走ることはセラピーだ〜大切な本とともに 東京生活向上指南 Vol.03

TOKYOWISE

状況が最悪なときに人は走る

【写真提供:TOKYOWISE】

 本の中で共感する記述に出会うことになる。ああ、自分だけじゃないんだと安心する。ランナーたちのバイブル『BORN TO RUN』(クリストファー・マクドゥーガル NHK出版 2010)。最も過酷なトレイルレースとして知られる「ウエスタンステイツ100マイル」(160キロ!)で14度の優勝を飾っている驚異の女性ランナー、アン・トレイソンの言葉だ。

「走るのは本当にロマンチックなの。(中略)正直に何度も、いまどんな気分かと自分に問いかける。自分の身体に対して感覚を研ぎ澄ますこと以上に官能的なことなんてある? 官能的というのはロマンチックということでしょう?」

 著者クリストファー・マクドゥーガルはこう言う。状況が最悪なときに人は走る、と。アメリカではこれまでに3回、長距離走のブームがあったが、いずれも国家的な危機のさなかであった。大恐慌時代、ベトナム戦争、そして2001年の9.11の後には、突如としてトレイルランニングが最も急成長したアウトドアスポーツになったと。

「単なる偶然かもしれない。それとも人間の精神に“引き金”があり、猛禽類の襲来を察知すると、自動的にこの人類のもっとも初歩的で最大のサバイバルスキルが発揮されるのか。ストレスの緩和や官能的な歓びという点で、ランニングはセックスよりも先に人生で経験するものだ」

 そう、官能的な歓びと精神の充足。走る理由はそれにある。それらを同時に与えてくれるものなんて、他にそうはないから。

人生の苦しみを越えるために走り続ける

『BORN TO RUN』で世界最強の走る民族ララムリとのレースを繰り広げるウルトラランニング界のレジェンド、スコット・ジュレク。天使か神かと思う存在感を放っていたスコットが、自伝『EAT&RUN』(スコット・ジュレクNHK出版 2013)では驚くほど人間的な内面を見せる。母の死、親友との別れ、離婚といった人生の苦しみを越えていくために走り続けようとする思いを。

「仏教や自己実現について、いろいろな本を読んだ。そこで語られる平穏を手に入れたかった。体を動かすときに経験する安らぎと、より長く走りより疲労が強いほど心の中に広がる静寂が欲しかった。勝つことは確かに面白かった。でもそれよりも、走ることであらゆる心配事を忘れて、自分の中に入っていけることがうれしかった」

 ちょっとエクストリームな話になってしまったけど、言いたかったことは、都市生活でのタフな日々の中で、走ることはとても大事なセラピーとなるということ。たとえ近所を走る5キロのジョグだったとしても。健康や美容やファッション的な側面からではない、ランニングの素晴しさを言うとすればそこにあると思う。

走ることに出会い、心も身体も元気に

 もう少し本の話。これから走りたいと思っている人にお勧めしたい1冊といえば、『ファンランへの招待―もっと楽しい走り方』(衿野未矢 中公新書ラクレ 2009)だろうか。辛い出来事からアルコール摂取過剰状態だった著者は、走ることに出会う。遠足ランや温泉ラン、大会もとにかく楽しむうちに、“結果的に”心も身体も元気に。その喜び、楽しさを伝えたいという思いにあふれている本だ。

 すでに走りはじめた人には『走ることについて語るときに僕の語ること』(村上春樹 文春文庫 2010)を。真摯に語られているのは走ることについてだけではない。小説を書き続けるということとは。年齢を重ねていくということとは。

 この本の中に、走ることがいかに官能的であるかを独特の比喩で言い得た素敵な一文があったはず、と思い見返すのだがどこにも見つからない。どうやらそれは僕の願望、妄想だったようだ。

(Text:yasutake iijima)

2/2ページ

著者プロフィール

『TOKYOWISE』(トウキョウワイズ)は、東京という世界でも類を見ない混沌と静謐の街で、本当に必要とされている事象とは何かを探って見つけ出すウェヴマガジンです。取材・編集という手法を最大限に生かしつつ、真にインディペンデントでオリジナルなコンテンツで構成。経験豊富な編集者たちが縦横無尽に記事を制作していきます。

編集部ピックアップ

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント