2023 GPS NHK杯 驚愕の演技と採点

note
チーム・協会

【2023 GPS NHK杯 驚愕の演技と採点】

【これはnoteに投稿されたけろわんさんによる記事です。】
グランプリシリーズ最終戦のNHK杯。テレビ観戦だった中国大会とは異なり、大阪の会場でSPとフリーを観戦してきました。本来なら前回同様熱狂的な感想を綴っていたはずが…気持ちが整理しきれないままずるずると時間が経ってしまいました。

宇野昌磨選手の試合演技はSPフリーどちらもシーズン前半とは思えぬほど素晴らしかったですし、他のスケーター達にもいくつもの素晴らしい演技ががありました。でも技術審判の厳格すぎる判定は、その興奮に執拗に水を差し続けました。初日半ばからはどんなに選手が素晴らしい演技をしても「キス&クライでこの笑顔が消えてしまうかも」という不安で素直に喜べなくなっていきました。

本来ならば「素晴らしい演技をナマで見た一生の思い出」になるはずだったのに、演技の記憶に採点に憤った記憶がセットにされてしまいました。大会後のフィギュアスケートファンたちは採点の話題に集中してしまい、選手たちが見せた演技の良さが十分に語られていないのが残念でなりません。

全カテゴリを観戦しましたが、思うことの多かった男女シングル競技をメインに現地で感じたこと、採点を見て考えたことを自分の気持ちの整理も兼ねて書いていきたいと思います。

回転不足連発だった女子SP

青木祐奈選手の3ルッツ3ループが…

最初に違和感を覚えたのは女子シングル第一滑走者の青木祐奈選手の採点でした。

冒頭の3ルッツー3ループのコンビネーションジャンプを着氷!
その後も演技を一見ノーミスでまとめて「これは素晴らしいGPSデビューになった!」と会場の観客は沸き返りました。

会場モニターに流れる演技リプレイ映像を見守りながら「ルッツループまぁまぁキレイに着氷してる。いや~いい演技だったな~『q(4分の1未満の軽度な回転不足)』はついちゃうかもしれないけど、あんまりつかないといいな~A級国際大会初出場だからPCSも控えめだろうし60点台半ばぐらいかな~」と思いながら得点表示を待ちましたが…まさかの「58.28」というコールに私は言葉を失いました。会場にも困惑の声がざわざわと広がりました。

世界トップレベルの演技構成を見た目ノーミスでこなしたというのに50点台になるなんて。ついた「q」は1~2個どころではない、全ジャンプに「<(1/4回転を超え1/2回転未満の回転不足)」がついているんだろうなーと察しました。後でジャッジスコアを後で確認したら最初のルッツもセカンドループもダブルアクセルも「<」が。最後の単独フリップには「<」こそないものの、「!(エッジ不明瞭)」判定でした。

http://www.isuresults.com/results/season2324/gpjpn2023/data0203.pdf  より 【けろわん】

男子も女子もルッツ~ループのコンビネーションは希少価値。着氷したその足でそのまま即跳びあがるセカンドループは勢いがあって私の大好物です。

ましてや彼女は3ルッツ3ループ成功の最年少記録を出して超有望スケーターとして注目されていたものの、骨折してしまってからは国際大会にもほぼ派遣がなく、大学卒業間際になってようやく掴んだGPS出場でした。その初めてのチャンスでいきなりその難しいコンビネーションジャンプを降りたんです!そりゃあ会場のスケオタ大盛り上がりですよ。

その興奮はわずか数分間で冷や水をかけられてしまいました。

予想とかけ離れた得点の連続に折れていく心

フィギュアスケートは毎シーズンルールがちょこちょこ変わるので、シーズン前半の試合は得点予想は難しいことも多いです。でも試合後にスコアシートまで見るような人なら、何試合かを見れば得点の予想がある程度つくようになります。もちろん素人にはスピンやステップなどの細かいレベル判定までは難しいですから「思ったより高かったなor低かったな」ということは多々あります。しかし予想得点から10点近くも下がるようなことはそうそうありません。

それが今回の女子SPはそれがたびたび発生するのです…。

第2グループの演技が始まる頃には「今大会のジャッジはめちゃくちゃ回転不足を取りまくるみたいだ」ということを悟ってしまい、その後は選手たちがどんなにいい演技をしても素直に喜べない、不安な気持ちを奥に抱えながら拍手を送りました。

