西武、日本一は常勝軍団への第一歩=日本シリーズリポート

永田遼太郎

片岡の好走塁導いたチーム環境

 力なく三塁前に転がる打球の行方を確認する間もなく、打者のスイングと同時に三塁走者・片岡易之は猛然と本塁へダッシュした。その走りになんの迷いもない。前進守備を敷いた三塁手、小笠原道大が素早く捕球し、ホームへ送球するも、タッチプレーにすら持ち込めないほど、片岡の足が完全にそれを勝った。

 流れが二転三転した2008年のプロ野球日本シリーズ。最後の大きな流れを引き寄せたのは“2008年型レオ”の積極的な走塁だった。

「走って流れをつくるのが僕の役目」

 クライマックスシリーズから続く長いポストシーズン。片岡は、シーズン中と変わらぬアグレッシブな攻撃を心がけた。5回試みた盗塁はすべて成功。その驚異的な足が相手バッテリーのプレッシャーとなり着々と追い込んだ。

 その一方で、走塁ミスから相手に流れを引き渡す場面もあった。第1戦では初回の先制機に、巨人・上原浩治の執拗なけん制球で刺されると、この日の第7戦でも初回1死三塁のこれまた先制機に打者中島裕之のショートゴロで三本間に挟まれチャンスをつぶした。

 それでも三塁側ベンチで見守る埼玉西武・渡辺久信監督はこうした片岡の攻撃的な姿勢を支持している。
「消極的なミスはダメだけど、積極的なプレーで出たミスはしょうがないよ」
 常日ごろからこうしたミスで雷を落とすことはまずない。そのスタイルと、それを許すチームの環境が結果的にギャンブルプレーともとらえかねない片岡の好走塁を導き出した。

巨人ベンチに迷い与えた先発の中継ぎ起用

 一方の巨人は消極的なさい配で手の届くところまで来ていた王座を明け渡した。片岡の走塁で振り出しに戻ったこのゲーム。一塁側ベンチは本調子に程遠かった越智大祐の続投に最後までこだわった。レギュラーシーズン68試合、クライマックスシリーズ3試合、そしてこの日本シリーズでも5試合。疲労の影響か、自慢の直球も高めに浮き制御不能な状態だった。中村剛也、野田浩輔に連続四球を与える前で代えるべきではなかったか。

 さらに一塁側ベンチはこの後、ふたつ目の賭けに敗れてしまう。8回、2死一、二塁でシリーズ絶好調の平尾博嗣を迎えた場面。逆転打を意識した越智はボールが先行し、カウントを悪くした。2死、カウント2−3になった時点で走者は自動的にスタートを切る。塁間を抜ければ逆転の可能性大。ここで巨人の外野陣はそろって前進守備を解いて、外野の後方を固めた。勝ち越し点となる3点目ではなく、2点差となる4点目を嫌ったのだ。結果、平尾の打球はピッチャーの足元を抜けていくセンター前タイムリー。前進守備、もしくは通常の守備隊形なら本塁で際どいタイミングになっていたと思えるが、深い外野のシフトではこれをどうすることもできなかった。なんたる皮肉……。一塁側ベンチのさい配が裏目に出た。

 このシリーズ、巨人・原辰徳監督は相手に流れが向くのを嫌い、早めの継投でそれを阻止してきた。第5戦も先発の上原を早めに見切りをつけることで勝利に結びつけ、この日においても3安打1失点の内海哲也を5回1/3でベンチに下げた。そんな先手必勝の野球を最後に後手へ回らせたのは、第6戦にロングリリーフした埼玉西武・岸孝之と第7戦に中継ぎ登板した涌井秀章らの存在があったからだろう。 岸は第4戦に先発し4安打完封、涌井は第1戦に先発し8回を1安打1失点。苦手意識が残る2人の先発を、惜しげもなく中継ぎとして投入してくることで巨人ベンチに迷いを与えたのではなかったか。

自分の理想を常に追求した渡辺監督

 先発投手をシリーズ終盤で中継ぎとして次々と送り込んだ奇策。
「(日本シリーズは)調子のいい順で使っていく」
「短期決戦の戦い方もあるにはあったんだけど、出す場面がなかったので最後までとっておきます」
 日本シリーズ開幕前にそう宣言した渡辺監督。一見、奇策と思えるさい配も、実は誰もが納得できる最良の策だったのだ。

 ファームの監督からスタートして4年。信念を曲げず、自分の理想とするものを常に追求した。その結果、チームはひとつになり球団が西武になってチーム創設30周年というメモリアルイヤーに華を添えることもできた。昨年の秋、渡辺監督の一言に心中を決めた“デーブ”大久保コーチが言う。
「このチームはこれが終着点じゃない。まだまだ伸びていくんです」
 新たな常勝軍団の伝説がここから始まる。そんな気がした。伝説がスタートした1983年の日本シリーズと同じ星取り、同じスコアで決着したのも最後に付け加えておきたい。

<了>
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著者プロフィール

1972年生まれ、茨城県出身。格闘技雑誌編集を経て、2004年からフリーとして活動開始。同時に、学生時代の野球経験を生かし野球ライターとしての活動もスタート。中学生からプロに至るまで幅広い範囲で野球取材を行っている。少年時代からのパ・リーグびいきで、現在は千葉ロッテマリーンズと西武ライオンズを主に取材。『ホームラン』(日本スポーツ出版社)、『スポルティーバ』(集英社)などの雑誌媒体の他、マリーンズオフィシャル携帯サイトやファンクラブ会報誌などにも寄稿している。

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