【日本選手権35km競歩/高畠競歩】レポート&コメント:川野が世界記録で東京世界陸上日本代表内定!女子は渕瀬が通算4度目の選手権獲得!

日本陸上競技連盟
チーム・協会

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第61回全日本35km競歩高畠大会が10月27日、山形県高畠町の「高畠まほろば競歩路・日本陸連公認競歩コース」(1周1kmの周回路)で開催されました。競歩の国内ロードシーズン開幕戦に位置づけられ、レースウォーカーたちにとって重要なレースとして定着している大会ですが、今回は、能登半島地震の被害により4月の開催が中止になっていた第108回日本陸上競技選手権大会・35km競歩を兼ねての実施に。来年9月に開催される東京世界選手権の日本代表選手選考競技会として行われました。

男子35kmでは、1時間21分47秒の世界記録を樹立して優勝した川野将虎選手(旭化成)が、条件を満たして世界選手権代表に即時内定。2位の丸尾知司選手(愛知製鋼)も日本陸連が定める派遣設定記録を突破したほか、4位までがワールドアスレティックス(WA)の設定する参加標準記録を上回りました。また、男子20kmの部においても、1時間17分56秒で快勝した山西利和選手(愛知製鋼)が派遣設定記録を再びクリア。2位の住所大翔選手(富士通)が新たに参加標準記録突破者に加わるなど好記録が続出しています。

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男子35kmは、川野が世界記録を樹立!

東京世界選手権代表に内定

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昼夜に寒暖差の生じる盆地では、秋に、「朝、霧が出る日はよく晴れる」と言われています。この日の高畠町は、まさにそんな朝を迎えました。夜が明ける前の段階から霧が立ちこめ、湿り気で路面は雨が降ったかのような濡れた状態に。その様子は日の出時刻を過ぎても変化はなく、快晴の予報が出ているにもかかわらず、日差しを見ることができません。昨年から新コースとなった「高畠まほろば競歩路」では、午前7時前ごろから出場選手たちがウォーミングアップを開始。霧で煙ったような視界のなか、路面や給水箇所、折返し地点の状況を確認しつつ歩く姿がしだいに増え、徐々に緊張感が高まっていきました。
そして、午前8時。天候曇り、気温10.9℃、湿度86.90%、西の風1.0mという主催者発表の気象条件のもと、第61回全日本35km競歩は、同種目の第108回日本選手権を兼ねてスタート。それは、来年の東京世界選手権に向けて、いよいよ国内での日本代表選考競技会が始まった瞬間でもありました。

男子35km競歩は、オープン参加の海外選手を含めて36名が出場。この種目の世界選手権参加標準記録は2時間28分00秒、日本陸連が別途定めている派遣設定記録は2時間26分00秒で、今大会では、優勝者が派遣設定記録を上回っていた場合に、日本代表に即時内定することが決まっています。
派遣設定記録をイーブンペースで歩いた場合の1kmの平均ラップは4分10秒で、参加標準記録の場合は4分14秒。また、野田明宏選手(自衛隊体育学校)が保持している日本記録(2時間23分13秒、2023年)だと4分06秒となります。1kmの周回コースで実施される本大会では、これらのタイムを各周回の指標として、まずはレース序盤で、「誰が主導権を握り、どんなペースで、レースを進めていくか」が注目されていました。
しかし、さまざまなパターンが考えられていたなか、実際は、大半が予想していなかった形で進んでいくことになります。号砲が鳴ってすぐに、勝木隼人選手(自衛隊体育学校)が先頭に立ち、1kmを4分05秒で入ると、その後も、4分10秒、4分07秒、4分05秒、4分03秒と刻み、最初の5kmを20分30秒というハイペースで入ったのです。勝木選手は、さらに、次の2周を4分00秒で周り、7~8kmでは3分58秒へとペースアップ。以降も4分を切るラップを叩きだし、10kmを40分25秒(この間の5kmは19分55秒)で通過していきました。

