15年かけて手に入れた念願の練習施設=奇跡の甲府再建・海野一幸会長 第6回

吉田誠一

政争に巻き込まれトップチームの拠点づくりが難航

念願であった「韮崎クラブハウス」竣工式テープカットの様子 【写真:ヴァンフォーレ甲府】

 しかし、肝心のトップチームの拠点づくりはスムーズに進まなかった。地元の政治が複雑に絡み、話は曲折した。クラブが自前で施設を整備する財力を持ち合わせておらず、自治体の力を借りざるをえないがゆえに、手間がかかった。ちょうどそのころ、日本サッカー協会(JFA)が02年ワールドカップ(W杯)日韓大会で出た約70億円の余剰金のうち、約30億円をスポーツ環境整備モデル事業に回す制度を整えていた。審査を通れば、総事業費の3分の2を補助してもらえる。この助成を見逃す手はなかった。

 もちろん、それ以前に土地を確保しなければ何も始まらない。最初に候補に挙がったのは小瀬競技場に近い笛吹市石和町富士見地区の農地だった。海野は、高校の同級生の荻野正直(まさなお)町長に話を持ちかけると、甲府市のゴミ処理場の煙害対策のための補助金に余剰があるので、それを投じてスポーツ施設を整備しようということになった。海野はJFAから助成を受けるための申請の準備を始めた。ところが思わぬ横やりが入った。町議会内から反対の声が挙がり、JFAも「反対があるところに助成しない」と計画はあっさり頓挫した。つまらぬ政争に巻き込まれた感があるが、クラブの存在意義がまだ地元で理解されていなかったということでもある。

 しばらくすると、今度は中巨摩郡(なかこまぐん)昭和町の佐野精一町長から防災事業の補助金でスポーツ公園(押原公園)をつくるという話が持ち込まれた。ピッチ2面とクラブハウスを整備し、「甲府に優先使用してもらう」という。話は順調に進み、当時Jリーグ理事だった海野の強い働きかけもあり、JFAから2億800万円の助成を受け、06年6月着工、07年3月完成という計画が立った。

 しかし、またも政治の力に泣かされる。町長選挙で佐野・前町長の後継候補が敗れると、新町長が事業の規模縮小を含めた見直しを訴えたため、工事は止まった。公園の利用方法などについて「パブリックコメント制度」を使って町民の意見を聞いた結果、「ピッチは甲府の優先使用ではなく週2日」となった。しかも使用料は減免されない。他の施設ではアマ規定の料金で済んでいるのに、プロ規定の高額料金を払うことになった。海野は「クラブの努力でJFAから補助金を引っ張ってきているのに、非常にシビアな対応をされた」と今でも不満を口にする。

韮崎市と思惑が一致した中央公園の再整備

 もっと自由に使える施設が必要だった。海野は次に山梨大学医学部のグラウンド(中央市)に目を向け、前田秀一郎学長らに「クラブが山梨一の芝にするし、管理もする」と再整備を訴えた。ここの小児科病棟には慰問で訪れたこともあり、前田学長や島田眞路病院長らは極めて協力的だった。クラブは7000万円を投じ、ピッチの整備に加えて、防球ネット、自動散水機、更衣室、シャワー室を備えたプレハブ小屋を整え、大学に寄贈した。その代わり、週4日、年に160日以上を甲府が優先使用できるようにした。08年4月にできた昭和町の押原公園は週2日、10年3月に完成した山梨大医大部グラウンドは週4日使える。2つの練習場がそろったが、依然として芝の養生期間にはあちこちを転々とした。

 そこで海野はチームがJ2で快進撃を続けた昨年、韮崎市の横内公明(こうめい)市長に「もう一つ拠点がほしい」と懇願した。韮崎市に数あるグランドの中でも、中央公園の芝生広場は林に囲まれた環境が素晴らしかった。海野は「totoの助成を受けて、芝生広場を小瀬競技場や山梨大学医学部と同じ質の高いピッチにし、管理棟をクラブハウスに建て替えましょう」と持ちかけた。

 韮崎市は10年から「サッカーのまちプロジェクト」を展開中で、甲府からはゼネラルマネジャー(GM)の佐久間悟がプロジェクトのメンバーに加わり、普及・強化の面で手を貸していた。地元のプロクラブをサッカーのまちのシンボルとして活用したい韮崎市と、拠点がほしい甲府の思惑は一致。山梨県の横内正明(しょうめい)知事の後押しもあり、中央公園の施設の再整備が急ピッチで進んだ。

totoの助成金をJクラブは受けることができない!?

 完成した2階建てのクラブハウスには広々としたロッカールーム、浴槽付きのシャワールーム、監督室やウエイトトレーニングルームがそろい、隣の芝のピッチを臨む展望デッキが張り出している。

 竣工式の後、関係者に施設を案内した海野は、クラブが初めて整えた監督室で足を止め、思い出話を口にした。かつて甲府を率いた大木武が清水エスパルスの監督に就任後、海野はそのクラブハウスを訪れたことがある。大木に与えられていた部屋に案内され、「こういうゆったりとした監督室をいつかウチの監督にもつくってあげたい」と思い描いたという。その夢もついに実現した。元高校の学生寮を自力で修繕し、山梨県から借りていた選手寮も買い上げた。J2加入から15年目で、ハード面の整備をほぼ終えたいま、海野はこう話す。

「私の知る限り、ほとんどのJクラブは、親会社や地元自治体の大きな力を借りて練習環境を整備している。クラブが自前で土地を買い、グラウンドをつくるのは容易ではない」
 そういう環境下でtotoの助成は大きな支えになる。しかし、その助成金は地方公共団体かスポーツ団体が対象となり、株式会社であるJクラブは直接的に助成を受けることはできない。そこで海野は問題提起する。

「totoはJリーグの公式試合を対象に行っている。ならばその対象者であるJクラブに助成していいのではないか」

 これまでの甲府のように、アカデミーも含めた練習環境の充実という点で壁にぶち当たっている小クラブがJ2を中心にいまだ少なくない。その窮状を知るからこそ、海野は黙っていられない。

<第7回へ続く>

(協力:Jリーグ)

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