「金」ではなく「変」 ― 2024年はスポーツ界の分水嶺
個人的な思いを許していただければ、日本のスポーツ界あるいはスポーツ政策の現在地を考えたとき、「変」という漢字が思い浮かぶ。何が変わったか、と言われると、返事に窮する。大きく何かが変わったとは言えず、目に見える変化もない。それでも「変」にこだわりたいのは「物事の変わり目」「移行期」に思いが至るからである。
本文:佐野 慎輔(笹川スポーツ財団 理事/尚美学園大学スポーツマネジメント学部 教授)
スポーツ政策による発展
スポーツ庁発足行事・スポーツ庁看板除幕式(文部科学省) 【写真:小川和行/フォート・キシモト ※2015年10月1日撮影】
そして2011年、1961年制定のスポーツ振興法を改訂するかたちでスポーツ基本法を制定、初めてスポーツ政策に関わる大綱を定めた。この基本法をもとに翌2012年、5カ年ごとに改訂される第1期スポーツ基本計画(2017年~第2期、2022年~第3期)を策定、堰を切ったかのようにスポーツ振興を目的とする政策が打ち出された。
主なものを挙げると、2015年スポーツ庁設置、2016年スタジアム・アリーナ改革支援、2019年大学スポーツ協会(UNIVAS)創設とスポーツ団体ガバナンスコードの策定、2022年運動部活動の地域連携・地域移行への模索、2024年国民体育大会の国民スポーツ大会への名称変更と改革案検討などと続く。この間、2019年ラグビーワールドカップ、2021年東京2020オリンピック・パラリンピック大会を開催。東京2020が1964年以来となる夏季大会の国内開催であることから、アスリートの競技環境整備と競技力向上施策が数多く実施された。東京2020とパリ2024の好成績はアスリート個々の努力によるところが大きいが、組織的な支援体制が整備された成果でもあると指摘したい。
そうした好循環はしかし、現状を追認するばかりでは中長期的に維持していくことは難しい。社会の変化に対応し、時代を先取りする政策を講じていかなければ次の好循環を生みだすことはできない。2024年はまた、ひとつの好循環がその役割を果たし終え、新たな好循環を模索していく転機、分水嶺にほかならなかった。
今こそスポーツの役割が試される
【写真:Adobe Stock】
一方、この10年を超える年月は私たちをめぐる社会環境を大きく変えた。長期低落傾向がより顕著となった人口減少、高齢化社会到来に伴う健康問題の顕在化は社会課題となった。ICT(情報通信技術)の目覚ましい発展は生活を便利にしたものの、情報格差は不平等を生み、SNSのフェイクニュースの多発と個人に対する誹謗中傷は社会不安をもたらした。都市部と比べ人口流出が著しい地方の活性化は急務であり、日本が世界でも遅れていると指摘されるジェンダーバランスへの対策も急がねばならない。また地球温暖化による環境の変化は衣食住など日常を直撃、給与水準の低迷は生活から潤いを失わせた。
今こそスポーツの役割が試される。地方創生・地域活性化への期待感、健康志向とウェルビーイングへの貢献、ジェンダー平等実践の場としての存在感など社会の潤滑油としての役割である。しかし、遺伝子操作が主流になるドーピング対策が求められ、アスリートや審判員へのいわれのない誹謗中傷を防ぐ方策とともに、組織のガバナンスを含めたインテグリティの浸透は重要な課題である。何より、新たな施策に向けた財源をどう確保していくのか。不備に備えなければならない。
社会の変化に対応できるスポーツ基本法の改正が必要な理由である。国会議員でつくるスポーツ議員連盟はプロジェクトチームを編成し、2025年の議案提出にむけて改正案作成作業に着手した。日本スポーツ政策推進機構(NSPC)ではスポーツ基本法改正検討委員会を設置、競技団体関係者や研究者など有識者を対象にしたアンケートを集約し提言をまとめている。来年の通常国会で改正案の上程を目指しており、高邁な理想を保持しつつ社会情勢の変化に対応する基本法の改定は、分水嶺にあるスポーツ界にとって近未来の指針を示すことになる。
※本記事は、2024年12月に笹川スポーツ財団・公式ウェブサイトに掲載されたものです。
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