【ダカールラリー】最も過酷なモータースポーツで、武器を奪われたHondaの闘い
【本田技研工業株式会社】
地球と戦う、ダカールラリー
現代においては、ダカールラリーと名称を変え、南米での開催時期を経て、サウジアラビア1国で開催。二輪カテゴリーについて言えば、巨大なガソリンタンクを縛り付けて750ccや1000ccオーバーのマシンが走っていた時代とはうって変わり、今は軽量な450ccのレーサーのみが参戦しています。スプリンターであるモトクロッサーに近いディメンションで、重量は約120kgと軽量ハイパワーなマシンが主流となっています。それもあって、レースは長距離をまるでスプリントを走るかのように高速化しており、冒険はいつしか競技色の強いモノに変わっていきました。
ですが、依然ダカールラリーは地球との戦いです。2023年のダカールラリー、これまで二輪カテゴリーで熾烈な争いを続けてきたKTMとHondaですが、勝ったのはケビン・ベナビデス(KTM)。これによりKTMは19回目のタイトルを獲得しました。一方、敗れたHondaはパブロ・キンタニラが総合4位のリザルトを残し、他2名も10位以内でゴールする健闘ぶりを見せています。お互いライバルチームと戦った15日間であると同時に、地球の大地と戦った15日間でもありました。
「例年サウジアラビアのこの時期は雨が降っていないのですが、今年は開催時期の7割方が雨でした。異常気象だったのかもしれません」
HRC(株式会社ホンダ・レーシング)二輪レース部レース運営室オフロードブロックのマネージャーであり、ダカールラリーを統括する本田太一はこう語っています。思い出してみれば、おおよそ7年ほど前の南米で開催されたダカールラリーも雨との戦いだったのです。日本においても猛威を振るっている、地球規模の異常気象から頻発している豪雨は、海外においても橋が流されるなど、日常にあふれている出来事です。今年のサウジアラビアでのダカールラリー開催中も、選手が危うく濁流に飲まれかけるような事態に発展しています。
HRC 二輪レース部レース運営室オフロードブロックのマネージャー 本田太一 【本田技研工業株式会社】
雨の気まぐれにHondaは武器を奪われた
デューン(砂丘)ライディングはオフロードの中でも特殊であり、難易度が非常に高いシチュエーションです。昨今のラリー用タイヤは自然環境に配慮してブロック高も低く設定されているため、生半可なスロットル開度では砂に埋もれてしまいます。かといって、砂丘の中には高層ビルほどの高さがあるものもあり、アクセル全開で飛び出しては大事故につながるような危険も少なくありません。だからこそ、デューンライディングが得意なライダーはダカールラリーの砂丘ステージにおいて大きな差をつけやすいのです。
HRC本田はコルネホが下位に沈んでしまったことを、こう説明します。
「誤算だったのは、砂漠が雨で濡れてしまったことでした。本来タイヤが埋もれるほど柔らかく難しいはずの砂が、降雨によって硬く締まってイージーなシチュエーションに変わってしまった。今年はナビゲーションも難しい傾向にあると主催から聞いていたのですが、それも蓋を開けてみたら――これには様々ないきさつがあったのですが――結局はかなり簡単なものになってしまった。雨が降った影響で、前走車の通った跡が分かりやすく残ってしまっていたんですね。得意なデューンライドやナビゲーションでのアドバンテージを活かせず、前を行くライバル達との差を詰めることができませんでした」
序盤から降り注いでいた雨は、Team HRCの武器を次々に奪っていきました。
Monster Energy Honda Team ホセ・イグナシオ・コルネホ 【本田技研工業株式会社】
ひとつ目のターニングポイント
ダカールラリーを走る二輪チームの戦術はモータースポーツの中でも非常に特殊なもので、先頭が不利であるという点において自転車のロードレースと似ていると言えるかもしれません。その理由は前述したナビゲーションにあります。四輪と違って走りながらライダー自身が主催者から渡されたマップを読みながら走行する必要があり、ルートミスは大きくタイムロスをするため、ナビゲーションを間違わないペースでしか走ることができません。ところが、ダカールラリーは数分おきにライダーがスタートするため、当然先頭集団以外のライダーは前走車のあとを追うことでナビゲーションの労力を省くことができるのです。後続になればなるほど、路面についているワダチは明確になっていき、間違ったルートではないという確信をもってルートをトレースできるようになります。