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勝木選手は、社会人になってからは、50km競歩でキャリアを高めてきた経歴の持ち主で、2019年ドーハ世界選手権、2021年東京オリンピックは、どちらも50km競歩で出場しています。20kmや35kmにおいても、上位争いに頓着せず、スタート直後から自身の設定したペースで歩を進め、終盤で上位に迫っていくレースをすることが多かっただけに、この滑りだしは、見る者の意表を突く展開でした。しかし、レース後、丸尾知司選手(愛知製鋼)が、「たぶん全員、想定より速かったはず。ただ、無言で全員がわかり合っているというか、“行くしかない”という気持ちだったと思う」と振り返ったように、上位を狙う選手たちは、このペースについていくことを選びます。最初の段階から勝木選手についたのは、丸尾、川野将虎(旭化成)、吉川絢斗(サンベルクス)、髙橋和生(ADワークスグループ)、逢坂草太朗(東洋大)の5選手。さらに3~4kmのところで諏方元郁選手(愛知製鋼)が追いつき、先頭集団は7名で進んでいくことになりました。

しかし、7kmを過ぎて、ペースが3分台に上がったあたりで、これについていくのが厳しくなっていく選手が出てきます。9kmに向かう周回で今回が35km初挑戦の大学1年生・逢坂選手が後れ、10kmを過ぎたところで、20kmで世界競歩チーム選手権出場実績(2022年)を持つ諏方選手も突き放されてしまいました。そして、続いて姿を消す形となったのは、なんと勝木選手。ロスオブコンタクトのレッドカードが3回出たことで、12kmを目前にしたところで無念のペナルティゾーン入りとなってしまったのです。勝木選手は、中盤に向かおうとする段階で、ペナルティによって生じた3分30秒のビハインドを負ってレースを進めなければならなくなってしまいました。

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さて、4人となった先頭集団は、丸尾選手がトップに立って12kmを通過。吉川選手と川野選手がこれにぴたりとつき、髙橋選手が後れがちになりながらも懸命に続きます。11~12kmが3分58秒だったラップは、その後、4分台に落ちたものの、依然として4分05秒は切るペースで進み、15kmは、丸尾選手、川野選手、吉川選手、髙橋選手の順に、先頭が1時間00秒30秒(この間の5kmは20分05秒)で通過していきました。15kmを過ぎて最初の折返しを過ぎた辺りで、パリオリンピック男女混合競歩リレー代表の髙橋選手が後退し、上位集団は丸尾・川野・吉川の3選手に。15km以降は、4分05~06秒前後と少しペースが落ち着き、15~20kmの5kmは20分28秒。丸尾選手が先頭に立ち、これに社会人1年目で今回が初の35kmとなる吉川選手がつき、川野選手が続いていく隊列へと変わります。20kmは、吉川選手が先頭に立って、日本記録のイーブンペース(1時間21分50秒)を52秒も上回る1時間20分58秒での通過となりました(ちなみに、東京世界選手権男子20km競歩の参加標準記録は1時間19分25秒。このことからも、いかに速いペースであるかがよくわかります)。

20kmを過ぎてからは、すぐに先頭を奪い返した丸尾選手が4分03秒、4分08秒、4分06秒で周回を重ねていきましたが、23kmを過ぎて最初の折返しを迎える直前で川野選手が吉川選手をかわして2番手に浮上すると、その後、丸尾選手に並びかけるように位置。これに呼応するかのように丸尾選手がペースを上げたことで、24kmに向かう1kmは4分00秒に跳ね上がり、吉川選手は突き放される格好となりました。2人は、次の1kmも4分00秒で刻んで、残り10kmとなる25kmを1時間41分15秒(この間の5kmは20分17秒)で通過。いよいよ両選手による一騎打ちが始まりました。

