B2優勝クラブ分析「アルティーリ千葉」

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スラムダンクの湘北高校バスケ部のようなチームをビジネスの世界で作りたい——。アルティーリ千葉(以下、A千葉)の運営会社の代表責任者で、その親会社の株式会社アトラエのCEOでもある新居佳英社長が、アトラエを設立したときの志をそう語ってくれました。創設間もない新興クラブがFM面で驚異的な成果を残しながら、BM面でも非常に高いパフォーマンスを発揮しているとても興味深いクラブですが、新居社長への独自インタビューでA千葉のクラブ経営の特徴を探っていくことで、そのヒントが見えてきました。

ゼロから立ち上げたクラブ

新居社長は、スラムダンクの湘北高校のようなチームをビジネスの世界で作りたい、という想いからアトラエを立ち上げたそうですが、意外なことにバスケットボールではなく、元サッカー少年とのことでした。そのような経験や元々スポーツコンテンツの生み出す価値に大きな可能性を感じていたこともあり、かつて水戸ホーリーホックからのオファーを受け、Jクラブの取締役としてクラブ経営も経験しています。

そこでスポーツコンテンツのポテンシャルを確信した新居社長は、自らが思い描くクラブのカルチャーやビジョンなどの成り立ちにこだわりつつ、それをできるだけスピーディに具現化したいと考えるようになりました。そのため、既存のクラブを改革するという方法ではなく、ゼロから立ち上げた方が想い通りの設計ができると考え、A千葉をゼロから立ち上げることにしたそうです。

また、自身に所縁のあるサッカークラブではなく、千葉のバスケットボールクラブにした理由も明確です。

【千葉のバスケットボールクラブという選択をした理由】
① 比較的新しいリーグで参入余地が十分にある種目であること
② 「B.LEAGUE PREMIER」が発足することがおおよその方向性として決まっていること
③ 男女の競技者比率が均等に近く、子供からお年寄りまで競技者数も多いため、潜在的ファン層が多いこと
④ 東京に隣接する三県(神奈川、埼玉、千葉)において唯一、B3を含めて複数のクラブがないのが千葉

これだけの要素がそろった以上、新居社長としては、チャレンジを実行に移す以外の選択肢はありませんでした。アトラエの価値観でもある「四方良し(社員・顧客・株主・社会)」をスポーツで体現する千載一遇のチャンスでもありました。

確かにこれらの要素に加え、サッカーよりも事業規模は小さいものの逆にサッカーよりも少ない投資でスタートできること、興行を室内で実施するため、空調、音響、照明などの観戦環境のコントロールがしやすいこと、千葉県は埼玉県や神奈川県に比べて東京への流入人口や流入割合が低く、地域密着の度合いが高いエリアであること、などの要素も加味すると、千葉のバスケットボールクラブでチャレンジしようとした理由もなるほどと納得できます。

一方で、千葉を拠点に活動しているプロバスケットボールクラブが1クラブしかないというのは事実だとしても、それがB1有数の実力とファン層を有する千葉ジェッツふなばし(千葉J)であるというところは気にならなかったのでしょうか。この件について新居社長は、千葉Jの存在はむしろポジティブであったとコメントしています。

理由として、バスケットボールファンの特性が挙げられます。野球やサッカーと異なり、複数のチームを応援しているファンがかなり存在するという特徴です。一般的にファンは推しの選手が所属しているクラブを応援する傾向にありますが、バスケットボールは選手の移籍も多く、選手が移籍した場合、例えば移籍元の地元クラブと移籍先のクラブの両方を応援するファンになる、といったことが頻繁に起こります。また、千葉は千葉Jの存在のおかげで、バスケットボール観戦経験者の数が非常に多く、実際の競技者人口も多いエリアのため、バスケットボールの面白さを知っている人も多いという特徴もあります。そのようなエリアに、クラブが千葉Jの1クラブしかないため、地域住民の方々はリアルの観戦機会が限られてしまっている状況でもあり、クラブ経営目線からするとそこでA千葉が活動することができれば、ある意味「良質なファン」を自然に引き込むことができる恵まれた状況にある、ということになるわけです。

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「正しい人をバスに乗せる」byビジョナリー・カンパニー

そのような背景からスタートしたA千葉は2022-23年シーズンで設立2年目にしてFM面でB2優勝にあと一歩まで迫る快進撃を見せました。BM面でもA千葉にはブランディングに大きな影響を及ぼすクリエイティブとデザイン作業を社内で内製化し、統一したメッセージを発信し続けているという特徴があり、それが驚異的なスピードで進化するクラブを支える屋台骨として重要な役割を果たしています。