先頭から3番手くらいまでは自身のナビゲーションで道を切り開いていく必要があり、不利なポジションとなります。その一方で、10番手スタート周辺のライダーたちは最初から最後までスパートをかけていける有利なポジションだといえます。例年、この前方と後方のグループがステージごとに入れ替わるシーソーゲームが繰り広げられるのです。このシーソーゲームにおいて王道の戦術は、前方と後方にまんべんなくチーム員を送り込むこと。プロローグの話に戻ると、少なくとも2名はトップ付近でフィニッシュしておきたいというのが、総合優勝を狙うチームにとっての必須要件となるのです。
「以前はそこまでプロローグは大事なものではなかったんです。ライダーごとのタイム差がかなりはっきり出ていたことがその理由でした。しかし最近のダカールはよりスプリント化が進んでいて、年々全行程を終えたあとのタイム差が縮まってきています。今年は特に異常で、最終的に43秒差でケビン・ベナビデスが優勝していますよね。14日間(ステージ1~14)走ってわずかこれだけの差が勝敗を決するようなこの2〜3年の状況に、プロローグの重要性が飛躍的に高まってきました。
今年のプロローグのチーム内ベストリザルトは、2020年に優勝経験があるリッキー・ブラベックで、その順位は10位でした。パブロ・キンタニラが続く11位。他の2人はだいぶ後方に沈んでしまった。パブロ・キンタニラやエイドリアン・ヴァン・ベバレンはスプリントレースが得意なライダーですから、本来は10位以内に入っていてほしいところでした。ホセ・イグナシオ・コルネホはフラットな路面でタイヤをスライドさせて走るようなコースは苦手なので順当といったところでしょうか。特にTeam HRCで4台、サテライトチームで1台、Honda勢は合計5台しかいないのです。ライバルチームは10台以上いてフォーメーションを組みやすいのですが、うちはその辺が弱い。ここでのミスは大きく響きました。
結果的にはステージ1ではリッキー・ブラベックが優勝しています。リッキーもフラットなステージは苦手な方なので、プロローグの10位は上出来でしょう。そして、しっかりステージ1で優勝してくるあたり調子は非常によかったと思います。他3名はスタートダッシュが決まらなかったけど、リッキーだけ飛び抜けていましたね。しかし、そのリッキーもステージ3で転倒リタイア。彼はこの2年、毎回序盤でどうしてもうまくいかないのです。本人もそれは分かっているのですが、今回も偶発的な転倒でリタイアしてしまいました。おそらく石にヒットしたとかそういうことだと思うのですが、そういった不意の外乱に対しての車体安定性の改善は、今後の課題ですね」
こういったHondaの不調に追い打ちをかけたのが今年から追加された新ルールでした。従来、このシーソーゲームを緩和したいと考えていたダカールラリー主催者側の意図で、今年から先頭でルートを切り開いたライダーに対してボーナスポイントが与えられるルールになっていました。チームとしてはこれをうまく活用すべきだったはずが、ステージ優勝できるほど後続集団の利を活かすことがかなわず、結果的にこのポイントを得ることも難しくなってしまいました。
Monster Energy Honda Team リッキー・ブラベック 【本田技研工業株式会社】
後半の追い上げ振るわず、大事な局面で転倒を喫する
「10分程度のリードは、ダカールラリーの序盤ではさほど大きな差ではありません。1日にスペシャルステージを400km以上走ることもあるので、ステージによっては1日で取り返せるくらいのものです。ですが、今年のダカールはイージーなナビゲーションが多かったこともあって、なかなか差を詰めていくことができませんでした。さらには333kmあるステージ7はばん回のチャンスだったのですが、雨の影響でキャンセルになってしまいました」
ステージ7-8は2日にまたがって行われるマラソンステージ。ライダーとマシンはビバークに入ることができず、キャンプ地で夜を明かします。つまり通常1ステージごとにマシンはメンテナンスされ、ライダーもビバークで過ごすことでリフレッシュできるのですが、マラソンステージは2日間続けて走るタフなステージで、腕に覚えのあるライダーにとっては差をつけやすい日になります。ですが、このステージ7がキャンセルされてしまったことで、差をつめる余裕がさらに失われてしまいました。