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レースが一気に動いたのは、28kmを過ぎての周回です。そこまで丸尾選手が先頭で25~26kmを4分05秒、以降、4分08秒、4分05秒と刻んでいきましたが、27kmの終盤で川野選手が丸尾選手の横に出てくると、28kmを並んで通過(1時間53分37秒)。そして、すぐに身体一つリードを奪うと、加速スイッチが入ったかのように、その差を広げていったのです。「勝負所を間違えてはいけないと思っていた」という川野選手は、「(残り)7kmでのスパートであれば、最後まで耐えられる」と、この周回を3分52秒にペースアップ。対する丸尾選手は、レース後、「100%で来ていたので、あそこはもう行けなかった」と振り返ったように4分08秒を要し、ここで16秒の差が開いてしまいます。川野選手は、のちに3分52秒までのペースアップは考えていなかったことを明かしつつも、「行くなら行くしかない。ここを逃したら勝てないと思った」と、次の1kmも3分57秒で刻み、30kmを2時間01分26秒(この間の5kmは20分11秒)で通過。この2kmで丸尾選手に34秒の差をつけました。30~31kmを4分01秒でカバーしたあとは、さすがにペースは落とし、苦しそうな表情を見せたものの、最後の5kmも20分21秒でまとめ上げ、日本記録、さらにはアジア記録(2時間22分55秒、賀相紅、中国、2023年)も大きく塗り替える1時間21分47秒でフィニッシュ。文句なしのタイムで内定基準を満たしたことにより、東京世界選手権の日本代表にも即時内定しました。

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実は、この2時間21分47秒は世界記録となるもの。WAは、35km競歩が2022年から世界選手権実施種目となったことに対応し、2023年1月1日以降に「2時間22分00秒を上回るタイムが出た場合」に世界記録として認定することを公表。しかし、ここまで該当記録なしの状態が続いていて、今回、川野選手が初めて2時間22分を切ったことで条件を満たし、世界記録として公認されることになったのです(注:35km競歩の記録としては、2006年にロシアのウラジーミル・カナイキンが2時間21分31秒をマークしていますが、世界記録に必要な条件が満たされていなかったことから世界最高記録の扱いとなっています)。これにより、日本は、男子20km競歩(1時間16分36秒、鈴木雄介、2015年)に続いて、35km競歩においても世界記録を有することになりました。

川野選手がこのことを知らされたのは、レース後に行われていた取材のとき。記録に関する質問に「アジア記録までは考えていなかったが、記録が出たことは率直に嬉しい。これまでの取り組みが間違っていなかったことを記録として証明できてよかったなと思う」と答えていましたが、その流れで、自身の出した記録が世界記録になることを伝えられると、「え? そうなんですか。知らなかったです」と驚いた表情を見せました。感想を求められると、少し戸惑ったような様子で「いやあ、なんて言ったらいいんですかね…」と思いを巡らして言葉を探したうえで、指導を仰ぐ酒井瑞穂コーチや周囲のサポートについて語り、「今回の記録は、周りの人の力…チーム旭化成と練習拠点の東洋大のおかげで出すことができた記録。感謝の気持ちでいっぱいです」と、競技中とは全く異なる穏やかな表情で、スタッフへの思いを口にしていました(川野選手のコメントは、別記、ご参照ください)。

28km過ぎで川野選手に突き放されてしまった丸尾選手は、25~30kmを20分45秒、最後の5kmは22分24秒までペースを落としたものの、2時間24分24秒・2位でフィニッシュ。昨年マークした自己記録(2時間25分49秒)を大きく更新し、自身が保持していた日本歴代3位記録を引き上げるとともに、派遣設定記録もあっさりとクリアしました。レース後は、「ここで内定したかったので非常に悔しい思いが強いけれど、“川野くんが強かったな”というのが感想」とコメント。「今後は、まずは代表権を確保することが必須となる。毎回、このパターンがイヤなのだが…」と苦笑いして、「最後の枠を取るのは非常に得意なので、枠を取ることに関しての心配はしていないけれど」と述べたうえで、「川野くんは銀メダルを取っているわけだが、世界でメダルを取るということは、やっぱりあそこの位置にいないといけないんだということを改めて感じた。自分自身も強くなっている部分はたくさんあるので、今日感じたことや取り組みをもう一度見直してやっていきたい」と力強い口調とともに、前を向きました。

