春を待つ94期生〜川崎 春花
【<Photo:Atsushi Tomura/Getty Images>】
かわさき はるか=2003年5月1日、京都府京都市出身
ほんの些細なことだが、ずっと気になっていたことがあった。5月1日生まれといえば、季節は初夏。ところが、なぜ春花なのだろう。唐突でも、取材では最初、そんな質問から入った。
もちろん、当人も驚いたことだろう。ちょっと戸惑い気味だったが、意外なことをあかしてくれた。「両親から聞いた話では最初、違う名前を考えていました」と前置きし、「母が私を身ごもっていた時、祖父が大病を患っていました。その祖父が入院中、生まれてくる子は春花がいい。そう話していたそうです」。
「本当に残念なことですけど、祖父は私が物心つく前に亡くなりました。とてもゴルフが好きで、今の姿を見てほしかったです。一緒にプレーをしたかった。でも、私がプロになって、きっと喜んでくれていると思います。春花って、ありそうでない名前。すごく気に入っている。大事にしたい」と明かした。
春に咲く花は、パワーを感じる。厳しい冬をジッと耐えて、一気に花開く。見るものに喜びと、躍動するエネルギーを与えるものだ。春の到来が待ち遠しい。
それにしても、ルーキーシーズンの快進撃はすさまじかった。「去年は、想像を超える一年。デビュー戦から3戦連続の予選落ちで、その後も成績があがらない。また、ステップでは腰痛で棄権も…。とにかく苦しい前半戦でした」と振り返る。
しかし、山陰ご縁むす美レディース出場が、負の流れを一変させた。出雲の神々が大いなる啓示を与えてくれたに違いない。「頭の中を整理しました。それが、ご縁むす美の直前。高校3年の時がすごく調子がよく、その時まで遡りスイングやどんな気持ちでいたのかなど、ひたすら考え抜いた。ひとり反省会ですね。自信喪失状態で、どうしたらいいかわからない。そこまで優勝を目指し、必死に取り組んできたにもかかわらず、まったく結果が伴わないわけですから」。
がむしゃらに突き進むだけが正解ではない。立ち止まって考えることも必要だった。これが賢者へ、もたらした回答だった。「結論から言うと、いい時は常に攻めのスタイルでした。私はそういうプレーが一番合う。だから、ご縁むす美では何があっても攻める。それを3日間やり通して、つかんだ優勝でした。テーマをもって試合へ臨み、確認する。聞く人からすると、たったそれだけのことかもしれない。だけど、身をもってわかったことです。もし、ご縁むす美がなかったら、その後の日本女子プロゴルフ選手権大会コニカミノルタ杯優勝も、どうなっていたことか」と続けた。
当然ながら23年も、思慮深くをテーマに掲げる。「常にゴルフと向き合う。試合での結果はもちろん、次の週へ向けた課題を見つけることも必要です。きっとそんなことを繰り返すシーズンになるのでしょう。ルーキーの時は毎試合、反省はしたけど、形だけだったかもしれない。しっかり考えていなかった。今年の目標は複数回優勝、そして、長いシーズンのモチベーションを保つため、メルセデス・ランキング1位を目指します」。サラリと言ってのけた。
勝負の世界では2年目のジンクスを周囲は心配するが、「初めて聞きました。そんなことってあるのでしょうか」。破顔一笑の表情から、心配ご無用ーという答えが読み取れた。四季を通じて、春花は咲き続ける。(青木 政司)
【<Photo:Atsushi Tomura/Getty Images>】
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