【浦和レッズ】「リミッターを外せ」山根視来が目指す限界の先
あれは束の間のオフを利用して旅行に出掛けた帰りだった。空港に着くと、まるでタイミングを見計らったようにスマートフォンが鳴った。
「最近、どうだ?」
電話の向こうにいたのは、曺 貴裁監督だった。
「まあ、普通ですよ」と返すと、「(ロサンゼルス・ギャラクシーでの)試合を見ているけど……」と言って、言葉は続いた。
桐蔭横浜大学を卒業して、2016年に加入した湘南ベルマーレで指導を受け、選手として大きく飛躍させてもらった。2020年に川崎フロンターレに移籍してからも、初めて日本代表に選ばれたときやFIFAワールドカップに臨む日本代表に選ばれたときにも祝福の電話をもらっていた。曺監督が京都サンガF.C.の指揮官を務めていた時期も、スタジアムで再会すれば会話を交わし、節目で近況を報告してきた。
それだけに電話がかかってきたことに驚きはなかったが、背筋が伸びたのは続く言葉を聞いたからだった。
「自分のプレーについてパーッと話をされて、すべてを言い当てられてしまったんですよね。自分が今、改善したいと思っている課題や悩んでいること、すべてが図星というか。まさに自分が考えていること、そのものでした。何で分かるんだろうなって、さすがにビックリしました」
電話口で言われた。
「プレーではそう見えないけど、実際のところはこうだろう」
まるで目の前でプレーを見ているかのように見透かされていた。
この人のもとでプレーすれば、自分は選手として成長できる――。あのとき抱いた思いは、次のステップを考え始めていたタイミングで届いたオファーを受けるには十分だった。
それでもタフな道を選んだのは、サッカー選手としての成長に目を向けたからだった。
「曺さんのもとでプレーすれば、自分が成長せざるを得ない状況に身を置くことができると思ったんです。そういう環境でまた、プレーしたいなって」
ただ、浦和レッズでのスタートは、決して順風満帆ではなかった。抱えていた怪我やそれに付随するコンディションの影響で、思うようにピッチに立てない時間が続いた。
「自分が入ったら、もっとチームを変えられると思って浦和レッズに来ましたけど、チームがリーグ戦で3連敗していた時期も、力になれない状況だったのでずっと歯がゆさがありました。やっぱり何か気づいたことがあっても、外から見ているのと、実際に中で感じたうえで言うのって違うと思っていたので」加入から約1ヵ月――。それだけに「やっと」の思いで立った9月19日、東京ヴェルディ戦での初先発だった。
ホームである埼玉スタジアムで、浦和レッズの選手として初めて先発する試合を前に、「(今の)浦和レッズはどういうチームか」を考えた。
頭の中に思い浮かんだのも曺監督がミーティングで発した言葉だった。
「合格点を目指すな」
「リミッターを外せ」
60点や70点ではなく、80点を取れる選手はいるが、チームが目指しているのは平均点でもなければ、合格点でもない。
「やるからには100点、120点を目指すプレーをしていこう、と。また、チームが勝つ確率を上げるプレーをすることは当然なんですけど、それを踏まえたうえで、僕ら一人ひとりがサッカー選手として成長していかなければいけないなって。それを考えたときに、今の浦和レッズが目指していくのはより高い基準であり、そこを自分がプレーで示していくことを考えました」
24分には右サイドで相手にプレッシャーを掛けてミスを誘発した。山根のプレスを嫌った相手のバックパスがずれたところを金子拓郎が拾って、そのクロスからマテウス サヴィオが先制点を決めた。
サイドバックでありながらゲームを作り、試合をコントロールする姿は、4つのタイトルを獲得した川崎時代から見られたプレーだ。その動きは、ロサンゼルス・ギャラクシーで過ごした2年半で、さらに磨かれた。
「監督(グレッグ バニー)が、『なぜ自分がここにいなければいけないのか』を重視する方だったんですよね。日本では、自分にアイデアがあるならチャレンジしてもいいし、誰かがそこにいれば良かったから、トライすることで自分は成長することができましたけど、LA(ロサンゼルス)では、チームとしてやりたいことを実行するために、自分はそこにいなければいけなかった。それが試合ごとに違って、明確にこれというのがあったので、すごく勉強になりました。そこは東京V戦でも生きていたように、どこに自分が立つことが効果的なのかを考えてプレーできるようになりました」
金子の突破力を生かすべく、自らは内側にポジションを取っていたのが、まさにそれだった。
「拓郎は、ワイドでボールを持ったときに、スペースを空けておいてあげれば、基本的に相手に勝てる選手なので、それなら自分はサイドにはいなくていいなって。相手とのパワーバランスを考えながら、相手にとって嫌なことを選択していくという感じですかね。そこはアメリカにいって、やるようになったことですね」
東京V戦が初先発だったように、コンディションが上がっていくのは、これからだ。そうしたなかでも「今、自分にできるプレー」を、「チームを勝たせるプレー」を、自ら選択して実行している。
58分までプレーし、3-1の勝利に貢献できたことを喜ぶ一方で、「別に自分が特別な何かをもたらせたとは思っていない」と首を横に振るのは、まだリミッターを外した姿を見せられていないところにある。
「自分のベースは走ることだと思っているし、泥臭くやることだと思っています。(東京V戦では)それが見せられたシーンもあまりなかったですし、ビルドアップやポジショニングとか、展開を読みながらプレーすることだけが、決して自分の長所ではないと思っています」
その言葉を聞いて、思わずこちらもニヤリとした。期待しているのは、積極的にサイドを駆け上がっていくプレーであり、ゴール前に顔を出す “山根視来”の姿だったからだ。
ロサンゼルス・ギャラクシーでは加入した2024シーズンに優勝も経験した。32歳になり、できることも増えた一方で、目には再び火が宿っている。
まだ、できる。もっと、できる。そんな飢えが言葉の端々から伝わってくる。
「正直、浦和レッズをどうこうできるとか、そんな大それたことは思っていなくて、自分が成長するために、ここに来ましたし、それがチームのためになると思ってもいるんです。そのなかで、自分が示したいのは、どんなプレーが一番、格好いいのかとか、チームを勝たせるうえで大事なのか。それを体現して、チームみんなの共通認識として持てるようなチームにしていきたいし、なっていきたいと思います」
それは声かもしれないし、身体を張る姿なのかもしれないし、這いつくばってでも相手に食らいつく姿かもしれないと、山根は言う。
「股抜きが格好いいとかではなく、顔面を投げ出してでも相手のシュートを止めにいくような姿。そういう本気の集団になりたい」
そう言って言葉を続ける。
「浦和レッズという名のあるクラブでプレーしていることに満足して終わるのではなく、みんなが日本代表を目指さなければいけないと思いますし、海外からオファーが来るような活躍をしなければいけないとも思う。そういう日常の温度感が、試合に出ると思っています。たまに1、2点失うと心が折れたことが分かるチームってあるんですけど、そんなチームにはしたくないし、なりたくない。日頃から、そうした選手として大事な部分を自分が示すことで変わっていきたいなとは思います」
それこそが自分が浦和レッズに求められた理由でもあると、山根は言う。
浦和レッズの選手として初先発して埼玉スタジアムでその応援を聞いたとき、「身体の奥にまで声が響くというか、骨がきしむようなすごさ」を感じたという。合格点では終わらない。自らのリミッターを外すべく、背番号6は今、その一歩を踏み出した。
(取材・文/原田大輔)
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