「日本らしいサッカー」は1つではない ザックジャパンの4年間 第1回・戦術編

清水英斗

日本の攻撃の特長は『戦術・長友佑都』

日本の攻撃の特長とも言えるのが左サイドバックの長友(写真)による攻撃参加。敵陣侵入率は32カ国中でもトップクラスだ 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 一方、ザックジャパンの攻撃面に目を移すと、最も特徴的なのはサイドバックだろう。
 特に『戦術・長友佑都』の比率は大きい。たとえばペナルティーエリアを攻略したチャンスメークの回数を見ると、ギリシャ戦での日本はチームとして14回、そのうち長友が4回を記録している。また、コロンビア戦ではチームとして16回のうち、長友は3回、さらに内田も3回を記録した。一方、ディフェンスに回る時間帯が多かったコートジボワール戦のペナルティーエリア攻略は、チームとしてわずか5回に留まったが、そのうちの2回はやはり長友が記録している。

 ブラジルW杯に出場した32カ国の中でも、日本ほどサイドバックが敵陣の深い位置に侵入し、頻繁にチャンスに絡むチームは珍しい。11年に優勝したアジアカップでは長友を高い位置へオーバーラップさせ、遠藤保仁、本田圭佑らのパス交換から左サイドを突破し、逆サイドハーフの岡崎慎司と1トップの前田遼一が、2トップのようにしてクロスに合わせる形を確立した。それから1トップの序列は変わったが、基本的には左サイドに攻撃を寄せて長友が飛び出すパターンは、W杯本番でも数字が示すとおりに日本の特長として機能した。

 そのぶん日本は、1トップや2列目がペナルティーエリアを攻略する回数が比較的少ない。これは本田や香川真司がアタッカーとしてだけでなく、中盤のポゼッションに参加する回数が多いためでもあるだろう。

 グループリーグ初戦のコートジボワール戦で言うと、香川はチーム最多となる46本のパスを受け取り、本田は次点となる45本のパスを受けた。それ以外に多くパスを受けた選手としては山口蛍が45回、長谷部誠が22回(同ポジションで交代した遠藤保仁の27回と合わせると49回)と続く。

 日本の場合、2列目の香川と本田が高い割合でポゼッションに絡んでいるが、これもザックジャパンの特長と言える。ドイツやチリ、コートジボワールなど他国を見ると、2列目よりもボランチやセンターバックのパス数のほうが多い。日本は早めに2列目に縦パスを入れて、本田や香川が多くボールに関わりながら、真ん中から左サイド寄りの高い位置でパスを回して、サイドバックを裏へ走らせるパターンが確立している。

 一方、試合によってバリエーションもある。グループリーグ第2戦のギリシャ戦では、同じ左寄せの攻撃をしつつも、より早い段階で長友を高い位置へ上げ、山口に背後のスペースをカバーさせたり、さらにコロンビア戦では相手のバイタルエリアにスペースが空いていたので、本田は前の2戦のように左サイドに流れず、中央で起点を作ったりと、攻撃パターンには変化も付けられていた。

 とはいえ全体的に言えば、2列目とボランチでキープして左サイドから長友を走らせる。これはザックジャパンが4年間続けたメーンのパターンであり、そして、これがザックジャパンの限界でもあった。

縦の速さか? ポゼッションか?

 ザッケローニ監督が南アフリカW杯の岡田ジャパンから課題を見つけ、チーム作りをスタートさせたように、次の新監督も、まずはザックジャパンの課題を探すところから始まるだろう。

 チーム戦術という意味で、現状により修正点が多いのはオフェンス面ではないかと考えている。コートジボワール戦の1失点目は、前を向いた本田が相手をかわそうとしてボールを奪われた場面でカウンターを受けた。コロンビア戦の1失点目は、岡崎が縦パスを収められずに奪われて食らったカウンター。そして3失点目も、前を向いた本田が相手をかわそうとしたところを奪われ、そこからカウンターが始まっている。

 ザックジャパンでは2列目にボールが入ったとき、サイドバックは自動的に前へオーバーラップするので、ここでミスが出て奪われると、サイドのスペースが必ず空く。日本は攻撃のテンポアップする瞬間がほぼ同じなので、そのタイミングを見切られ、何度も隙を突かれた。しかも香川は中央に入ってプレーしがちであるため、守備に切り替わったときには左サイドにスペースを空け、カウンターの起点として活用されてしまう。攻撃時のバランスの悪さが、失点につながっている状態だ。

 ザックジャパンでは縦の速さを重視するザッケローニ監督と、パスを多くつないでボールポゼッションを重視したい中心選手の間で意見が割れ、どちらも中途半端な現状となっていた。2列目に縦パスが入った後に、たとえばフリック(ボールを擦らし後方へ送る技術)などで一気にスピードアップするような選択肢に乏しいので、相手は思い切ってインターセプトを狙ってくる。かといってポゼッション重視だとしても、もっとバックパスを使ってシンプルに回し、最終局面まで相手を押し込んでから勝負をすればいいのだが、本田などは中盤で無理をしてボールを奪われるシーンが目立つ。やはりどちらも中途半端で質が低かった。