三原舞依選手は足の怪我で練習を積めず、まだ痛みが残っている中での出場。怪我の影響で本調子のときの滑りではなく、素人目にも「q」はつけられてしまいそうだなと思ったジャンプでしたが、演技自体は優雅で美しいものでした。「q」と「<」が一つずつつきましたが、今思えばいつものように後半に3Lz-3Tに挑んでいたら二つとも回転不足扱いになってぐっと点が下がっていたんじゃないでしょうか。

彼女にしてはかなり低い得点が表示されたとき、会場には納得がいっていなさそうな反応がかなりありましたが、この時の私は「前半の3F-2Tに変更してたし、まだ本調子じゃなかったからね…」とまだ自分を納得させられていました。

会場観客には全く情報がない「ジャッジの判断」

ほとんどの観客には回転不足の度合いを一瞬見ただけで判断できるような能力はありません。しかし長年フィギュアスケート観戦をしていれば「<<(1/2回転以上不足)」ならわかるようになる人が多いですし、「<(1/4回転を超え1/2回転未満)」になるジャンプについては「怪しいな」とは感じられて、たいていのジャンプはスローリプレイを見れば納得はできます。

しかし「<」を取られるジャンプの中には、スロー映像を見ても「いやこれどっち?微妙だな」というレベルのものも多々あります。そのようん「微妙に回転不足気味のジャンプ」まで大きく減点されてしまうことから選手を救済するために2020~21シーズンから始まったのが「q(1/4回転未満の軽度の回転不足)」だと思っていたのですが…。

今回は「クリーンに決まったね」と思ったジャンプが「q」や「<」になり、「これはqつくかもね~」と思っていたものが軒並み「<」「<<」になり…長年かけて身に着けていた感覚より1~2段階全て厳しめに回転が判定されていった印象でした。

テレビ画面に表示されるスピンやステップのレベル判定やGOE加点の暫定値)は会場では表示がありませんし、どのジャンプが踏切りや回転不足の審議対象になっているかもわかりません。肌感覚で「この演技は2個ぐらいとqとられるかもな」「あのスピンは回転数でたぶんレベル落としたな」などと想像をしたうえで、得点発表時に一瞬だけ会場モニターに表示される出る技術点と演技構成点を見てどういう判定だったのかを想像するしかありません。スポーツメディアがX(旧Twitter)に流す速報ぐらいなら合間にスマホで調べられますが、演技後直ちに試合のジャッジのスコアシートまで見ることはできません。

試合終了後、全員のスコアシートを確認してびっくりしました。無傷の人がほぼいない。延々と並ぶ<<<<<<。

チェックしようと決めたジャンプは全部「<」にしたのか?って疑ってしまうぐらいの「<」の量。それもいつもは回転不足あまり取られない選手まで。こんな試合どうやって楽しめっていうんですか…。



男子SP 宇野・鍵山の揃い踏み


女子SPの採点で沈んだ気持ちを奮い立たせ、この日最後のカテゴリ・男子ショートプログラムを観始めました。

第2グループ第一滑走は足の怪我から復活途上の鍵山優真選手。ついにSPの構成を怪我前に戻してきました!

二日間とも公式練習から見ましたが、実に美しい4Sと4T~3Sを跳んでいて「いや~これはすごいSPが見られそう!」と期待が高まっていました。本番SPでの4回転サルコウは軸がわずかにずれて一瞬ヒヤッとしましたが空中で見事に修正。怪我前よりさらに上達したステップ&スピンを見せ、素晴らしい出来栄えで前回宇野選手が中国大会で出した今季最高得点をわずかに上回りました。4回転はサルコウとトゥループ2本ですが、これだけ全要素を上質にまとめてきたらSPではルッツ・フリップ持ちと十分戦えますね。
最終滑走の宇野昌磨選手は、中国大会からわずか2週間なのにステップをかなり改善してきました。前大会よりもさらに全身を使って深いエッジに乗ったステップはスピードもあって極上でした。ファンの贔屓目かもしれませんが、あの不思議な曲であそこまで魅せられる選手は他にいないと思います。
中国大会での4回転フリップはやや着氷が詰まり気味でしたが、今回は美しく降りました。月の光の曲に合わせて着氷が決まると本当にしびれます。しかしちょうど私の目の前あたりで跳んだ4T-3Tは詰まり気味だったので「今日のジャッジはすごく厳しいから3Tは「q」どころか「<」とられちゃうかもな。他の要素がよかったから「q」で済めば鍵山くんと同じぐらいの点数になるかな?」と予想していました。