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3位は髙橋選手。20km以降は、5kmのペースを21分台に落としましたが、最後の5kmは丸尾選手を上回る21分54秒でカバーして、日本歴代4位タイとなる2時間26分18秒でフィニッシュ。派遣設定記録には18秒届かなかったものの、自己記録を4分37秒も更新し、参加標準記録も大きくクリアしました。レース後は、15kmで上位争いから離れてしまったことへの悔しさを滲ませていましたが、世界選手権に向けては、今年1時間19分01秒まで自己記録を更新してきている20kmで挑戦していくことも視野に入れているようで、「どうするかをしっかり考えて、取り組んでいきたい」と話しました。

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もう一人、特筆すべきは、ペナルティゾーンに入ったために、12kmの段階で上位から3分30秒後れてレースに戻った勝木選手といえるでしょう。この影響で、10~15kmの5kmは23分41秒かかったものの、その後の各5kmを20分25秒、20分36秒、20分37秒と単独でハイペースを刻み、着実に順位を上げていったのです。最後の5kmは川野選手に次ぎ2番目となる20分36秒でカバーし、2時間26分20秒の自己新記録で4位に。派遣設定記録には届かなかったものの、20kmに続いて、この種目でも参加標準記録を突破しました。実は、3月に20kmで1時間18分43秒の自己記録を出し、持ち味の持久力に加えてスピードへの自信も深めていた勝木選手は、万全の準備ができたこともあり、この大会では「世界記録を出して優勝するつもりで臨んでいた」そう。序盤からのハイペースは、その水準を狙うための設定だったことを明かし、勝負所となった終盤で、その場にいられなかったことを悔しがっていました。しかし、一方で「ペナルティゾーンに入ったことも自分の責任」ときっぱり。「これからフォームをしっかり修正したい」と話してくれました。ペナルティゾーンに留まった3分30秒を引くと、2時間22分50秒というタイムが出てきます。勝木選手もまた、残り2枠を懸けて、来年3月に能美(石川)で行われる第109回日本選手権における注目選手となりそうです。

なお、このレースでは、30kmの途中計時においても、川野選手が2時間01分26秒、丸尾選手が2時間02分00秒をマーク。野田選手が2023年の日本選手権35km競歩の途中計時で樹立した日本記録(2時間02分43秒)を更新しました。

ベテラン渕瀬、女子35kmを制す

3種目で日本選手権通算4回目のV

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男子と同じ午前8時にスタートした女子は、上位争い候補に挙がっていた園田世玲奈選手(NTN)、内藤未唯選手(神奈川大)をはじめ、オープン参加の海外選手を含めてエントリーしていた15名のうち半数以上が欠場。出場者は全7名と、やや寂しいレースとなりました。この種目の世界選手権参加標準記録は2時間48分00秒で、派遣設定記録は2時間45分00秒。これらのタイムをマークするためのイーブンペースは、参加標準記録では1km4分48秒(5km24分00秒)、派遣設定記録の場合は1km4分43秒(5kmは23分34秒)というタイムが目安となります。もちろん、男子と同様に、女子も優勝者が派遣設定記録を突破した場合には、日本代表に即時内定する条件で行われました。

ペースが異なる男子選手に交じっての難しいレースとなったなか、序盤から果敢に飛びだしていく展開を見せたのは、このところ5000m、10000m、20kmで著しい進境をみせてきた下岡仁美選手(極東油業)。35kmはこれが初めての挑戦ですが、社会人1年目となった今季は、35kmで結果を残すことを目指して、トレーニングに取り組んできた選手です。下岡選手は、最初の1kmこそ4分56秒と、2番手の吉住友希選手(船橋整形外科、4分57秒)と僅差で入りましたが、そこから一気にペースを引き上げ、後続との差を広げます。1km4分45秒を切る周回も出て、5kmは23分45秒と、参加標準記録をイーブンにした場合の参考タイム(24分00秒)を上回るペースで通過すると、10kmも47分36秒(この間の5kmは23分51秒)と、依然として参加標準記録ペース(48分00秒)よりも速いタイムで通過していきまました。
しかし、その後は、徐々にペースダウン。10~15kmの5kmは24分34秒となり、15kmは1時間12分10秒で通過。次の5kmでは24分53秒まで落ち込み、20kmは1時間37分03秒での通過に、20~25kmは25分25秒を要して、25kmは2時間01分42秒での通過となってしまいました。

