JRA降着・失格の新ルール、最大の弊害 蔓延する『初めにセーフありき』の意識

ゴール前事例を瞬時に判断・確定は無理がある

安田記念のロードカナロアは見事な強さだったが、ゴール前の事例を瞬時に判断するのはやはり無理があるのでは 【写真:中原義史】

 この2つは象徴的な事例かもしれません。旧ルール当時からの判断基準の傾向に、「前に入る行為には厳しく、横に動く行為には甘い」というのがありましたが、AJCCは前者で安田記念は後者。それにしたって、上位入線馬のゴール前の事例を、瞬時に判断して確定させる、というのには無理があるように感じます。
 気になっているのがここ。というより、最も危惧するのが、裁決委員の意識に「カテゴリーIでは降着、失格はない」という大前提が定着してしまってるのではないか、ということ。「初めにセーフありき」の意識に支配されて起きた事象を観ていやしないか、ということです。

 万が一、「審議したからどうなるものでもない」という理屈が通るなら、それこそ審議の制度自体に意味がない。裁決委員の存在意義すら薄れてしまいませんか。
 審議ランプを点灯せず、でも騎手への制裁金は10万円。これ、主催者として何らかの説明がないと、ファンは不信感を抱くだけじゃないでしょうか。

 ちなみに、カテゴリーIで失格になるケースとしては「極めて悪質で他の馬や騎手への危険行為」と、「競走に重大な支障を生じさせた場合」とあります。
“極めて悪質”って、どのあたりに線を引くのでしょうか。先の安田記念。他の馬への危険行為だったかどうかはさておき、瞬間的にではない数秒間走る距離を、馬体を寄せていく行為について、悪質であるかどうかの判断というのは、やっぱり“審議の必要なし”とは思えない気がします。

騎手の「やり得」がまかり通るのではないか

 その部分に直接関連しますが、導入に際して問題視されたことのもうひとつが、「レースが荒れるのではないか」という点。これは騎手の騎乗スタイルについてで、つまり「少々ラフなことをやってもセーフだから」とする考え方が定着すると、アンフェアで、ややもすれば危険な騎乗をする騎手が増えるのではないか、という懸念です。「やり得」がまかり通るのではないか、と。何人かのトップジョッキーが、そういった意味のことを発信していました。
 これについてJRAは「制裁を厳しくすることで対処する」という姿勢を強調しています。確かに“馬セーフ、騎手アウト”の例や、過怠金を科すケースも増えた印象はあります。しかし、抑止力として、どこまで機能してるでしょうか。

 自社の“競馬ブックオンライン”上のコラムでも触れたことがあるのですが、ルール変更を行う過程で、ちょっとした不備なのではないか、と感じているのが、「制裁を厳しくする」と謳いながら、でも制裁規程には見直しが行われなかったこと。過怠金の上限を引き上げるとか、騎乗停止期間を伸ばすとか、制裁点をポイント制にして積み上げて判断するとか、いろいろ考えられると思うのですが、そこにはまったく手がつけられませんでした。
 まあ規定の見直しには、法律関係の諸問題が絡むのかもしれません。でも、放置してちゃいかん問題だと思います。

我々ファンにとっても新しい意識改革の難問

 ここまでを総括すると、「初めにセーフありき」の意識の蔓延。これがカテゴリーIの最大の弊害なのかもしれません。そうでなくとも日本のファンは大人しくて紳士的ですが、たとえそれが諦めによるものであっても、益々不平不満を口にしない従順なファンが増えることになったら、競馬全体の発展はおぼつかないでしょう。

 その点のフォローに役立つかどうかはさておき、そもそも裁決に関しては以前から外部のチェック機関が必要なのでは、と思っていました。審判業務を外部に請け負わせるのはハード面で無理があるので、例えば外部に裁決の内容をチェックする“第三者機関”みたいなものを設けるなどして……って、これまた絶対に激しい拒否反応があるでしょうね。相手は農林水産省管轄の特殊法人ですから。もっとも、主催者側の方針の前には、まったくの無力である可能性も否定できない……。
 そうなると、やっぱりとりあえずは一人一人のファンが、それぞれに厳しい目でもってチェックしていくようにするしかなさそうです。

 主催者にとって、従順で、物分りのいいファンに落ち着くのか。はたまた自分の目で観て、考えて、問題意識を持ったファンとして競馬と向き合うのか。
 新ルールの導入によって、我々ファンにとっても新しい価値観、意識改革といった難問を突きつけられている。そう考えていいでしょう。

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著者プロフィール

中央競馬専門紙・競馬ブック編集部で内勤業務につくかたわら遊軍的に取材現場にも足を運ぶ。週刊競馬ブックを中心に、競馬ブックweb『週刊トレセン通信』、オフィシャルブログ『いろんな話もしよう』にてコラムを執筆中。

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