「それでもなんとかステージ8でトップとおおよそ3分差まで肉薄できました。フォーメーションも整っていてパブロ・キンタニラがトップと2分45秒差、エイドリアン・ヴァン・ベバレンが2分49秒差で前方グループを形成、サテライトのジョアン・バレーダが7分21秒差、ホセ・イグナシオ・コルネホが19分32秒差と後方グループ。ステージ8のあとはレストデーで、しっかりリフレッシュして後半でばん回できるというときに、ステージ9がまたしても豪雨に見舞われてしまいました。場所によってはコース上がまるでため池のようになってしまうほどでした。しかも、思うようにタイムを詰められないという状況の中で、悪条件がたたってチーム全員が転倒してタイムロスしてしまった。ここでだいぶ作戦が狂ってしまったんです。バレーダはこのステージ9でトップに立てそうなスピードを見せていたのですが、転倒でリタイアしてしまいました。残りHonda勢は3台、ここからはフォーメーションは組めない状況になってしまったわけです」
各ライダーはステージ10から猛追を続けるものの、100km台の短いスペシャルステージが続き、差はさらに詰めづらい状況が続きました。今回のダカール、後半のエンプティ・クォーター(何もない土地)と呼ばれる一面砂漠の地帯は、最大の見せ場としてPRされていましたが、実際には「タイム差からもそこまで難しくなかったようで、ライダー達もイージーだと口を揃えていたようです」と本田。とはいうものの、砂漠に強いコルネホがここで気を吐きステージ12を優勝で飾りました。本人2度目のステージ優勝で高パフォーマンスを見せつけた形になりますが、総合リザルトではライバルのKTMに及ばず。結果的にキンタニラが最後まで力を振り絞って総合4位でフィニッシュ。タイム差は19分2秒。ベバレンが5位、コルネホが8位と3名がトップ10入りする健闘を見せたのです。
「この2〜3年で状況はがらっと変わってしまいました。前半で前方集団をキープするということがとても大事になっています。なかなか先頭グループに入るのも難しいというのも事実なんですが、だいたい5番手くらいをうまくキープして後半でスパートをかけるというのが定石になりつつあります。そのあたりをいかにコントロールするかが、今後の鍵になるはず」
Monster Energy Honda Team エイドリアン・ヴァン・ベバレン 【本田技研工業株式会社】
採用されるはずだったデジタルロードブック
実はこのこともHondaにとって向かい風となってしまっています。元々デジタルロードブックは、マップをAとBに分けてランダムにライダーに配布することで、単純に前を追っていけばいいという状況をなくし、全員がナビゲーションをしながら走らなければならなくなる、というものでした。加えてデジタルで無線配信されるわけですから、雨の影響で想定していたルートが走れなくなったとしても、その切り替えは容易になります。そういった不測の事態への対応策でもあったはず。
「ステージ6は雨の影響で短くなってしまいましたし、ステージ7はキャンセルになってしまっています。正直チームとしては、その日のルートが想定外で使えなかったときのために、違うルートの準備はしておいてほしい。あっさりキャンセルされてしまうと、当然レースしているほうとしては思惑と違う方向へ事態が変わり始めてしまいます。今回のような後半勝負の展開で、追い上げられたステージがキャンセルになってしまうと、その機会をまるごと失ってしまうことになるのですから。
もちろん我々が序盤から圧倒的に勝っていたらそうは思わなかったんでしょうけどね」と本田。
すでに四輪などでは運用が始まっているデジタルロードブックですが、二輪部門では2024年からあらためて採用の動きがあるはずだとのことです。
2023年のダカールラリーは従来通りのロードマップが採用された 【本田技研工業株式会社】
8年の熟成を経て耐久性を最大化したCRF450RALLY
CRF450RALLYはHondaがモトクロッサーで培ってきた低中速域のパワー感に優れるSOHCシステム「ユニカム」を搭載せず、高回転型ハイパワーのエンジンを作るため、ファクトリー専用のエンジンとしてDOHCヘッドのユニットを開発してきた経緯があります。それだけ高回転域、そして最高速が重要視され、CRF450RALLYはこれまでの歴史の中でライバルに負けない最高速を誇ってきました。
「最高速が制限されたことで、今年は高回転域のパワーを追い求めることはやめ、低中速域をある程度増やす方向でセッティングしています。高低差のある砂丘セクションでは少しライバルに劣る部分があったと聞いているので、その辺は今後の開発課題になっていますね」と本田。
現在、おおよそほとんどのオフロードバイクは、モトクロッサーをベースに分化していく傾向にあり、ダカールマシンもモトクロッサーとかなり似通った車体レイアウトになっています。ところが要求される性能はまったく別のもの。レスポンスなどが研ぎ澄まされているモトクロッサーと比べると、非常に扱いやすく疲れにくいマシン設計がなされています。