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ここへ来て、じわりじわりと下岡選手との差を詰めてきたのが、ベテランの渕瀬真寿美選手(建装工業)です。最初の1kmは3番手争いをしながら4分59秒で入りましたが、2周目で単独2位に浮上すると、その後は、後続との差を1周ごとに広げていきました。5kmは24分13秒、10kmは48分42秒(この間の5kmは24分29秒)で通過。自身は参加標準記録突破を目指して、1km4分48秒ペースで押していくことを目指していたものの、3~4kmの周回でベントニー、5~6kmの周回でロスオブコンタクトと、2回のレッドカードが出たことで、思うようなペースアップが図れなかったそう。その影響もあって、5kmの段階では28秒だった先頭の下岡選手との差は、10km通過の時点で1分06秒に広がります。しかし、10~15kmは24分17秒にペースを上げて15kmを1時間12分59秒で、20kmは1時間37分23秒(この間の5kmは24分24秒)、25kmは2時間01分49秒(この間の5kmは24分26秒)で通過。下岡選手との差を15kmの段階で49秒、20kmで20秒、そして25km地点では7秒差へと縮めていきました。
「だんだん前(を行く下岡選手)が見えて、近づいてきたので、“これは行けるかもしれない。行けるからには勝ちたい”という気持ちが強まってきた」と振り返った渕瀬選手は、自身もペースダウンが大きくなった25~30kmは下岡選手の背中に迫ることで懸命にカバーして、29kmで下岡選手に追いつくと逆転。ここで初めてトップに立ちます。30kmを2時間26分44秒(この間の5kmは24分55秒)で通過したあとは、残り5kmを25分54秒までペースを落とす苦しい戦いとなりましたが、2時間52分38秒でフィニッシュ。この種目は初優勝ながら、20km競歩で優勝した2007年・2009年、50km競歩を4時間19分56秒の現日本記録で制した2019年に続いて、4回目となる日本選手権タイトルの獲得を果たしました(渕瀬選手のコメントは、別記ご参照ください)。

下岡選手は、30kmを2時間26分47秒で通過したものの、31km手前の辺りから左足を気にして立ち止まったり、歩いたりする様子が増え、32kmを通過したのちに、その周回で途中棄権。2位には吉住選手が2時間58分21秒で続き、20kmを過ぎてから順位を上げてきた矢来舞香選手(千葉興業銀行)が30~31kmの周回でチームメイトの松本紗依選手をかわし、3時間01分08秒で3位を占めました。

男子20kmは山西が1時間17分台で快勝

女子20km優勝の梅野も自己記録を大幅に更新

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男子20kmの部には、2019年・2022年世界選手権男子20km競歩金メダリスト、2021年の開催となった東京オリンピック銅メダリストの山西利和選手(愛知製鋼)と、2022年世界選手権8位入賞の住所大翔選手(富士通)がエントリーしたことで、好記録の期待が寄せられました。10時40分にスタートしたレースは、分厚く覆っていた雲が徐々に抜けて、青空とともに日差しが注ぐようになったことで、終盤にかけて気温が20℃台へと急上昇。暑さをより感じる条件下で行われました。
1周目で抜けだす形となった2人は、山西選手が先頭に立ち、その後ろに住所選手がぴたりとつく並びで、1km3分55秒前後のペースで周回を重ねていきます。最初の5kmを19分35秒(住所選手は19分36秒)で入ると、その後も3分54秒前後のペースを維持して、10kmはともに39分06秒で通過していきました。しかし、11周目に入るとすぐに山西選手が、前の周回(3分57秒)から一気に3分44秒までペースアップ。その後は3分51~52秒で歩を進めたことで、住所選手との差は次第に広がっていきました。10~15kmの5kmを19分15秒で通過した山西選手は、ラスト5kmはややペースを落としたものの19分35秒でカバー。大会新記録となる1時間17分56秒で快勝するとともに、すでにクリア済みの派遣設定記録(1時間18分30秒)を再び上回りました。