 もっとポゼッションを重視するやり方なら、ボランチとセンターバックが主役になってパス回しで休憩する時間を作り、縦パスを入れるのを急がず、入れて戻してを繰り返しながら、ゆっくり押し上げてバランスを保つ。そして相手のブロックが強固ならば、無理なクロスやシュートに行かず、何度もパスを回して敵陣深くに押し込んだ状態で攻撃をじっくりと組み立てる。そうすればボールを奪われても、カウンターへの距離が長いので、今大会の日本ほどアッサリとやられることはない。

 あるいは逆に、縦の速さを追及するならどうするか。スピードやドリブルの仕掛けに優れた選手が1トップや2列目に入れば、前線だけで攻め切ることができ、サイドバックのオーバーラップへの依存度が減る。たとえばグループリーグ第3戦のコロンビア戦では、他の試合とは少し毛色が違い、早めに裏のスペースへ浮き球のパスを蹴り込むなど、1トップに入った大久保が2列目と絡んで攻め切るパターンが増えていた。このようなシンプルに縦へ攻め切るパターンを増やすことができれば、サイドバックは守備に比重を置けるので、全体のバランスが良くなるだろう。

1つの形にとらわれ過ぎるのは混乱の元

ロンドン五輪代表の宇佐美(写真)らがザックジャパンの主力になっていたら、戦い方も変わっていたはずだ 【Getty Images】

 さて、日本の正解はどちらか。日本はポゼッションを重視するべきか? それとも縦の速さを追及するべきか? どちらが正しい『自分たちのサッカー』なのか。

 その答えを与えるのは、育ってくる選手の個性、すなわち日本サッカーの土壌に他ならない。ザッケローニ監督は、チームの攻撃の長所を「コンビネーション」と語っていたが、それは現在、世界でレベルの高いプレーをしているのが香川、本田、長友だったので、その能力を生かす方向を模索しただけのこと。もしもの話として、11年にバイエルン・ミュンヘンへ移籍した宇佐美貴史、あるいは大津祐樹(VVV)や宮市亮(アーセナル)らがクラブで大活躍を果たしていれば、香川や本田ではなく、彼らのような個人の打開力がある選手をベースにザックジャパンの攻撃が組まれたかもしれない。そうなればオランダやコスタリカのように、あるいはロンドン五輪の日本代表のように、縦に速いカウンターを重視したチーム作りもあり得たはずだ。

『日本らしいサッカー』のベースは、そのときいちばん実績を残している“日本のクラッキ(名選手)”が決める。日本の土壌から、今後はどの選手が出てくるのか。性急な答えを出さず、見守りたいところだ。

 そして、このような議論はあくまでチームのスタート地点にすぎない。それを教えてくれるのが、今大会の“大人な”ドイツだ。自陣のスペースを消したアルジェリアに対するドイツと、自陣のスペースを空けたブラジルに対するドイツは、同じ戦い方をしていない。前者にはボールを支配して敵陣へ押し込み続け、後者にはカウンターの刃で素早く縦に攻め込んだ。

 バランスの取れた攻撃方法を決めるのは、対戦相手であり、試合の状況だ。ペップ・グアルディオラが「カウンターの国」と表現したように、ドイツは伝統的に縦への速さを誇る国。しかし今回はそれに留まらず、ポゼッションという戦いの幅を加えたことで攻撃のバランスが安定した。コロンビア戦後、内田は「世界のサッカーは近いけれど広かった」と語ったが、ドイツはその広さに対応する『幅』を見せたのだ。

 また、そこにはチーム戦術だけでなく、トーマス・ミュラーやトニ・クロースなど、さまざまな戦い方に対応できる『個』がいたことも忘れてはならない。レベルの高いチームには、攻撃だけ、ドリブルだけ、パスだけ、シュートだけといった選手の居場所が少ない。チームの『幅』は、個の幅によって生まれる。たとえば現在、クラブのスタイルと合わずに苦戦している香川、本田にはそれが足りないのだろう。もしも彼らが、そこで新たなポジションやプレースタイルを見つけることができれば、それは日本代表の『幅』として生きるのではないだろうか。

 ポイントは新たな個の発掘、そして既存の個が『幅』を獲得することだ。具体的なチームができ上がるのは、おそらく15年1月にオーストラリアで行われるアジアカップになるだろう。ザックジャパンがそうだったように、大会中の経験を通じてチームは形になっていく。勝敗とともに、楽しみなポイントだ。

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著者プロフィール

1979年12月1日生まれ、岐阜県下呂市出身。プレーヤー目線で試合の深みを切り取るサッカーライター。著書は「欧州サッカー 名将の戦術事典」「サッカーは監督で決まる リーダーたちの統率術」「サッカー観戦力 プロでも見落とすワンランク上の視点」など。現在も週に1回はボールを蹴っており、海外取材では現地の人たちとサッカーを通じて触れ合うのが楽しみとなっている。

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