ーしかし私の予想より約5点低い100点台のアナウンス。観客の中には前大会のスコアを更新するだろうと予想していた人も多かったようで場内は少しざわつきました。

宇野選手SP 減点の詳細

「こ、これは確実に『<』<取られてる。それも一つじゃない!それとも思いもよらないところえスピンかステップのレベルを複数落としちゃったんだろうか?」と思ったのですが、スピンにレベル3が一つあっただけで他は全てレベル4でした。4回転フリップもトリプルアクセルも回転不足はなしだったのですがセカンドジャンプの3Tに「< 」がついただけでなくファーストジャンプの4Tにも「q」がついていました。

http://www.isuresults.com/results/season2324/gpjpn2023/data0103.pdf  より 【けろわん】

実は今季から「連続ジャンプで複数回転不足があった場合はつけていたGOE加点からマイナス3~4」という改正があったようで…セカンドだけでなくファースト4Tにも「q」がつけられたことで「連続ジャンプに複数の回転不足」判定での減点となったと思われます。結果GOE減点はマイナス2.71。着氷は詰まり気味でしたが速度や飛距離などの良いジャンプの条件は満たしていたため速報値では1.73の加点がついていたので、トータルで約4.5点を失った計算ですね。

素人目ではあの3Tはともかく4Tに「q」がつくとは想像もしませんでした。着氷が今一つだったからGOEは伸びないだろうなとは思いましたが、ほんの数メートル前で見ていてもファーストジャンプがグリってるようには見えませんでした。

中国大会の時の4回転フリップは詰まり気味で「これは『q』とられちゃうかもな~」と思ったのにこの時はスルーされて加点が満額つき、当時の今季最高得点が出ました。今回のショートプログラムの出来は中国杯よりもよかったのに、ジャッジの匙加減の違いにより点数は前回より5点弱下回るという不思議な結果に。

ただ、高得点ジャンプが多数入る男子シングルでは5点は大差ではないので「これは明日次第だな。勝負が面白くなったな~」とこの時の私はまだ事態を軽く考えていました。

女子フリー 今日もなのか…


女子フリーが始まるまでは私、心のどこかで「ジャッジミーティングで厳しすぎじゃないかという話が出てフリーでの回転不足基準は若干緩和されないかな」って期待をしていたんですよ。でもフリーが始まってみたら昨日と大差がないことはじきにわかりました。

昨日の厳しいジャッジが心によぎったのか、3-3ではなく3-2にした?それとも怖くて3-3跳びきれなかった?と思われる選手がかなりいました。青木祐奈選手もこの日は結果的にはルッツループ無しでしたが、2A~3Fという高難度連続ジャンプは決めました。後半のルッツフリップに「q」と「<」、フリップの「!」はつきましたが、昨日の減点っぷりがあまりに酷かったので会場では「意外といい点が出た」と思ってしまいました。よくよく考えるとそれでも低い気はします。

その後登場した樋口新葉選手は、今取り戻そうとしている最中のトリプルアクセルに挑みましたが残念ながら転倒。転倒後の演技はコリオシークエンスで体勢が崩れるミスが出てしまったものの、他はまとめきりました。回転不足をいくつかとられるかな~とは思いましたが、スケートアメリカで見た演技よりも私は好きだなと思いました。
今季このプログラムを初めて見た時はパワフルさが持ち味である彼女にしてはおとなしすぎる気がして物足りなかったのですが、ナマで見ると情感あふれていて染みわたる感じでした。疲労骨折で1年休養を迫られながらここまで復活してきた彼女の想いがじわじわと伝わってくるような「Fix You」で。

しかし、私が女子フリーで一番衝撃を受けたのは彼女の採点でした。

http://www.isuresults.com/results/season2324/gpjpn2023/data0205.pdf  より 【けろわん】

11個のジャンプ中8個が回転不足(「q」4個+「<」4個)。無傷のジャンプはトリプルサルコウしかなく、7割以上のジャンプが回転不足認定だなんて現地で見た限りではそこまで回転不足を連発している印象は受けなかったのであまりの点の低さに驚きました。ショートで手痛いミスがあったけれどこの演技ならワールドランキングのポイントがもらえる8位以内には上がれるだろうと思っていたのに…