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レース後、「タイム、判定を含めて及第点。悪くはなかったかなと思う」と振り返った山西選手。この大会は、来年2月の日本選手権に向かっていくなかで、秋シーズンに組み込んだ全日本実業団10000m(38分27秒34、優勝)、マドリード(スペイン)での10㎞(40分00秒、優勝)に続くレースとして出場を決めていました。「10km(トラック10000m)、10km(ロード)では足りないので、20kmをきちんとレースとしてまとめたい。そういう強度や負荷を身体にちゃんとかけておきたいと考えた。あとは歩型の部分。判定をしっかりと受けて、審判から見たときの動きと、自分の主観もしくは映像を見たときの印象とを摺り合わせておくことをしたかった。そのへんが秋の3戦を通じてできたのはよかったと思う」と出場の目的を説明。「目標としては、気象状況にもよるけれど、(1時間)17分台、欲を言えば(1時間)17分前半で行ければいいなと思っていた」と明かし、「まあ、そこまでは行きませんでしたが…」と笑顔を見せました。ここまでの経過は順調に進んでいる様子。「全体の流れとしては、2月に向けて連戦だったので、この3戦の振り返りをしながら、新しい気持ちで2月に迎えたらいいなと思う」と、世界選手権代表選考レースとして行われる来年2月の日本選手権20km競歩を見据えていました。

一方の住所選手は、10~15kmを19分26秒でカバー。17km以降はさすがに3分台の維持はできなくなりましたが、最後までよく粘って、こちらも大会新記録となる1時間18分46秒(2位)でフィニッシュしました。派遣設定記録突破には16秒届かなかったものの順天堂大4年の2021年にマークした自己記録(1時間20分14秒)を大幅に更新。1時間19分台を飛び越して1時間18分台で、この種目9人目の参加標準記録(1時間19分20秒)突破者リストに、その名を連ねる結果を手にしています。

【JAAF】

男子の出発から20分後にスタートした女子20km競歩は、男子以上に暑さを感じるなかでのレースとなりました。このレースには、昨年、アジア選手権3位、アジア大会4位の成績を残し、ブダペスト世界選手権にも出場した梅野倖子選手(順天堂大)がエントリー。8kmを過ぎた辺りから独り旅となったなか、前半10km(46分09秒)と後半10km(46分12秒)の差を3秒でカバーする歩きを見せ、1時間32分21秒でフィニッシュ。昨年マークした1時間33分38秒の自己記録を大きく塗り替えました。この種目の参加標準記録(1時間29分00秒)には、まだ少し開きがある状況ですが、単独でのこの好パフォーマンスに、来年2月に行われる日本選手権でのさらなる躍進が期待できそうです。

【JAAF】

正午過ぎから10分差でスタートした高校男女の部は、早朝に行われた男女35km競歩とは別の日のような青空が広がったなか行われました。高校男子10kmはスタート直後から独り旅となった大竹雄大選手(郡山東高・福島)が44分26秒で圧勝。高校女子5kmは、3~4kmの周回でリードを奪った2年生の梅木空選手(江戸川取手高・茨城)が25分46秒で、それぞれ優勝を果たしています。

※本文中の記録および5kmごとの通過タイムは公式発表の記録。ただし、各1kmの通過およびラップタイムは、レース中の速報や手元の計時を採用している。

【全日本競歩高畠大会男女優勝者コメント】

■男子35km競歩
川野将虎(旭化成)
優勝 2時間21分47秒 
=世界記録、アジア新記録、日本新記録、東京世界選手権派遣設定記録突破
※東京世界選手権日本代表内定

