川内優輝はなぜ海外連戦ができるのか? お金をかけず、賢く転戦する仕組み

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川内優輝がこれほど多くの海外レースに出場できるのはなぜなのか。本人に聞いた 【赤坂直人/スポーツナビ】

 川内優輝(埼玉県庁)がロンドン世界選手権で日本代表として“最後のレース”を終えて約4カ月がたった。代表争いからは一線を引いたが、現在も各国マラソンを走り、世界のトップランナーたちに挑戦する日々を続けている。

 初マラソンの2009年別府大分毎日から3日の福岡国際まで、川内はこれまで76本のフルマラソンを走っている。うち海外レースは、日本代表として走った世界選手権とアジア大会の4本を含めて33本。実に全体の4割以上に及ぶ。

「『どうしてそんなに海外レースに出られるの? お金はどうしているの?』ってよく聞かれるんですよ」

 川内はそう言って、はにかみながら頭をかいた。市民ランナーという立場でありながら、なぜこれほど多くの海外レースを転戦できるのか。川内本人に聞いた。(取材日:11月19日)

派遣以外にも海外レースに出る方法はある

――そもそも海外のレースに出てみようと思ったのはいつ頃ですか?

 もともとは学習院大4年の時(2008年)に出場したニューカレドニア国際マラソン(ハーフマラソンの部を1時間7分15秒で優勝)の経験が大きいです。日本学連選抜代表として、初めて海外レースに参加して「海外レースってこんなに楽しいんだ! 卒業したら絶対に海外レースに行こう」と。それで、翌年には富士吉田火祭りロードレースで勝って、グアムロードレースに招待してもらいました。自分でお金を出すことは難しく、市民マラソンの上位に入って賞品として海外レースに派遣してもらうものだと思っていたので、派遣を狙おうと思いました。

――その後、11年に日本代表としてテグ世界選手権に出場しましたが、代表ではない海外マラソンという意味では、12年4月のデュッセルドルフが最初になります。出場の経緯を教えてください。

(現在もエージェントとして川内をサポートする)ブレット・ラーナーさんから職場に手紙が来て、大会リストみたいなものをくれたんですよ。「君のラベルだと、こういうところに出られるけど、どう?」と。何も知らなかったんですけれど、「自分のラベルだとこういうレースに出る権利があるんだ」と知りました。派遣ということしか頭になくて、違った形で出られるとはその時全く知らなかったので、「派遣じゃなくて自分でレースを選んで行く方法もあるんだ」と、ブレットさんのおかげで気付いたんです。

当初は国内レースの上位に入り、賞品である海外レースへの派遣を目指していた 【赤坂直人/スポーツナビ】

 川内が言及した「ラベル」という言葉を、聞き慣れない人もいるかもしれない。これは、国際陸連(IAAF)が08年に導入した「IAAFロードレースラベル」のことを指す。主にフルマラソンやハーフマラソンといったロードレースを対象とした格付け制度で、海外招待選手枠の設置や記録の計測、メディア向けサービスなどの項目で厳しい基準を満たした大会のみに与えられる。格付けは上から「ゴールド」「シルバー」「ブロンズ」の3つのラベルがある。17年は東京マラソンや名古屋ウィメンズマラソンなど、国内では5大会が最高位のゴールドラベルを獲得した。

 この制度は、招待選手の選出に大きく関係している。大会側は、ラベルごとに設定された記録(直近3年以内の記録が対象)を満たした海外選手を男女各5名、最低5カ国(ブロンズのみ4カ国)から招待しなければならないという規定がある。選手目線で言えば、基準の記録さえクリアーしていれば、プロ選手でも市民ランナーでも平等に招待選手となる権利が与えられているということだ。川内を例に取ると、直近3年のベストタイムが2時間9分1秒でゴールドラベル(2時間10分以上)の基準を満たしているため、3つ全てのラベルの大会で招待選手になる資格があるのだ。