今季のグランプリシリーズフランス大会では住吉りをん選手が日本女子として初めて4回転トゥループを成功する快挙を成し遂げました。でももしあのジャンプをNHK杯の技術審判がジャッジしていたら…確実に「< 」にしていたのではないでしょうか。下手すると「<<」でダウングレードすらとっていたかもしれません。

あの4回転を認定すべきじゃなかったと言いたいのではありません。ただ、出た大会によってこんなに回転の認定レベルに差があるなんて、日夜努力し続けている選手たちにに対してあまりに不誠実すぎると思います。

こんな採点が今後続いてしまったら、ルッツループどころか3-3すら跳ぶ女子選手がいなくなってしまうかもしれない。女子シングルを何十年前に戻すつもりなんだろう・・・?と物凄く暗い気持ちになりました。



男子フリー 演技はどちらもよかったのに…

宇野選手が魅せた「別世界」

当日午前の公式練習、宇野昌磨選手はジャンプの制御に少し苦労していた様子でした。前半は踏切のタイミングや軸を合わしきれない印象でしたが、30分の間にそれがどんどん修正されていくんですよ。中国大会でうまくいかなかった冒頭のループからフリップへの流れを丁寧に繰り返していて、同じミスはしないぞという想いを感じました。

何より興奮したのが終盤で3A~3Fを一発で決めたことですね。予定構成に入れていた3連ジャンプは3A~2A~2Aでしたが「いやその3連はそのあたりに入れられる尺はないんじゃ?今回も3連ジャンプは跳ばないままなのか?」と思っていたので、「提出している予定とは違う構成でやるつもりだな!久々にコンビネーションジャンプ全部使いきるかも!!」とすごくアガりました。そして6分間練習では3A~3Fも含めすべてのジャンプを降りました。演技直前に向けてどんどん調子を仕上げていく、ベテラン職人のような調整力には感服します。

演技開始直前、モニターに映った表情には静かな気迫が感じられ、これはいい演技が見られるかも?と期待が高まりました。このジャッジだったら点数や順位を気にしてはいけない、演技だけを注視しようと心を決めて見守ることにしました。

使用楽曲Timelaspeの不穏な早いテンポの弦の響きに合わせて滑り出す宇野選手。苦悩と焦燥感にさいなまれる中、静かな闘志を持って道を切り開いて前に進んでいく…そんな世界観を見せるスケーティングの合間に4回転ループとフリップが挟み込まれます。特にループジャンプは過去に跳んだループの中でも5本の指に入るぐらいの美しさに見えました。最初のトリプルアクセルはこらえ着氷でコンビにならずでしたが、Timelapseの緊張感の高まりとともに3A~2Aを投入、そしてSpiegel im Spiegel(鏡の中の鏡)の静寂へ。

会場で観る演技とテレビで見る演技にはどうしても差があるものですが、このフリーは特に差が大きいように感じます。

満員の会場を包んでいた熱気がSpiegel im Spiegelの始まりとともに変わるのです。宇野選手の静かなエッジの音と風を切る音が場内に静かに響く中、これだけの人数の観客が息を呑む音が聞こえるような静寂。ジャンプを降りた後には一瞬拍手が鈴の音のように響きますが、その音は静かな熱気に飲み込まれてすぐに消えていく。中国大会から一層の進化を見せたコリオシークエンスでは、凄いスピード&エッジ角度でリンクを滑り抜けていく宇野選手。一人のスケーターを全観客がひたすら追い続けるあの静かな熱気は、会場にいた人にしか感じられないだろうと思います。

最後のスピンが終わった直後、止めていた息を一気に吐き出すかのように一斉に観客が立ち上がります。静寂から打って変わって場内に響き渡る万雷の拍手と歓声。宇野選手は満ち足りた様子でリンクを引き上げ、ステファンコーチと抱き合いました。

