倉貫一毅が挑む古巣との昇格プレーオフ=譲れない最後の椅子を懸けた戦い
衰えぬリーダーシップ
倉貫の特徴の一つであるリーダーシップ。中盤でコンビを組む工藤浩平(中央)も成長を促されたと話している 【写真:アフロ】
ピッチ内での影響力も強い。京都は8月に1勝もできず苦しんだが、倉貫がスタメンに定着した9月以降はクラブタイ記録となる7連勝を達成している。余談になるが、これにより最終節を待たずに3位を確定させたことは大きかった。プレーオフで“引き分けでも勝ち抜け”というアドバンテージを握れるだけでなく、残り試合で負傷者を休ませたり、控え選手やメンバー構成をチェックすることが可能になった。
それまでの京都は試合運びに不安定さが見られたが、現在は苦しい時間帯でしっかり耐えて、逆に自分たちの時間帯で得点を奪うことができるようになった。そこには試合の流れを感じ取り、チームメートに的確な指示を出す倉貫の存在がある。今や若手の代表格となった駒井善成が「あれだけ経験のある人の声なので説得力があるし、チームに共通認識を与えてくれる」と言えば、中盤でコンビを組む工藤浩平も「一毅さんがバランスを取ってくれるので、後ろを気にすることなくプレーできる。それによって自分も“今はここに厚みを持たせた方がいい”とか“今は我慢の状況だから声を掛け合って頑張ろう”といった察知や判断が鋭くなってきた」と成長を促されたことを明かしている。
大木監督は倉貫の起用について「ベテランだから使っているわけじゃない。彼がピッチの上でやるべきことをしっかりやってポジションをつかんだんだ」と説明する。徳島時代にも一度ポジションを失いかけた時期があったが、その時も中盤の底でゲームをコントロールし、組織をオーガナイズさせることで再び定位置を確保した。今年で35歳。かつて天才と評された技術や感性は健在でも、肉体的な衰えは否めない。では、自分はどこで勝負するのか。指導者だった父親には幼少のころから技術と共に戦術眼をたたき込まれてきた。
存続危機など低迷期を経てJ1昇格を成し遂げたヴァンフォーレ甲府時代をはじめ、さまざまな経験をすることで人としても成長している。「サッカーは人間のすることやから」は彼の口癖だが、心理面も含めたピッチ上での駆け引きを最近では楽しんでいるようにすら見える。
京都は次の段階へ進むべき
「J1で優勝争いをしている鹿島を相手に通用したこと、通用しなかったことがある。みんなあらためてJ1へ昇格したいという思いを強くしたと思うし、チームが成長していくためには周りのレベルも上げていく必要がある」。ここでいう周りとは対戦相手、つまり所属するカテゴリーのことだ。言い換えれば、京都はそろそろ次の段階へ進むべきだという思いが彼の中にはある。
京都は10年にJ2へ降格した際に柳沢敦や角田誠(共にベガルタ仙台)、水本裕貴(サンフレッチェ広島)、増嶋竜也(柏レイソル)、渡邊大剛(大宮アルディージャ)ら主力選手の大半がチームを離れ、一からのチーム作りを余儀なくされた。大木監督は安藤や中山博貴らチームに残った選手と新たに加わった若手・中堅選手を鍛え上げ、3年かかってJ1昇格へ王手をかけた。
クラブに関わる者すべてが願ってやまない目標を実現させるための一戦。倉貫にとって、それが古巣対決となるのは皮肉な巡り合わせだが、選手にとってもサポーターにとっても負けられない試合であることに変わりはない。そして、そうした試合では熱さを持ちつつも冷静な試合運びが求められることを誰よりも知っている。「みんな勝ちたいし、みんな頑張る。その中で大事なことは……慌てへんことかな」。そう、ひょうひょうと話す男は、己のプライドを懸けて最後の戦いへ挑む。
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