 17年のフルとハーフの基準は以下の通り。

■ゴールド
<フルマラソン>
男子:2時間10分、女子:2時間28分

<ハーフ>
男子:1時間1分、女子:1時間11分

※ゴールドは持ちタイムに加えて、五輪や世界選手権などの世界大会で規定の順位以上に入った選手も対象となる。

■シルバー
<フルマラソン>
男子:2時間12分、女子:2時間32分

<ハーフ>
男子:1時間3分、女子:1時間12分

■ブロンズ
<フルマラソン>
男子:2時間16分、女子:2時間38分

<ハーフ>
男子:1時間4分、女子:1時間15分
 この規定を元に、実際どのように招待選手が決まっていくのか。2014年にゴールドラベルを獲得したオーストラリアのゴールドコーストマラソンでCEOを務めるキャメロン・ハート氏によれば、「私たちはゴールドラベルなので、2時間10分切りの選手が必要です。私たちは2時間8、9分台のランナーを招待したいので、それらの記録を持つ選手の代理人にコンタクトを取り、出場可能なアスリートのリストをもらいます。その中で特に強そうな人、メディアに注目される経歴を持った選手を選んでいくのです」とのこと。時には、代理人側からアプローチを受けることもある。同大会には川内をはじめ日本選手が毎年多く出場するが、日本選手の場合も交渉フローは基本的に同じだという。このようにして、世界のトップランナーたちは招待選手のオファーを受け、出場レースを決めていく。

4カ月連続の海外レースも出費は“ゼロ”

「海外レースに出ること自体が幸せ」と川内。柔らかな表情で自らの体験を語る 【赤坂直人/スポーツナビ】

 川内も現在、このラベリング制度を活用して多くの海外レースに招待選手として出場するようになった。しかも、お金をかけることなく転戦しているのだという。具体的な手法を川内に解説してもらった。

――ラベリングの競技者としてどのようにして大会への招待が決まるのですか?

 基本的にはブレットさんや(大会の)日本事務局の人を通じて交渉してもらいます。大会側も(招待選手に充てる)予算が限られているので、早い段階で出場表明しないと「もう招待選手枠は埋まっていて、予算がないから無理だよ」となったりしますし、逆に直前でも枠が余っていれば、お願いして入れてもらうこともできます。最近は自分でレースを選ぶことが多いですね。実際、ロンドン世界選手権の前は、(大会4カ月前から)1カ月に1本、海外レースを走ったのですが、ほとんど全部自分で(出場する大会を)選びました。ひと昔前のランナーであれば「金銭的に無理だよ」というようなことも、ラベリング制度のおかげでできたんです(笑)。

――そのお金の部分ですが、ラベリング制度ではどう優遇されるんですか?

 今までの考えだと、日本陸連や所属先からお金を出してもらうと思っている人が多いですが、大会側はお金を払ってでも来てほしいと思って招待してくれています。招待はエントリー代が無料なくらいと勘違いしている人もいますが、実際はそれだけでなく、往復の飛行機代と宿泊代も出ます。加えて、私の場合は副業禁止規定に引っかかるのでもらえませんが、本来はある程度レベルの高い選手であれば出走料というギャランティーももらえます。ですから、全くお金がかからず海外に挑戦できるというのが、今のシステムなんです。

――ラベリング制度で招待された選手であれば、必要経費は全額支払ってもらえるということですか?

 基本的にはそうですね。それ以外にかかるとすれば、コーディネートしてくれた方にいくら支払うかという問題が出てきますが、私の場合は賞金の何パーセントかを支払う形でやっているので、この形であれば本当に(経費は)かかりません。

――ということは、川内選手の場合、都合がつけば金銭的な負担を気にせずに海外レースに出られると。

 そうですね、スケジュールさえ合えばいつでも海外に挑戦できるという、幸せな立場にいます。何十年前だったら海外に行くことは簡単にはできなかった思うんですけれど、今は本当に自分のやる気さえあれば、私がこうしてやっているように海外に行けるので、マラソンランナーにとっては良い時代になったなと思っています。

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