実は演技後半で2本目の4回転トゥループがダブルに抜けた時、私の頭はパニックになってしまったのですが、宇野選手は最後のジャンプを4T-2Tに変更してくる冷静さを保っていました。表現も重視しつつジャンプも攻める姿勢を崩さない姿には本当にしびれました。3連続ジャンプこそ入りませんでしたが、高難度のループフリップを含む4回転を4本も決めているし、しかも2本は後半。一本目のトリプルアクセルがこらえ着氷にはなりましたが、ジャンプのステップアウトやオーバーターンもなし。通常なら200点を超えることが期待される好演技です。

本来なら演技終了直後の興奮のまま採点を待つところですが、私は自分のこころを守るために「でも今日のジャッジだとフリップと最後のコンビネーションあたりで2~3個は回転不足とってきそうだからせいぜい195点前後かな…」と自分の中の熱気を必死で冷やそうとしました。(演技に惹きつけられすぎてしまって最後の4回転2本の着氷の様子の記憶がすっ飛んでいたので本当にざくっとした計算でしたが)

それなのに出た点数はまさかの186点台。
あらかじめ低く見積もっていた予想点数よりさらに10点近く低い。

演技後の熱狂に氷水を浴びせられたようなもので、会場全体がどよめきました。一体どこをどう減点したらあの演技がそんな点数になるんだろう?

鍵山選手の好演技に会場が送ったスタオベ

大歓声一転、困惑のざわめきが続く会場で滑り始めなければいけなかった鍵山優真選手はやりにくかったと思います。演技開始直前にはさすがに会場内は静まり返りましたが、あの空気はきつかったでしょう。

それでも鍵山選手は持ち前の勝負強さと集中力を発揮し、美しい滑りで美麗な4回転サルコウを降りました。ショートと違って軸も完璧に見えました。しかし次の3連ジャンプはトリプルサルコウがダブルに。でも今思うとここでトリプルサルコウを無理につけていたら、たとえ着氷できても今大会のジャッジなら回転不足をつけて大きく減点していたと思うので、とっさにダブルに変更したのは超賢明な判断でしたね。

しかし緊張のためなのかどうかわかりませんが、ショートプログラムや練習で見せていたあの素晴らしいスケーティングの伸びが若干控えめで、演技前半は彼の緊張感からくる固さを感じてしまいました。それでも実施する要素ひとつひとうはクリーンそのもので、後半のトリプルアクセルで転倒してしまった時は会場中から残念そうなため息がもれたほどです。

後半のステップに入るところからようやく彼本来のエネルギーが解放され、彼の真骨頂である深いエッジを生かした美しい滑りとスピンを堪能することができました。転倒一つあったとはいえ全体としては素晴らしい演技、こちらもまた場内スタンディングオベーションとなりました。

結果はフリーは宇野選手が上回ったもののショートの点数差を詰め切れず、1.84点の僅差で鍵山選手の優勝となりました。この時会場の観客は鍵山選手の復活&NHK初優勝を称え、歓声・拍手を送っていました。表彰式もヴィクトリーランも会場の観客全体の雰囲気は暖かかったと思います。

スコアシートを見ての驚愕

しかし試合終了後にスコアシートに目を通すと…宇野選手の4回転ジャンプ4個全てに「q」がついているではないですか!
だからか~だからあそこまで点数が低かったのか!

http://www.isuresults.com/results/season2324/gpjpn2023/data0105.pdf  より 【けろわん】

一見クリーンに見えた演技に「q」が1~2個つくことはありますが、「かなりクリーン」に見えていた演技に4個もつくなんて、私が会場で観戦したことのある試合では初めての体験でした。ジャッジがつけた「q」が1個少なければ、優勝者は入れ替わっていました。こんな採点の詳細を知ってしまうと、どうしてもジャッジの判断基準に対する疑問が膨れ上がってきてしまいます。

ベテランの選手ともなると「回転不足を取られそうなジャンプだったか否か」は感覚でわかるようですが、宇野選手はこの判定に対して違和感を感じたことをインタビューで答えていたことが帰宅後にわかりました。宇野選手は鍵山選手への敬意と称賛の気持ちを保った発言を終始続け、採点やルールに物申すのではなく、違和感のある判定に対して戸惑っているという自分の感情のみについて伝えていました

一部スポーツ紙の煽った見出しを見ると悲しくなりますね。採点への抗議ではないことを重ね重ね伝えたうえで、自分の感情を話しているだけなのに。こういう時は本人の言葉を全文伝えてくれるメディアが一番責任を持った報道をしていると感じます。

他試合に比べて余りにも厳しすぎた技術審判

技術審判の権利が強過ぎ?

