大谷翔平のメジャー挑戦を考える 日ハムが示した韓国の実例とは?

韓国版「3年ルール」でプロ生活を送れない事例も

「パイオニア」として高卒即の渡米か、日本でキャリアを積んでからの渡米を選択するか、大谷の選択に注目が集まる
「パイオニア」として高卒即の渡米か、日本でキャリアを積んでからの渡米を選択するか、大谷の選択に注目が集まる【写真は共同】

 その一方で、今回の大谷のように国内球団から上位指名を受けるも、メジャー挑戦を希望し、渡米した2人の投手がいる。06年に斗山のドラフト1次指名を拒否し、レンジャーズと契約した南尹熙(のちに改名し、ナム・ユンソン)と、07年にKIAの1次指名を拒否してエンゼルスと契約を結んだ丁栄一だ。


 両投手は渡米後、メジャー昇格を目指すも南尹熙は1A+、丁栄一は1Aが最高ランクでそれぞれ球団から放出となり韓国へ帰国した。しかし、韓国にも日本の「3年ルール」のように、韓国のプロに所属せずに海外のプロで活動した選手は、韓国の球団とは2年間契約できない決まりがある(韓国プロ野球規約第105条2項)。そのため、2人は今年誕生した韓国の独立球団・高陽ワンダーズ(プロ2軍リーグに一部参加)に所属したが、プロ球団との試合には出場が制限された。


 今季、その2人とともに高陽でプレーした日本人投手、小林亮寛(千葉ロッテ−中日打撃投手)は南と話す機会が多かったという。小林は南について「来年も韓国のプロには入れないと真剣に悩んでいました。日本でやりたいとも言っていました」と話す。実際、南は今年初め、日本ハムの入団テストを受けたが結果は不合格。日本ハムの編成担当の評価は「外国人枠で獲得するほどのレベルではない。独立リーグなら十分やれる」というものだった。


 小林は06年に米独立リーグでプレーし、その後四国アイランドリーグ、台湾プロ野球を経て、10〜11年にはメキシコでプレーするなど、世界中のメジャーを目指す選手たちと同じグラウンドに立ってきた。メジャーに上がっていった選手にはどんな選手が多かったのか。

「日本では総合的な平均値を上げていかないといけませんが、アメリカでは自分の武器を持っているスペシャリストにチャンスがあると感じました。チェンジアップやスライダーといった自分の持ち球を信じていて、個性が強く自分の色を持っている選手です」


 また、海外でプレーすることについてはこう話した。

「日本人の辛抱強さというのは野球選手としてプラスだと思います。ただ、中南米の選手のハングリーさ、人生をかけた“後がない、メジャーに上がらないと一文無し”という精神はアジア人にはないです」

自国でキャリア積んだ柳賢振と、「パイオニア」として目指す大谷

 10日、韓国プロ野球からポスティングシステム(入札制度)を利用して、メジャーリーグを目指す柳賢振(韓国ハンファ)に、2573万ドル(約20億円)の入札があった。奇しくも柳と前出の南は高校時代、ともに左腕エースとして並び称された同学年だ。柳はプロ1年目に防御率、最多勝、最多奪三振のタイトルを獲得する大活躍で、新人王とMVPをダブル受賞した。7年間で98勝を挙げ、そのキャリアを引っ提げてアメリカへ渡ろうとしている。


 大谷は今月2日の日本ハム側との対面で、「高校生からは初めてなのでパイオニアとしてやっていきたい。メジャーで長くやりたい」との旨を語ったという。もし彼がメジャーで活躍すれば、まさしくパイオニアとなる。ただ、若くして渡米することと、長く活躍することがこれまでの実例では結びついていない。今後の彼は何を基準にどのような決断を下すだろうか。


<了>

室井昌也
室井昌也

1972年、東京生まれ。韓国プロ野球の伝え手として、2004年から著書『韓国プロ野球観戦ガイド&選手名鑑』を毎年発行。韓国では2006年からスポーツ朝鮮のコラムニストとして韓国語でコラムを担当し、その他、取材成果や韓国球界とのつながりはメディアや日本の球団などでも反映されている。ストライク・ゾーン取締役社長。

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