【JAAF】

まずは東京世界陸上の代表権がつかめたことで、スタートラインにようやく立てたなという気持ち。旭化成所属のもと東洋大学の練習環境で、ずっと今までやってきたことが実ってよかった。パリオリンピックを終えて、この35kmに再びチャレンジするにあたっては、本当に多くの方々に支えていただいた。それがなければ私はこの舞台に立つことができなかったし、こういう記録を出すこともできなかったので、まず、感謝を伝えたい。

(得意とする35kmのレースに再び挑戦して)「楽しかったな」と、本当に率直に感じた。苦しい種目ではあるけれど、35kmのような長い距離を歩くためには、技術とか体力とかだけでなく、人間味や心の部分も重要になってくる。そういう35kmの面白さや楽しさが、少しでも多くの方に伝わっていたらいいなと思う。また、今年は1月に能登地方で震災があり、輪島で行われるはずだった4月の日本選手権が中止となった。さらにその後、大雨の被害にも見舞われて、輪島の皆さんは大変な思いをされている。そういったこともあり、今回は、輪島の方々に、自分の歩きを通じて(1日も早い復興への)思いを届けられたらと思いながら歩いた。

今回は、優勝にこだわって、中盤までは集団のなかで落ち着いて入り、ラストの勝負所で行ききることだけに集中した。正直なところ、ここまでハイペースになるとは思っていなかったが、スローペースになってもハイペースになっても対応できる準備はしてきた。その練習の成果を出すことができたと思う。

<24km以降は、丸尾知司選手(愛知製鋼)との一騎打ちとなったが…の問いかけに>
丸尾選手も力のある選手。今回は(トラックの10000mに出場した)全日本実業団、国民スポーツ大会で2レース続けて38分台で歩かれていて、スピードがあると思っていたので、「勝負所を間違えてはいけない」という気持ちで臨んでいた。残り7kmで仕掛けたが、勝負所をその辺りにすることは、(酒井)瑞穂コーチとも事前に話し合って大まかに決め、そのための練習もしてきていたから。練習をやっていくなかで、残り7kmでのスパートであれば、最後まで耐えられるだろうとわかったので、自分では、そこで行くと決めていた。(ラップが1km3分52秒に上がった28~29kmの周回は)自分ではそこまで上げられるとは思っていなかった。しかし、「行くなら行くしかない。ここを逃したら勝てない」と思ったので(スピードを緩めず)行ききった。丸尾さんが離れてからは、優勝(=代表)はある程度見えていたが、そこで落ち着いてしまうのではなく、東京世界陸上での勝負を見据えて、「1秒でも速く」を意識した。

今回、一定ではなく、かなり揺さぶりの強いレースのなかでも対応できたことは、世界陸上に繋がるかなと思っている。また、ジャッジで、注意(イエローパドル)は出てしまったが、警告(レッドカード)はゼロでまとめることができた。これも世界陸上に繋がることだと思う。一方で、ラスト7km以降で(1kmのラップを)3分台に2回上げることはできたものの、それ以降、(ペースが落ち)4分06秒あたりで維持するので精いっぱいになってしまった。ここで3分台を維持できれば、世界の舞台でもメダルが狙えるようになる。粘って終わるのではなく、そこでさらに勝負をしにいけるような力がないと戦えない。今後は、その点を次の目標として取り組んでいきたい。

高畠の段階で、内定を決められたことは本当によかったと思う。(本番までに)1年弱の準備期間があるということは、ほかの選手に比べてもアドバンテージになる。それを世界陸上の舞台で生かせるように準備していきたい。今後のことは、瑞穂コーチとしっかりと話し合って決めていくつもりだが、(来年)2月には20kmの日本選手権がある。もし、今回内定が取れていなかったら、3月の能美大会(第109回日本選手権35m競歩を実施)に出なければならなかったので、20kmの挑戦はちょっと難しいかなと考えていたけれど、(内定が取れたので)スピードでも対応できる選手を目指すうえでも、もし、狙えるのであれば、状況を見ながら20kmにチャレンジしていくことも検討したい。(20kmについては)これから代表権獲得の戦いがあるので、今の段階で「(世界選手権は)2種目に出ます」とは言えない。ただ、世界の主流は、長くても短くてもどの距離でも安定して歩ける選手がレジェンドとして存在している。自分も、そういうものを見据えながら、挑戦していけたらいいなと思う。
■女子35km競歩
渕瀬真寿美(建装工業)
優勝 2時間52分38秒

