和のたしなみを学ぶ・抜刀術 「松原渓のスポーツ百景」
90分間の授業の内容は……
1つひとつの所作が合理的で深い 【松原渓】
1)刀礼
稽古のはじめに行う儀式。まじめに稽古することを神様に誓う。刀を作る職人に対する礼でもあり、最後には神前に稽古(試合)の無事を報告する。挨拶や感謝の心など、「心」は切り離せないものなのだ。
2)帯刀
鞘(さや)に収まった刀を、刃を上にして腰に差す(乗馬時は徒歩よりも高い位置になるため、抜いた後の利便性から、刃先を下に向けて帯刀したそう)。帯に刀を差してみると、硬い刀が身体に沿う感覚に気持ちが引き締まった。つば(刀身と柄を分ける部分)を抑えないと、かがんだ時などに刀がつるりと滑り出てしまう可能性もあるので、当然といえば当然だが、取り扱いには細心の注意が必要だ。
居合腰(重心を整えた正しい姿勢)に構え、腰の刀を握る。その瞬間、張りつめるような緊張感に包まれるのを感じた。昔の武士にとっては、ここからの間合いが生死を分けたのだなぁ……と。武士は、刀を抜けば必ずどちらかがけがをすることになるので、刀に手をかけること自体が重い意味を持った。そして、抜いたが最後、相手よりも早く剣先を相手に向けなければならなかったという。
鯉口(刀が簡単に滑り抜けるのを防ぐ部分)を切る(はずす)「カチッ」という音が静寂を切り裂く。しかし……実際に抜いてみると、自分の腕の長さに対して刀が長く、腕が伸びきってしまい「ぬ、抜けない……」と悪戦苦闘。滑らかに抜くコツは、左手で腰の鞘をぐっと下に引くことだとか。
また、相手に最短距離で刀を向けるために、頭(刀の底の部分)を相手に向けて威嚇しながら真っ直ぐに抜き、手首をクルッと反転させる。いかに無駄のない動きをするかが命に直結することが分かる。居合いの達人は抜刀から斬るまで0.2秒かからないとも言われるそう(!)。極めると、心の目=心眼でも斬れる、とか。集中力が鍛えられるのも頷ける。
4)素振り
構えはいくつかの種類があるそうだが、今回は最もオーソドックスな「正眼(中段)の構え」から、斜めに切り下ろす「袈裟切り」を実践した。刀が正しい軌道を通ると、「ヒュン!!」っと軽快な音がするそうで、これは反復練習あるのみ。とはいえ、模擬刀も1kg弱の重さがあり、5回も振ると、上腕三頭筋がプルプルして肩が下がってきた。翌日は筋肉痛になりそう……。
5)納刀(刀を納める)
まず行うのが「血振り」(相手を斬った後に刀についた血を払う)。これはイメージすると恐ろしかった。続いて、抜刀と同じく鞘を下に引き、鞘の入口を左手で押さえながら、親指と人差し指の間(水かきと呼ぶ)に刀の峰(刀の峰)を沿わせて先端から収める。
角度やタイミングを間違うと手を切ってしまうこともあるそうで、つい恐る恐る……になってしまう。でも、カッコよく納めるためにはダイナミックさも必要……ということで、この納刀も反復練習あるのみ!
時代劇を見ていると、武士が鯉口を斬って抜刀し、何人もの悪党をスピーディかつ鮮やかに斬り、刀を静かに鞘に納める。何気なく見ていたあの滑らかな動きの陰には、人知れず大変な修行があったのだと実感。
6)真剣で畳表を試し切り!
流れを一通り学んだところで、最後に日本刀(本物!)を使っての試し切りを体験させてもらえた。目の前に畳表(藁の棒)を立て、狙った場所を切る。模擬刀に比べるとかなり重く、先生が斬ったその切れ味の鋭さを見て緊張感も倍増。さすが、先生の試し切りは全身に力が入っていない状態でスパッ!と目にも留まらぬ速さで、切り口も鮮やかだ。
私はというと、角度が甘かったり力の入れ方を間違えたりして、畳表の強さに負けてしまう。これはメンタルも影響するそうで、気持ちに少しでもブレが生じると切れないという。精神力の鍛錬の成果が試されるポイントだろう。
忙しい日々に非日常を
今回体験して感じた抜刀の魅力を以下にまとめてみた。
1)集中力アップ
2)体幹が鍛えられ、正しい姿勢を身につけられる
3)普段使わない筋肉が鍛えられる。有酸素運動で健康になる
4)心を鍛える。プレッシャーや大舞台に強くなる
5)非日常の体験でストレス発散。一つ一つの所作がかっこいい!
6)歴史を学べる(所作の意味合いや侍の価値観、時代背景まで)
冒頭に石川五ェ門の話を書いたが、私が好きな漫画『バガボンド』の世界観も、抜刀(居合)を体験することでより深く楽しめそうだ。最後に、その『バガボンド』に出てくる名言で締めたい。
「刀は鞘に納めるもの。どんなに切れる刀も鞘がなくては、むき出しのままでは、出会う者みな敵になる。納めるところがなくてはいつか必ず己自身を傷つける」(沢庵宗彭)