「来年こそ特別な年に」若き速球王・由規の誓い=〜燕軍戦記2011〜VOL.9

菊田康彦

「とにかく貪欲に」来季プロ5年目の由規投手 【ヤクルト球団】

 早いもので、今年もジングルベルが聞こえてくる季節になった。残すところあとわずかとなった2011年を振り返るとき、真っ先に思い出されるのが3月の東日本大震災だ。この未曽有の大災害によりたくさんの尊い命が失われ、多くの人が住む家を失い、体に心に傷を負った。あれから9カ月が過ぎ、原発事故の収束が宣言されてもなお、目に見えぬ放射能に対する懸念は完全には拭い去ることはできず、避難生活を強いられている人も少なくない。

 そんな2011年、東京ヤクルトがセ・リーグのペナントレースで旋風を巻き起こしたのは、非常に意義深いことだったと思う。「POWER OF UNITY 〜心をひとつに〜」 というチームスローガンのとおり、心をひとつにして同じ目標に向かえば、強大な戦力を誇るチームに対しても対等、いやそれ以上に戦えるということを示したからだ。

バッテリーを組んだ亡き先輩に勝利を届けた由規

 それでも10年ぶりのリーグ優勝にはわずかに手が届かず、2位という結果に終わったことに選手たちは忸怩(じくじ)たる思いを抱いている。昨年は日本人史上最速の161キロをマークして初の2ケタとなる12勝を挙げながら、今年は7勝に終わった由規は言う。
「今年は自分でも勝負の年と思って開幕したんですけど、ケガもあったりして思うようにいかなくて……。結果的に優勝を逃しましたし、自分の中ではすごく責任を感じています」

 仙台出身の由規にとって、2011年は望むと望まざるとにかかわらず、重い十字架を背負わなければならないシーズンとなった。故郷は震災により甚大な被害を受け、家族は無事だったものの親戚には犠牲者も出た。そして……仙台育英高での女房役だった野球部の先輩も、帰らぬ人となってしまった。

 その先輩の訃報が伝えられた4月27日、由規は悲しみを胸の奥にしまい込んだまま先発マウンドに上がった。試合前から降り出した雨が何度も激しさを増しても、集中力が途切れることはなかった。ストレートは最速154キロを計時し、1時間にも及んだ中断によって5回限りで降板を余儀なくされるまで、巨人の強力打線をわずか1点に抑えた。
「どうしても負けたくなかった。(ウイニングボールは)いつになるか分からないけど(先輩に)届けたいですね」
 雨中の静岡・草薙球場で手にした今季2勝目は、兄のように慕った先輩への鎮魂の白星だった。

故郷・仙台で惜敗 印象的だった気持ちのこもった「力み」

 5月20日の東北楽天との交流戦では、故郷・仙台で3年連続となる凱旋(がいせん)登板が実現した。その試合当日、筆者は仙台駅にあるイーグルスショップで印象的な光景に出くわした。楽天のキャップをかぶった熱心なファンとおぼしき年配の男性が、店員に「今日、ヤクルトは由規が投げるんだよねぇ」と実にうれしそうに話しかけていたのだ。さらに球場売店では、由規の投球フォームがあしらわれたTシャツを手に取る楽天ファンを何人も目にした。球場で由規に送られる声援は、ヤクルトナインの中でもひときわ大きなものだった。地元・楽天には勝ってもらいたいが、由規にも頑張ってほしい──仙台のファンの思いが透けて見えるようだった。

 この試合、立ち上がりから明らかに力みの目立つ由規は、初回にいきなり1点を失った。3年連続となる田中将大との投げ合いは、これまで1勝1敗。被災し、傷ついた故郷のため、失われた尊い命のため、そして若くしてこの世を去った先輩のためにも、どうしても勝ちたい試合だったはずだ。2回以降は息詰まるような投手戦となったが、同点で迎えた7回に飛び出した鉄平の適時二塁打で、決勝点は楽天に転がり込んだ。122球で最後まで投げ切りながら、由規の名は敗戦投手の欄に記された。

「初回に力みが出てしまうというのは、技術的な面よりも精神的な部分だと思う。そのあたりは気を付けないといけない。今日は本当に勝ちたかったです」
 試合後、由規はそう話したが、実を言うと筆者にはその力みがうれしかった。由規にとって過去2回とは比べものにならないくらい、特別な思いが詰まった今回の凱旋登板。いやが上にも高ぶる気持ちを抑えきれないのは仕方がないことだ。そんな由規の気持ちのこもった「力み」を、先輩も天の上から微笑ましく見つめていたに違いない。由規が“約束”どおり4月27日のウイニングボールを先輩の霊前に届けたのは、その2日後のことだった。

「開幕投手を狙っていきたい」

 続く5月26日のオリックス戦で今季5勝目を挙げ、由規がことあるごとに口にしていたとおり「今年は特別なシーズンになる」はずだった。だが、思いもよらない故障禍がその行く手を阻んだ。6月に左脇腹筋膜炎で戦列を離れると、地元・宮城で開催されたオールスターで復帰登板を果たしたものの、勝負どころの9月には右肩の張りでまたも離脱。その後はマウンドに戻ることはなく、ローテーションの一角を失ったチームは終盤の失速で優勝を中日にさらわれる結果となった。
「だからこそ来年はとにかく1年間ローテーションを守って、自分のやるべき仕事をしっかり全うしないといけないと思っています。今年のようにケガが出るっていうのはまだまだ体が弱いと思うので、このオフは体をつくり直していきたいと思っています」

 今月5日に22歳の誕生日を迎えた由規は、14日の契約更改後の会見で「とにかく貪欲に。開幕投手を狙っていきたいし、目標を高く持って最多勝などのタイトルを目指したい」と、改めて来季への意気込みを語った。プロ5年目を迎える2012年、今度こそ「特別なシーズン」にするつもりだ。

<了>
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著者プロフィール

静岡県出身。地方公務員、英会話講師などを経てライターに。メジャーリーグに精通し、2004〜08年はスカパー!MLB中継、16〜17年はスポナビライブMLBに出演。30年を超えるスワローズ・ウォッチャーでもある。著書に『燕軍戦記 スワローズ、14年ぶり優勝への軌跡』(カンゼン)。編集協力に『石川雅規のピッチングバイブル』(ベースボール・マガジン社)、『東京ヤクルトスワローズ語録集 燕之書』(セブン&アイ出版)。

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