そもそも宇野選手の4つの4回転ジャンプはルッツ・ループには9人のジャッジ平均で3点前後、後半トゥループの連続ジャンプには2点台の加点をつけられていました。要するに9人ものジャッジがそれだけ「美しいジャンプだ」と判断していたということです。

しかしVTRをチェックした3名の技術審判チームが「q」をコールした場合、GOE加点は強制でマイナス2となり、GOE加点を入力し直すそうです。暫定表示からいって3点もしくは4点の加点をつけていた審判が相当数いたと思われるので本来ならそれでも加点が残るはずなのですが、「q」や「<」がついたジャンプにGOEプラス評価をつけてはいけない規定があるらしく更にマイナスされ、加点全てが消えてしまいました。

9名ものジャッジが目視でそれだけ質のいいジャンプと判断していたものが3名の技術審判による「q」コールで一気にゼロにされてしまう。じゃあGOEをつける9名のジャッジの存在意義は?とすら思います。一つのジャンプで3~5点近くもの高いGOE加点を稼げる男子シングル競技においては技術審判の裁量に基づく減点幅があまりにも大きすぎはしないでしょうか。

採点に異議を唱えることがめったにない日本の解説者ですらこの厳しい回転不足認定には相当困惑していたようですし、海外の解説者や評論家にははっきり異議を唱える人もいました。試合後私が調べた範囲の海外解説者や評論家には宇野選手のフリー演技の採点発表前に回転不足の可能性を指摘した人は一人もいません。

演技中に回転不足を指摘することが多いISU(国際スケート連盟)公式実況の解説者テッド・バートン氏すら今回のループは「Beautiful!」、フリップを「Yes!」と興奮した声で実況していましたし、NBCで解説していた解説者のジョニー・ウィアー氏とタラ・リピンスキー氏に至っては4つの4回転ジャンプのうち3つをスロー映像で見たうえで「クリーン」だと断言していました。

採点発表前にジャンプの実施状況をX(Twitter)で速報することで知られるフィギュアスケート専門記者のジャッキー・ウォン氏もフリーでの回転不足は一つも指摘していません。(彼は割と回転不足を厳しく見るタイプで彼が回転不足を取られる可能性を指摘していても実際の採点では取られなかったーということはよくあります)

4回転を跳んでいた元選手の解説者の見解よりも、各演技要素にGOEをつける9人のジャッジよりも、技術審判3名の判断はいつも優れていると言えるのでしょうか?まして技術審判は1台のカメラの映像しかチェックしていないのです。ジョニー・ウィアー氏とタラ・リピンスキー氏の両名は以前から「テレビカメラは複数からの映像を提供できるのだし複数のカメラで見て判断すべきだ」と主張しています。

海外のコミュニティサイト複数で海外のフィギュアスケートファン達の反応も調べてみましたが、私が見た限りでは回転不足を厳しく取る傾向を歓迎する声は一部にあったものの、今回の判定については「シーズン途中でいきなり認定基準を変えるのはいかがなものか」「宇野選手の4つの4回転全てにqをつけるのはやり過ぎである」という声の方が明らかに優勢でした。

審判の「説明責任」はどこに

4回転を跳んでいた元選手や専門家とはこれ程意見が異なるのに、技術審判は回転不足を取った理由について選手に説明する義務を負っていません。ましてや視聴者や観客には何一つ知らされません。

フィギュアスケートでは審判に減点された理由を聞きに行くことができないわけではないようですが、報復採点の恐れがあるとささやかれたりしていることもあって(ファンレベルで言われている噂であって真偽の程は不明ですが)実際に聞きに行くことは少ないようです。それがそもそもおかしな話なのですよね。体操などの他の競技では審判の判定に選手側が異議を唱えるチャレンジ制度が設けられているというのに、フィギュアスケートは現代の採点スポーツとして欠陥を抱えているのではないかとすら思います。

「ジャッジの採点は絶対だから選手が文句をつけてはいけない」という考えはもはや前時代のものです。選手への情報公開なしに、選手サイドとジャッジとの議論を重ねることなしに競技の発展は望めないのではないでしょうか。

