黒崎久志は名将か?=新潟の好調を支えるもの

浅妻信

「黒崎監督には勝者のメンタリティーがある」

黒崎監督から「勝者のメンタリティー」を注入された新潟は、一時は5位に浮上するなど健闘している 【写真は共同】

 実は今季の新潟は、昨シーズンと比較して大きな戦術変更はない。確かにシーズン当初は、トップの枚数で模索していた時期はあったようだが、現在は1トップ、ワイドに張って幅を作るウイング、オーバーラップを繰り返す両サイドバックという特徴を堅持した4−5−1に近いスタイルで戦っている。

 新潟というと堅守速攻のイメージがあるかもしれないが、マルシオ・リシャルデス、ミシェウ、本間、小林慶行からなる中央4人を中心とするボール回しの技術はすこぶる高く、現在のJ1でも屈指のポゼッション能力で、サイドバックを絡めた分厚い攻撃を可能にしている。特に、今年加入した小林の存在が大きい。いかにも東京ヴェルディ出身らしく、大きなサイドチェンジの前に1回ショートパスを返して、相手ディフェンスの目を引き付けるなど、玄人好みの巧みな配球能力が光る。トレーニングを見ていても、この中盤の4人は実にうまい。

 今季ここまで10得点(第21節現在)。得点ランク2位につけ、ついに韓国A代表にも選出されたFWチョ・ヨンチョルは、チーム好調の要因について「中盤のキープ力があるから、信じて思い切って上がれる。上がれば必ずボールが出てくるから」と語る。余談であるが、僕はオフシーズンにヨンチョルとフットサルをしたことがある。速い選手というと「キュッ」とか「シュッ」といった擬音で表現できると思うが、彼の場合は「グィーン」である。オン・ザ・ボールになってからの加速が信じられないほど滑らかで力強い。まるで超高級車のようだ。ヨンチョルが相手DFを置き去りにするたびに、見ている僕までうれしくなってしまう。

 昨年までの戦い方がベースになっているとはいえ、前述の通り、レギュラーメンバーの多くが移籍した新しいチームである。しかも黒崎監督は就任1年目。若き指揮官がどのようにチームを構築していったかが気になるところだ。ところが取材を進めても「なるほど」と思わせるような情報が得られることはなかった。その代わり、ヒントとなりそうなキーワードは見つかった。選手や関係者のほぼ全員が、異口同音に「黒崎監督には勝者のメンタリティーがある」と語っていたのである。

「長いシーズン、当然勝てない試合、落とす試合というのもあるんですけど、今季の新潟はそこで負けないんですよ(引き分け7試合)。負けるにしても決して大敗はしない。最後まで接戦で食らいつく」と語るのは、通訳の渡辺基治だ。こうした粘り強さは、今季から3対3などの対人練習が増えたこともあるだろう。その一方で、常勝鹿島で育った黒崎監督の「勝利のメンタリティー」も少なからず影響しているのではないか。そのさい配は、深謀遠慮して答えを導き出すタイプではない。むしろ、勝負師としての独特の本能と感性で選手を見極め、これが見事に当たるのである。「勝利のメンタリティー」に加え、そうした勝負師としての感性もまた、黒崎監督の強みなのかもしれない。

チームの強化は監督ひとりが担うものではない

 ここで話は変わる。このほど紆余曲折(うよきょくせつ)の末、日本代表監督にザッケローニ氏が決まったが、一連の報道を見ていて僕にはどうしても違和感を覚えたことがある。日本のサッカーファンは、監督(指導者)に「教師」としての役割をあまりに期待しすぎではないか。これでは塾やスクールに子供を丸投げして、成績(技術)アップが保証されたと思い込む保護者となんら変わりはないではないか。当たり前だが、サッカーは監督がするものではない。ましてや対象は、技術・戦術理解ともに国内トップレベルに達したプロである。

 僕もアマチュアとはいえ、一応監督まがいのことをしているので理解しているのだが、監督はそれほど万能ではない。チームの強化というものは、監督ひとりが担うのではなく、チームを取り巻く周辺を含めた全体で行われるべきものであろう。サポーターは「世論」という形で、常にチームを見守り、時に正しく批判して論点を明らかにすることも必要である。そして監督は、選手とフロント、サポーターの間に立ちつつも、自らの信念にのっとってチームをまとめ、正しい方向へ導くことが必要だ。

 黒崎には、確かに経験こそなかったが、勝負師としての感性とともに、実直さと人望があった。だから人がついてくるのだ。開幕直後の低迷期について、彼と同い年というクラブ取締役事業本部長・小山直久はこう述懐する。
「もうね、こう言っちゃなんだけど、応援したいと思わせる雰囲気があるんだよ。監督交代なんてとんでもない。それよりも、周りがもっと支えてやらなきゃ、もっと信じてあげなきゃということで、フロントも現場も一致していた」

 昨年、ペドロ・ジュニオールを含むレギュラー5人が抜けたように、今年もエースFWの矢野がシーズン中に海外移籍した。残念ながら新潟は、指揮官が望む戦力が常に100パーセント保証されているクラブではない。アルビレックス・ファミリーの現場トップに立つ若き指揮官・黒崎は、今日も広大なアルビレッジのピッチに立ち、トレーニングを指揮する。彼は短期間で、自分がリーダーとしての資質を有していることを周囲に証明してみせた。周囲もまた彼を信頼し、これからもさまざまな形で支えていくことだろう。この良好な信頼関係が維持される限り、何があろうとも新潟はその成長の歩みを止めることはないはずだ。

<了>

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著者プロフィール

1968年生まれ。新潟市出身。関西学院大学大学院法学研究科前期課程修了。不動産鑑定士として活躍するかたわら、地元タウン誌ほかにコラムを執筆。また、北信越リーグ所属ASジャミネイロの監督としても活躍中

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