「パワーはしっかり出ているのですが、ドライバビリティは非常にリニアです。パワーが急に立ち上がるようなところがないんですね。8,000kmも走るのでいかに”楽に速く走れるか”というところがまず重要ですね。最高速だけでなく急な砂丘にも対応する必要があるので、単にパワーを落として楽なマシンを作るというわけではないのです。ただ、本当に乗りやすいバイクに仕上がっているので、一般の人が林道を楽しむために乗っても、十分に満足できると思いますよ。
ガソリンは34L入っているので、車両重量はモトクロッサーと比べるとだいぶ重くて120kg以上です。重さで振られることもあるので、そういった部分をカバーできる安定性を持たせてありますし、林道のような曲がりくねったトレイルもレースで走るので軽快性も重視しています。身長166cmのホセ・イグナシオ・コルネホも問題なく乗れるくらいコンパクトで、乗った時のスリム感はモトクロッサー並み。それでいて長距離に特化しているので相当にオールマイティなバイクと言えるでしょう。
ライダー個人のサイズや好みにしっかり合わせこむことも重要で、お尻が痛くならないようにライダーにあわせたシートを別々に仕立てているほどです。今年新規加入したエイドリアン・ヴァン・ベバレンは、チームがきめ細やかなマシン作りをするところにとても驚いていました」
そして何より大事なのは耐久性です。8,000kmを超えるダカールのレースを乗り切るためには、市販車をはるかに超える耐久性が要求されます。ライバルであるKTMグループが約4年周期でフルモデルチェンジする中で、HondaがCRF450RALLYを8年使い続けてきた理由はそこにあると本田は言います。
「マシンが壊れてしまってはレースが終わってしまうので、チームとして耐久性にこだわり抜いてきました。今の車体の基礎を作ったのは8年前になりますが、その際に投入した技術は今でも十分に通用する最先端のものばかりでしたから、他車に比べてもかなり先駆けていたと思います。いいところを活かしながら、バイクを熟成させてきました」
ダカールに復帰まもなくは、ウユニ塩湖の塩水が想定外で電装系にトラブルを引き起こしたりもしてきました。また2019年には圧倒的なペースで走っていたリッキー・ブラベックのエンジンがトラブルを起こしリタイア。苦い思いと改良を積み重ねて仕上がっているのが、現行のCRF450RALLYなのだそう。
「8,000km以上を世界有数のトップライダーがアクセルを全開にし続けるわけですから、要求される耐久性は非常に高いレベルにあります。ライダー達がどのくらいどこでスロットルを開けていて、エンジンがどのくらいの負荷で回っているのか。そういった、これまでチームが蓄積してきた細かいデータをテストでシミュレーションしながら、エンジニアリングの精度をあげてきました。2019年以降、Team HRCのエンジンにトラブルが起きたことはなく、ダカール期間中に毎日エンジンオイルの成分分析をおこなっていますが、想定外のことはありません。非常に丈夫なマシンです。
ダカールに復帰当初はスペアマシンやエンジンを何台も持ち込んでいましたが、今は1台もスペアマシンを持って行っていないのです。今年はエンジン単体をいくつかサウジアラビアに持って行くだけでした。これはチームとしてのデータ蓄積が進んで体制が進化したということでもありますが、耐久性が非常に上がっていることの証でもあると思いますよ」
CRF450 RALLY 【本田技研工業株式会社】
ダカールに大きな影響をもたらし始めているHonda
また、北米のリッキー・ブラベックをチームに引き入れ、結果的に2020年のダカールラリーを優勝したことも興味深いところです。この影響もあって、欧州人の割合がとても多かったダカールラリーに、北米・南米から優れた人材が流入してきました。
Monster Energy Honda Team リッキー・ブラベック 【本田技研工業株式会社】
2023シーズンは始まったばかり
「我々の目標はあくまでダカールラリーでの優勝ですから、シンプルに2024年の勝利にこだわって準備を進めていくということになります。これでGASGASとKTMに2年連続で敗退してしまったので、今度こそ優勝を取り戻しにいきたいですね。体制は今をベースとして継続しながら必要な部分の強化をしていきます。
アブダビデザートチャレンジは名前の通り砂漠が多いレースなので、このダカールラリーで他車よりも少し後れを取っていた砂漠における戦闘力を再確認して、今シーズンの開発材料としてデータを持ち帰ることが重要です。
来年こそ勝ちに行きます。応援よろしくお願いします」
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