判定基準の「ブレ」

ジャッジによって判定基準に「ブレ」があることは、フィギュアスケートの選手やファンの間では「共通認識」となってしまっています。例えばグランプリシリーズ大会の中でもカナダ大会はいつも認定が厳しくて点があまり出ない大会だというイメージがガッツリついています。しかし今回のNHK杯はそのカナダ大会よりはるかに厳しかった。こんなに回転不足やエッジコールが多かった今季のGPS大会は見たことがありません。この大会だけに回転不足気味のスケーターが大集合したわけでもないでしょうに。

グランプリファイナル出場の基準は順位点を基本としていますが、同点の場合はトータルスコアの差で選出します。ここまで大会ごとに認定基準の差があるのなら、明らかに不公平です。

日本の世界選手権等の代表選出基準の一つにはシーズンベストスコアがありますし、グランプリシリーズでの順位は来季の試合出場枠を左右します。NHK杯だけで異常に厳しい採点が行われたことが、今回出場した選手たちの進退を大きく左右しかねません。回転不足の基準を今後厳しく見ようというのが技術委員会の総意なのであれば、それは適切に時間をかけて周知徹底を進めるべきであってシーズン中盤に差し掛かったところで急に変更するのはありえないと思います。

※なお今季のルール改訂で復活した「稚拙な踏切」に対する減点規定と今回の話を絡めて話した関係者がいらしたせいで、宇野選手が受けた多数の回転不足が踏切に起因するかのような情報が出回りましたが、「稚拙な踏切」をもとに「回転不足認定」をすることはありません。そもそも「回転不足」は着氷のみが判断要素であることが明確に規定されています。仮に今回の技術審判が「稚拙な踏切」を理由に「q」にしていたのだとしたらルールを逸脱した行為であり、逆に問題だと思われます。
なお最新のルール資料はウェブ上で公開されており一般ファンも読むことができます。
2022-23シーズンのルール資料(https://www.isu.org/inside-isu/isu-communications/communications/31153-isu-communication-2558/file)

2013 世界ジュニア選手権 女子シングルの苦い記憶

この大会の後に思い出したのが2012~13シーズンの世界ジュニア選手権・女子シングルです。今回同様、それまでの試合とは打って変わった厳しい回転不足とエッジエラーコールが出まくった大会。表彰台を期待されていた宮原知子選手(当時)は大量の回転不足をとられたうえ、エッジエラーも複数ついて総合7位になりました。

スポーツ専門放送局Eurosportsの実況者が回転不足の多さに憤って叫び出したり、半泣きになってキス&クライを立ち去る選手たちが続出したりと、世界中のスケオタの間では結構な騒ぎになりました。この試合を見ていなかった私のような男子シングルファンまで騒動が伝わってくるぐらいでしたから。

この時は「一貫性のない判定基準がいかに選手を混乱させるか」がかなり話題になったものでしたが…以降長年くすぶっていたその火が10年を経て久しぶりに噴火したーという印象ですね。

もしこの認定傾向が今後も続いたら?

ただ、世界ジュニア女子のあの回転不足乱発が次シーズンも延々続いたかというとそうはならなかったので、12月上旬に北京で開催されるグランプリファイナルではこんな採点にならないことを願います。

何より宇野選手のあのジャンプ全てに「q」判定をつける厳しい回転不足基準を今後も適用するのなら、高難度ジャンプを多数跳ぶがゆえ「q」がつきやすいイリヤ・マリニン選手にも「q」と「<」が多数つくだろうし、アダム・シャオ・イム・ファ選手もジャンプによっては回転不足を取られるでしょう。鍵山選手は現時点ではフリーには4回転を2本までしか戻せていませんし、グランプリファイナルや世界選手権に「300点超えの頂上決戦」を期待している視聴者は肩透かしをくらうことになってしまいます。

他のスケーター達もシーズン前半に出したスコアをそうそう更新できなくなり、「シーズンベストスコア更新」のアナウンスに喜ぶ選手たちをめったに見られなくなってしまう。会心の演技をした直後に予想よりずっと低い点が出て笑顔が引きつってしまう。そんな試合を観たいファンがどれだけいるでしょうか。