【JAAF】

今回は、2時間48分00秒(世界選手権参加標準記録)を目標に挑戦してきたが、そこには届かなかった。(1m)4分48秒のペースでしっかりと刻んでいくつもりで練習をしてきたので、そこは出していきたいなと思っていたのだが、早い段階で、警告(レッドカード)を2つもらってしまったこともあり、なかなか(思うような)ペースを刻んでいくことができなかった。ただ、その後、3つ目がつかずに最後まで行ききれたことはよかったかなと思う。(レッドカードは)前半に動きが少しバタバタしてしまい、リズムがつかめていないときに出てしまった。そこは今後の課題といえる。

レースに向けては、夏場に距離もしっかりと踏んで、よい練習をすることができていた。ただ、10月に入ったあたりで、左かかと付近に少し気になるところが出てきて、「回避したほうがいいのかな」と迷う時期が生じた。それでも、気持ちは切らすことなく、歩かずにできることに取り組み、心肺(機能)は落とさずに練習することができていたし、練習(量)を落としていくなかで悪化していくことはなかったので、「これなら出られるかも」という状況で迎えた大会だった。

<20km、50kmに続き、35kmでも日本選手権を獲得した感想を問われて>
(これで4回目の日本選手権獲得となるが)優勝できるとは思っていなかったというのが正直なところ。もちろん、勝ちにこだわらないといけないのだが、万全でなかったこともあり、ほかの強い選手が行くだろうと考えていた。ただ、レース中に、だんだん前(を歩いていた下岡選手)が見えて、近づいてきたので、「これは行けるかもしれない。行けるからには勝ちたい」という気持ちが強まってきた。(トップと)並んだときには下岡選手もまだ食らいついてくるような感じだったので、残り5kmは競り合っての戦いになっていくのかなと思ったのだが、その後、下岡選手がすぐに離れたので、そのまま優勝できてしまったという感じ。男子のようにいい記録を出してこそ、「勝ちとった」という気持ちにもなれるもの。優勝はできたけれど、タイムがついてきていないという点で、まだまだ喜べない思いがある。

(東京世界選手権の代表選考は)3月の能美(で実施される第109回日本選手権35km競歩)が最後の選考大会となる。今回、誰も決まらなかったことで、能美大会で3枠が決まることになる。ここまで距離はしっかり踏むことはできたものの、ペース自体が速くなかった部分もあるので、距離の練習とともに、派遣設定記録に必要なペースでのスピード練習も、もう少ししっかりとやっていきたい。

私の世界大会出場は、(龍谷)大学2年の2007年に、大阪(世界選手権)で始まった。そして、来年、自国の東京で世界陸上があるので、「(アスリートとしてのキャリアの)最初の世界大会が大阪で、最後の締めくくりが東京になればいいな」という思いを強く持っている。ただ、出たいと思っても、まず出場権を確実に獲得するためには、2時間45分、さらには日本記録(2時間44分11秒、岡田久美子)を更新していくくらいでないと、本当に代表になれるかわからないと思っているので、今は、日本記録を切らないと代表には選んでもらえないという気持ちで臨んでいる。

次のレースは、来年2月の神戸(日本選手権20km競歩)となる見込み。やはり20kmを歩けないことには、35kmは歩けない。2時間48分00秒で歩くなら、20kmは1時間36分で通過しなければならないので、20kmのレースでは当然それ以上のタイムが出せるようでなければならないはずなのに、近年は1時間36分以上かかってしまっている。20kmを1時間30分前半で行けるくらいでないと、2時間44~45分は見えてこないと痛感した。寒くなってくるとケガもしやすくなってくるので、練習量と体調との兼ね合いにも考慮しつつ、これからしっかりと取り組んでいきたい。
文・写真:児玉育美(JAAFメディアチーム)

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