A千葉はクラブ設立の準備段階から、クラブビジョンである「ATTRACT THE WORLD-世界中のファンを魅了するクラブを創る-」の下、徹底したクラブブランディングを展開しています。その徹底ぶりに妥協は無く、経営層はもちろん、コーチ・チームスタッフ、選手に至るまで、このクラブビジョンに共感できるメンバーだけでクラブを構成しているところが特徴です。

全員が表面的な部分ではなく、しっかり腹落ちしたレベルでビジョンを共有できているからこそ、メンバー間の相互リスペクトが可能となり、メンバーそれぞれが主体的に動いてもクラブとしての軸はブレない、という理想のチームビルディングをBM・FMの両面で実現しているクラブといえます。FM面でのチーム成績がそれを物語っているだけでなく、BM面では驚くことに、設立から現在に至るまでクラブからの離脱メンバーはゼロという実績とのことで、設立から間もないとはいえ、クラブとしての練度は既に相当高まっているものと推察されます。

新居社長の目線は世の中の働く人達が、やりがいや働きがいを持ち、それが生きがいになっていくようなクラブ創りにあったため、元々単純にスポーツ興行を実施するだけの組織を作るつもりはなかったとコメントしています。A千葉を地域のブランドやカルチャーとして展開していくことが重要であり、設立段階からそこを強く意識して空間創りや演出、グッズやサービスなど、あらゆることにこだわって運営してきました。そのブランドは地域住民にも、選手やコーチ・チームスタッフを含むクラブの中のメンバー間にも浸透してきていて、成功の秘訣といえそうです。

クラブブランディングの重要性

多くのクラブで課題となっているFMとBMの有機的な連携について、A千葉は1つの解を示しているといえます。「ブランドの根幹はビジョンやフィロソフィーであり、それがカルチャーとなり、全員共通の考え方となります。あとはそれを劣化させないよう、コミュニケーションをとにかく増やすこと、減らさないことが重要です。」との言葉通り、新居社長はホームもアウェイも含め、全ての試合に帯同し、選手やヘッドコーチ、帯同スタッフとともに全員の目線を丁寧に合わせていく作業を続けています。

そこにはFMもBMも関係ありません。FMとしては強いチームを作るために選手人件費や強化費を増やしたい、BMとしては利益をしっかり出したいのでコストをできるだけ抑えたい、といったそれぞれ相反する命題を背負っています。だからこそ、お互いがお互いの立場や考えに関心を持ち、言っていることは同じ方向だということを都度確認し、束ねていくことが何よりも重要であることを強く感じました。

そしてそのブランドの力は、クラブ内だけでなく、クラブの外、ファンはもちろんパートナー企業や自治体にも浸透し始めています。多くのステークホルダーからの支援が集まる最大の背景は、上記のブランディングの効果であると考えられます。A千葉は創業間もない、いわゆるアーリーステージのベンチャー企業と同様です。ビジネスもこれからどうなるか分からない存在でもありますが、だからこそ、しっかりとしたブランドを確立することで、安心して共感、応援してもらうことが可能になる状況を創り出すことが、最大の武器になるのだと思われます。

古くて新しいBクラブ経営の形

A千葉の親会社であるアトラエが、スポーツにヒントをもらって創った会社が、スポーツクラブをゼロから創ったらどのくらい強いチームが創れるか。新居社長の壮大な社会実験は多くの共感者を巻き込みながら着実に成果を生んでいるといえます。

新居社長の考えでは、A千葉の取り組みというのは5~10年スパンでの成果獲得を目指す取り組みと位置付けられていて、そこまでは基本的にある程度の投資をしていくことが必要不可欠であるとされています。地域浸透も、若手選手やフロントスタッフの育成も、アリーナの建設も、一般的な会計期間である1年では結果が見えないものばかりであり、短期での成果に固執していると、将来における大きな成果は得られないというベースマインドを感じました。このベースマインドはクラブ経営にとっては非常に重要な考え方であり、それが多くの共感者を呼び込む要因となっています。採算だけを考えると簡単には実現しないビジネスコラボレーションをいかにして積み上げていけるか、中長期的にはそのようなコラボレーションの積み重ねがクラブ・企業双方に大きな価値を生み出すことにつながっていくものと思われます。

Bリーグでは新たなリーグレギュレーションによるB.LEAGUE PREMIERが2026年から開始され、FMの成果だけでの昇降格がなくなります。そうなったとき、A千葉の経営スタイルは、Bクラブが目指すクラブ経営のあるべき形の一つとなるのではないでしょうか。

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著者プロフィール

デロイト トーマツ グループは、財務会計、戦略、マーケティング、業務改革など、あらゆる分野のプロフェッショナルを擁し、スポーツビジネス領域におけるグローバルでの豊富な知見を活かしながら、全面的に事業支援を行う体制を整えています。またコンサルティング事業の他、国内外のスポーツ関連メディアへの記事寄稿などを通し、スポーツ業界全体への貢献も積極的に行っています。

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