松坂大輔(左)が先発部門1位、森友哉が(右)が捕手部門トップに輝く(写真は共同)
1980年代〜90年代にかけて球界の盟主に君臨していた「黄金時代」のメンバーと、現在も活躍する選手たちが混在する投票結果となった。
先発は今季、14年ぶりに古巣のユニホームに袖を通した松坂大輔と、西武一筋21年で通算182勝を挙げた西口文也が多くの票を獲得。両エースがチームを支えた2000年代前半にはネット上で「どちらがエースか?」という議論も起こり、「日本のエースは松坂、西武のエースは西口」ということで一応の決着がついた。
中継ぎでは17年に急逝した森慎二がトップに。豊田清とのダブルストッパーでチームを支え、最優秀中継ぎ投手のタイトルを2年連続で獲得。15年にコーチとして西武に復帰した後は大石達也らを指導。急逝後に発表された日程ポスターでは「しンジさんと闘う(原文まま)」という隠しメッセージがあったことでも話題になった。
抑え投手では増田達至、豊田清、潮崎哲也とそれぞれの時代に君臨するクローザーが僅差でトップ3に。潮崎は独特のシンカーを武器に、鹿取義隆、杉山賢人とともに「サンフレッチェ」として90年代前半にチームを支えた。
捕手では現在のチームを引っ張る「打てる捕手」森友哉がダントツ。2位に黄金時代の正捕手・伊東勤が入ったものの10票にどどまった。2003年現役引退後に監督就任も、07年に26年ぶりBクラスの責任をとり辞任。その後、ロッテ監督、中日ヘッドコーチを務めたが、当時から大幅にメンバーが入れ替わった現在の選手たちからみれば「敵チームの指導者」のイメージが強いのかもしれない。
一塁手は3選手に票が固まったが、1位は山川穂高が輝いた。1年目には正月太りした姿で入寮、合同自主トレではランニングの隊列についていくのもやっとという様子だったが、今では同期の森友哉とともに球場に一番乗りし、ランニングをこなす姿が見られている。2位には02年に55本塁打を放ったカブレラがランクイン。背筋を反らす独特のフォームは多くの子どもたちがマネをした。
二塁手は現監督・辻発彦がトップに輝いた。社会人時代は主に三塁手としてプレーしたが、西武入団後、通算2081安打の名二塁手・山崎裕之の後継者としてコンバート。広岡達朗監督らの指導によって球史に残る名手となった。
三塁手では今回全ポジションを通じて最多得票の中村剛也がトップに。高校時代は「浪速のカブレラ」、西武入団直後はそっくりなお笑い芸人から「さんぺい」「さんちゃん」と愛称がついたが、05年交流戦でブレイクすると「おかわり」の名前が全国区となった。
遊撃手は松井稼頭央が1位に輝いた。96年に田中幸雄(当時日本ハム)の代役で日米野球に出場し、走攻守で活躍。MLBオールスターを率いたダスティ・ベイカーから「リトルマツイ」と称されたことで知名度が上昇。その後は00年にサイクルヒット、02年にはトリプルスリーなどを成し遂げた。2位には現在の遊撃手・源田壮亮がランクイン。中島裕之の移籍後、レギュラー不在だったポジションを奪うと、そのまま定着しチームを支えている。
外野手は秋山翔吾、秋山幸二の“W秋山”が1、2位に。秋山翔吾は入団1年目から外野の定位置を獲得。15年にプロ野球新記録となるシーズン216安打を放つと、今季からはメジャーに挑戦する。2位の秋山幸二は3年連続40本以上、9年連続30本以上で、「メジャーに最も近い野手」と呼ばれた。3位にはライオンズ史上最多の1825安打を放っている栗山巧がランクイン。楽天を除く11球団で唯一、生え抜き2000安打がいないライオンズで初の達成に期待がかかる。
指名打者では「カリブの怪人」デストラーデがトップに。89年途中に入団すると、翌年から3年連続で本塁打王。さらには「3年連続日本シリーズ第1戦第1打席で本塁打」という記録も打ち立て、AKD砲(秋山幸二、清原和博、デストラーデのクリーンナップ)は他球団から恐れられた。