラジルとドイツの試合は62分17秒という高水準だったが、一方、準々決勝のブラジル対コロンビア戦では、ネイマールの負傷退場なども影響し、39分18秒という低水準。90分のうち半分もプレーしていなかったことになる。そしてラウンド16のチリ戦は延長線に突入したが、90分に換算すると約52分程度。グループリーグを含めてブラジルの試合はだいたい同程度であり、ドイツとの試合におけるアクチュアルプレーイングタイムは、ブラジルにとっては異常なほど長かったことになる。

 それを誘発したのが、ドイツの組織的な攻守だろう。普段のブラジルはファウルを犯す回数、受ける回数がかなり多く、それがアクチュアルプレーイングタイムを削り、フィジカルの負担を減らす側面もあった。ところがドイツとの試合に関しては、ブラジルは11ファウル、ドイツは14のファウルと、それほど多くない。ドイツはテンポの良いパスワークで球際の小競り合いに巻き込まれる回数を減らし、さらにファウル後のリスタートも素早く行った。その結果、増加したアクチュアルプレーイングタイムはどんどんブラジルを消耗させた。これは7−1という大勝の隠れた要因と言える。

 ドイツは運動量やスプリントといったフィジカルのストロングポイントと、それを生かすために球際を避ける素早いパスワークとサポート、さらにそれがうまくいかないときも、球際で充分に競り合えるドイツ本来の当たりの強さも備える。

 すべてがバランス良く、かみ合ったチーム。今大会のドイツからは、まるで同国の製品のごとく、機能性の高いチームデザインが透けて見える。現状では隙という隙がなかなか見つからない。

決勝のカギとなるのはメッシのポジション

 ではアルゼンチンに勝機はあるのか? アルゼンチンについては「ジャブを打ち続けることで試合を作るチーム」と表現したが、しかし、ブラジルの轍(てつ)を踏むとするなら、ドイツの試合運び、すなわち長いアクチュアルプレーイングタイム、テンポの良いパスワーク、豊富な運動量により、アルゼンチンがジャブを打つためのインテンシティー(プレー強度)を失う可能性は充分にある。それはディフェンス面における最後の球際で打ち勝つための強度においても、致命的な弱点になってしまう。

 さらにアルゼンチンが2つの延長を戦ったダメージを引きずっているとすれば、なおさらだ。アルゼンチンが強度を失ったとき、試合は一気に決着する。そしてドイツはそれを誘発する賢さがある。このような状況を踏まえると、やはりドイツの優位は揺るがない。

 試合の鍵を握るのは、アルゼンチンのゲームプランになるだろう。アルゼンチンは1試合平均では104〜105キロくらい(90分間)の運動量に留まるチームなので、ドイツのエネルギッシュな試合ペースに巻き込まれることだけは避けたい。アルゼンチンがどのように消耗を防ぐか。

 そう考えると、エースのリオネル・メッシのポジションをこれまでと同じ中央にすることは疑問も残る。たとえば準決勝のオランダ戦では、トップ下辺りに立つメッシの周りにヨルディ・クラシーが投入され、オランダはパス回しのペースを握った。お互いに決定機を作ったものの、オランダにとっては意図通りに運んだ終盤だった。

 ドイツも同じく中盤の底のバスティアン・シュバインシュタイガーらにパスワークの起点があることを考えると、ここでマッチアップするのが守備力の乏しいメッシではチーム全体の消耗が避けられない。

 この問題をどのようにマネジメントするか。準決勝のオランダ戦からひとつ思い当たるのは、攻守の狙いを絞ることだ。オランダ戦におけるアルゼンチンの攻撃は、全体の71%が右サイドによるものだった。左サイドハーフのエセキエル・ラベッシが右サイドまで飛び出したり、2トップが右サイドへ張り出したりすることで、5バックで幅広く守るオランダに対し、局面での数的優位を作ることに成功した。

 アルゼンチンの右サイド。それはドイツの左サイドになる。全体的に隙の少ないドイツだが、あえて挙げるとすれば、左サイドバックに攻撃的な人材が乏しいのは数少ない弱点と言える。アルゼンチンは右サイドハーフにメッシを置き、慣れない左サイドバックを務めるベネディクト・ヘーベデスをあえてフリーにして攻撃参加させ、カウンターを狙う。そしてトップ下にはハードワークできるエンソ・ペレスなどを置いて中盤の底に入るシュバインシュタイガーに対応。このようなゲームプランは、ひとつの候補として考えられるのではないだろうか。

 アルゼンチンはドイツに飲み込まれるのか。それとも……。どちらのチームにとっても、簡単なゲームにはならないはずだ。

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著者プロフィール

1979年12月1日生まれ、岐阜県下呂市出身。プレーヤー目線で試合の深みを切り取るサッカーライター。著書は「欧州サッカー 名将の戦術事典」「サッカーは監督で決まる リーダーたちの統率術」「サッカー観戦力 プロでも見落とすワンランク上の視点」など。現在も週に1回はボールを蹴っており、海外取材では現地の人たちとサッカーを通じて触れ合うのが楽しみとなっている。

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