新型コロナウイルス感染症感染拡大に起因するリーグ戦休止・中止がプロバスケットボール選手に与えた影響に関する研究

日本スポーツ産業学会
チーム・協会

【イメージ写真】

プロ選手は強靱な肉体と精神の持ち主であるという幻想を払拭し、身体的な外傷や障害と同様に心理的障害にも適切な対処が必要

2020年3月末、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大のため、プロバスケットボールのBリーグでは、シーズン途中でリーグ戦が打ち切られました。
この研究は、未曽有の事態に直面したプロバスケットボール選手が何を考え、どのような状態にあったのかを明らかにすることを目的に実施されました。ほぼ一世紀前に経験したスペイン・インフルエンザによるパンデミックでは、発生時期が第一次世界大戦や関東大震災と重なったため、国内で十分な事後検証は行われれず、教訓は遺されませんでした。同じ轍を踏まないために、COVID-19収束後に備えた情報収集を意図して調査が実施されました。

日本バスケットボール選手会の協力を得て、2020年9月2日から18日にかけてオンライン調査を実施し、297人のうち114人から回答を得て、108人(B1リーグ:13チーム58人、B2リーグ:16チーム50人)を解析対象としました。
この論文の主たるテーマは選手の心理的ストレスですが、シーズン中止に関する選手の見解とリーグ機構から選手への情報伝達に対する選手の評価についての調査結果も報告されています。以下に概要を記します。

まず、シーズン中止に関する選手の見解について。
「2019-20シーズンが中止となることを知ったとき、あなたは率直にどう思いましたか」という質問に対する回答は、「中止すべきだと思った」98人(91%)、「無観客で再開すべきだと思った」7人(6%)、「入場制限して再開すべきだと思った」3人(3%)、「入場制限せず再開すべきだと思った」0人(0%)でした。シーズン中止は選手の総意であったことが示唆されます。

次にリーグ機構から選手への情報伝達に対する選手の評価について。
混乱期こそ意思疎通は重要であり、「リーグ戦の休止から中止までの期間中、リーグからの情報等は適切に伝達されていましたか」という質問を設け、5段階(1:そう思わない、5:そう思う)での回答を求めました。

結果は、肯定的評価(4、5点)が54人(50%)、否定的評価(1、2点)が22人(20%)、肯定も否定もしない評価(3点)が32人(30%)でした。選手間に不満が蔓延していたとはいえないことが示唆され、年齢や所属チーム、出場実績によって回答に偏りがないことも確認されました。

自由記述には説明不足を訴える意見が見られましたが、不足していたのは情報の質ではなく量、すなわち頻度にあったと推察されます。蚊帳の外に置かれてはいないという認識を選手が持てるよう、時には「進展はない」という情報を共有することも重要だと考えられます。なお、選手への情報提供は所属チームを介して行なわれますが、本調査では、不満の原因がリーグ機構とチームのどちらにあるのか、判別はできません。

最後に主たるテーマである選手の心理的ストレスについて。
COVID-19の影響によるうつや不安障害が疑われる男子プロサッカー選手が一定数存在することが海外の研究で報告されていたことから、Bリーグ選手のメンタルヘルスの状態をThe Kessler 6-Item Psychological Distress Scale(K6)日本語版で測定することとしました。
K6は6項目・5件法で測定する尺度で、スコアが高いほどストレス水準が高く、日本人の場合、5点以上で気分・不安障害が疑われるとされています。調査はリーグ戦中止からおよそ6ヶ月経過後に実施されたため、リーグ戦休止期間と中止後6ヶ月の2時点でのメンタルヘルス状態について回答を求めました。6ヶ月前を振り返っての回答については、未曽有の事態に直面したときの記憶は鮮明であり、信頼性が著しく損われることはないとみなしました。

結果は、リーグ戦休止期間では、過半数を超える56人(52%)に心理的有害ストレスが疑われました。また、小規模チームに多い傾向にありました。シーズン中止から6ヶ月経過した時点でも2割を超える23人(21%)に有害ストレスが疑われました。K6は自己申告式のスクリーニング尺度であり、専門医による診断結果と比べて信頼性が劣ることは否定できませんが、COVID-19が選手に与えた負の影響は甚大であったことが示唆されます。

本研究の結果から、競技を問わずプロスポーツ選手のメンタルケアを目的とする恒久的な相談窓口の開設が推奨されます。平常時でもメンタルヘルス上の問題を抱えるエリート選手は一定の比率で存在することが海外の研究で報告されています。COVID-19をきっかけに、プロ選手は強靱な肉体と精神の持ち主であるという幻想を払拭し、気分障害や不安障害は心の弱さに起因するものではなく、身体的な外傷や障害と同様に心理的障害にも適切な対処が必要である、このような認識が広く共有される必要があるのではないでしょうか。


神田 れいみ 慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科
佐野 毅彦 慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科
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著者プロフィール

日本スポーツ産業学会は「スポーツ産業の健全な発展に寄与できる学会」「産官学の共同による開かれた学会」「国際性豊かな学会」等を中心テーマとし、平成2年に設立されました。 当学会が運営している「SPORTS BUSINESS ONLINE」は、論文誌「スポーツ産業学研究」、情報誌「Sports Business & Management Review」に続く第3の情報媒体として2021年に開設したWebジャーナルです。 コンセプトは「スポーツビジネスのあらゆる情報が集結するオンラインジャーナル」。 本学会が主催するセミナーや学会大会などの情報(案内・プログラム・講演録)や、論文記事情報などを中心に様々な情報を発信しています。

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