別に回転不足の減点を辞めるべきだと思っているわけではありません。見逃しはきちんと回転している選手に対して不公平になってしまうので、明確に足りていないものについてはきちんと減点するべきだと思います。ただシーズン半ばでいきなり判断基準がブレたととられるような改革の進め方は、この競技を日夜頑張って練習している選手たちに対してあまりにも誠実さが足りないと感じます。

採点に抱いた疑念について頭を整理しようとして駄文をだらだら綴ってしまいましたが、私が言いたかったことの大半はスポーツライターの松原孝臣さんが簡潔で素晴らしい記事にまとめてくださいました。これを紹介するだけでよかったかも(苦笑)。

<口直し>NHK杯で楽しかった記憶

将来この大会を思い返すたびにこの採点へのもやもやだけがセットになるのは腹立たしいので、最後にこの大会で楽しかったことを少しだけ記録しておきます。
・カムデン・プルキネン選手へのスタオベ


第1グループで最も印象に残ったのは、やっと滑りをナマで見られたカムデン・プルキネン選手。滑りと所作が美しくて大好きなのに滅多にノーミスがない選手です。それがまさかのジャンプノーミス演技で大興奮!

スピンでちょっとやらかしたけどこのチャンスを逃すと私は一生カムデン君にスタンディングオベーションをする機会が訪れないかもしれないと思ってスピンは見なかったことにして立ち上がって拍手しました!残念ながらフリー6分間練習中に酷い転倒で肘を痛めてしまい、フリーの演技では実力を発揮することができなかったのでこの時スタオベしておいて本当によかったです。
・やっと見分けがつくようになったセレフコ兄弟


エストニアのセレフコ兄弟は男子シングル好きには有名な選手ですが、私は何年見ても兄と弟の区別がつきません。面白いヒールスピンをするのはどっちの方だったか今もはっきり覚えられない(苦笑)。当たり前だけど顔も体つきも似ているし。

最初は弟くんのほうのみが出場予定だったのですが、欠場につぐ欠場で直前になってお兄さんの出場も決まりました。弟さんがフリーで崩れてしまったのは残念でしたが、兄弟一緒に観られるチャンスは日本ではこれが最初で最後かも?おかげでようやく二人の見分けが大分つくようになりました。まぁ1か月後も見分けられるかどうかは自信がないし衣装変えられたらアウトな気はするけどw
・「ゆなすみ」 シニア国際大会デビュー!


日本の新ペア「ゆなすみ」こと長岡柚奈、森口澄士組のデビュー戦!

森口選手の滑りが絶品なことは去年の全日本で重々わかっていましたが、長岡選手の滑りもいいですね!6分間練習で二人が滑り始めた時のあの感動。あの二人の滑りの良さが際立っていました。

ペア結成1年目とあってツイストやスロージャンプ、リフトなどのペア技はまだこれからという感じですが将来がものすごく期待できそうだと感じました。惜しくもミスが出てしまった時の会場の拍手がもんの凄く暖かくてね。「ワシらがこの子たちを育てていくぞ!」って深い愛を感じました(笑)。
・大会アンバサダーの活躍


他にもいい演技をしたスケーター達が全カテゴリにいたのですが、採点のもやもやがどうしてもセットになってしまうので最後は選手以外のことを。

昨年も大会アンバサダーを務めた田中刑事さん・宮原知子さんに本郷理華さんが加わり3人で様々な案内をやってくれました。会場に流されていた観戦マナー動画楽しかった~!
そして何より選手に寄り添った目線のインタビュー。田中刑事さんの「いいよ、僕が話すから」の言葉は本当にしみました。

※リンク先は外部サイトの場合があります

「ほんとうに僕は優しい人たちに恵まれたなと、今日の試合を終わった後に思いました」と宇野選手は演技終了後の取材で語ったそうですが、そういう言葉を口に出す宇野選手だからこそ優しい人が集まってくる好循環になっているような気がしてなりません。

今後のグランプリファイナルや全日本は出場する選手たち全員がもやもやとした気持ちを抱えることなく演技ができるよう心から願っています。

※リンク先は外部サイトの場合があります

  • 前へ
  • 1
  • 次へ

1/1ページ

著者プロフィール

メディアプラットフォーム「note」に投稿されたスポーツに関する記事を配信しています。

新着記事

編集部ピックアップ

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着コラム

コラム一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント