【FC東京】東慶悟「これはあまり言ってこなかったんですけど、その姿勢を森重という選手から学びました」|特別対談 森重真人×東慶悟
東慶悟:最初は現役を続けようと思っていたんですけどね。でも、最終戦のMUFGスタジアムでの景色や、そこから時間が空いて、「本当に他のチームでプレーしたいのか」と考えた時に、あまり想像できなくて。自分には指導者や監督になりたいという目標があるので、そちらの目標へ早く進むのも良いなと思い、こういう決断に至ったという感じですね。
Q、ご自身の中で「やり切った」という思いが大きかったのでしょうか。
東:100パーセントやり切ったかと言われたら、多分そんなこともなくて。ただ、サッカーをする意味や「なぜやっているんだろう」というモチベーションが欲しかったんです。そこが明確に見えてこなかったということが、かなり大きい要素かなと思います。
森重真人:「いやいや、まだやれるだろう、なんで?」と(笑)。やれる能力はあるし、チームを探せば全然あったと思います。でも慶悟のなかには「こうじゃないとやらない」という基準があったと思うので、その基準を満たしてくれるような、情熱を注げる場所がなかったのかなとは感じました。慶悟は人一倍考えるタイプですし、考えた結果の決断だと思っています。驚きもありましたが、彼の決断を受け入れたという感じですね。
Q、2009シーズンに大分トリニータで初めて出会った時の、お互いの第一印象を教えてください。
東:印象ですか……モリくん(森重選手)は怖かったです(笑)。みんなに言われると思うんですけど、怖いというかオーラがあって、どこか近寄りがたいイメージがありました。僕も若かったですし、まさにそんな感じでした。若い選手や年下の選手からすると入り込みにくい雰囲気は、大分の時は特に感じましたし、東京に来てからも最初はまだあったなと感じます。
森重:慶悟のことを大分トリニータのユース時代から見ていたからじゃないかな。それは乗っかっているかもしれないね。ユースとトップの選手という関係性もあったかもしれない。直属の先輩後輩というわけではないけど、結構そういうところはあるんじゃないかな。僕も、広島時代に一つ上の先輩だった髙萩洋次郎さんはめちゃくちゃ優しいんだけど、やっぱりすごいリスペクトというか、直属の関係みたいなものを強く感じるから。
Q、反対に、森重選手が最初に東選手を見た時の印象は覚えていますか。
東:(森重選手は僕のこと)見てないですよ、興味ないから(笑)。
森重:その時代は興味なかったかも(笑)。だから、正直覚えていないですね(笑)。
東:でも、まさにそういうイメージです。今だとあまり想像できないと思うんですけど、当時は本当にそういう感じでしたね。
森重:でもプロ1シーズン目から慶悟は試合に絡んでいたし、三つしか年齢も変わらないから。僕も大分では若手だったし、「若い奴らで引っ張っていこうぜ」みたいな感じだったと思いますけどね。
Q、東選手が免許を取得した時に、森重選手が乗っていた車を譲り受けたというエピソードがあるとお聞きしました。
東:車の話は印象的ですね。モリくんは当時のユースの選手からしたら、結構憧れの存在だったんですよ。寮でご飯を食べている時も、「森重が来たぞ!」みたいな。
森重:文句ばっかり言ってたけどな(笑)。
東:それでプロになった時に共通の車屋のディーラーさんがいて。当時は給料も安くてお金もなかったけど、良い車に乗りたくて。どうしようかなと思っていたタイミングで、ちょうどモリくんが車を買い替えるという話を聞いて。「モリくんからそのまま買った方が安いし」となって、譲り受けました。
森重:結構安く売ったよね、多分。
東:あれ、実は安く買って少し高く売りました(笑)。
森重:おい!!
東:1年ちょっと乗って……。
森重:待って、1年って早くない(笑)?
東:ちょうどそのタイミングで大宮アルディージャ(現:RB大宮アルディージャ)への移籍もあったので。
森重:何も知らなかった(笑)。
森重:当時の大分はユースからトップに昇格する選手が多くて、優秀な選手も多かった。あと、明るい奴が多かったです。特に清武(弘嗣)や井上(裕大)あたりと、すごくわちゃわちゃやっていたなという印象があります。
東:清武は、根は暗いですよ(笑)。
森重:確かにそうだった。それはちゃんと伝えておかないとね(笑)。
Q、森重選手が2010シーズンにFC東京へ移籍し、その後2013シーズンに東選手が加入されました。約3シーズンぶりに同じチームで再会して、プレー面でも人としての部分でも、「ここが変わったな」と感じた部分はありましたか。
東:関係性という部分では何も変わっていないです。正直今も変わっていません。自分で言うのもなんですが、良い距離感というか。この十数年間、もちろんリスペクトもしていますが、かといってベタベタ仲良くするという感覚もあまりない。最初に出会った時と変わらずにきたなと。でも、モリくん自身はかなり大人になったなと思います。そこは変わっているんじゃないですかね、プレーも含めて。昔は荒いイメージがありましたしね。まあ、たまに出るんですけど(笑)。
森重:確かに良い距離感でずっときているかなと。二人でご飯にいくこともそんなになかったよね。でも、東京で再会した瞬間というよりかは、東京に来てからの慶悟をずっと見ているので、そのなかでの変化はすごく感じられました。長くいるからこそ、「ああ、こうやって成長していくんだな」とか「こういうふうに良い方向に変わっていくんだな」というのはお互いに見られている部分だと思います。この世界でこんなに長く一緒にやれる人はなかなかいないので、そのなかで成長を見させてもらったという感覚があります。慶悟はずっと試合に絡んでキャプテンも務めてきたし、そのなかの心境の変化などが見られたのは、僕にとってすごく良かったことですね。
森重:結局、チームが優勝するために何が必要なのかが議題に上がるんですよね。文句を言うわけではなく、優勝するために何が足りないのかをずっと探っていました。ベテランとしてどうチームに良い影響を与えられるかという振る舞いや、ベテランなりの悩みを共有したり。単純に励まし合うこともありました(笑)。この年齢でプレーする難しさもあるなかで、それを共有できる仲間がいるというのは心強かったですし、そういった時間だったと思います。でも結局は、「チームが優勝するためにどうするのか」というのがいつも話題の中心でしたね。
東:本当にそうですね。もちろん、そういう話をしたところで解決するわけではないんです。でも、話すこと自体が大事だったりする。チーム全体のこともそうですし、サッカー選手個人としても、吐き出すことでまた翌日の練習にスッキリして臨める。これくらいの年齢になると色々なものが出てくるので、やっぱり支え合っていかないと。そこに先輩二人森重選手、長友選手)がいてくれたのは、僕にとってありがたかったです。まさか自分が一番最初に辞めるとは思っていませんでしたけど(笑)。
森重:確かにそうだよ(笑)。
東:今日久しぶりに小平グランドに来て、練習を見て、二人がやっている姿を見ると不思議というか、やっぱりすごいなと思いますね。僕もやろうと思えばやれたかもしれないですけど、この歳になるとモチベーションの維持が一番難しい。「どこに気持ちを収めていくか」という部分を多分僕は見つけられなかったので、あらためてすごいなと思います。
Q、そんなお二人がFC東京で戦ってきた時間のなかで、「この人と一緒にサッカーをやってきて良かった!」と思った瞬間はありますか。
森重:結果的に一番の思い出は2020シーズンのルヴァンカップでの優勝ですね。タイトルを獲ることを目標に頑張っているので。結果としてはそれが一番ですが、先ほども言ったように、長いこと一緒にやるなかで人の成長が見られたこと。「こういうふうにサッカー選手は変わっていくんだな」とか、慶悟が試合に出られなかったり環境が変わるなかで、どう変化、進化していくかという過程を間近で見られたのは、僕にとってもすごく刺激になりました。慶悟は僕より言語化するのがめちゃくちゃ上手いので、そういう姿を見ながら学ぶ部分もたくさんありました。
東:僕自身、東京に来た時はまだ子どもでしたからね。子どもというか、天狗になっていました。ロンドンオリンピックに出て、FC東京に来てまあまあ結果も出て、少ししたらSAMURAI BLUE(日本代表)にも呼ばれて。「サッカーって簡単だな」みたいな勘違いをしていました。
森重:うんうん。誰しもが通る道だよね。
東:そんな雰囲気を漂わせて、今思えば完全に勘違いですよね。そこで僕は一度挫折を味わうというか、試合に出られなくなって怪我もして。東京という土地柄、少し遊びに行ったりもして。「このままじゃやばいな」と思っていた時に、マッシモ(フィッカデンティ)が監督になりました。一番の思い出として覚えているのが、当時コーチだったブルーノに呼ばれて「なぜ森重が試合で良いプレーをしているか分かるか」と聞かれたんです。全然分からなくて、まだ少し尖っていたので「分からないです」と答えたら、「森重は常に練習を100パーセントでやっている。それって普通はなかなかできないことなんだよ」と言われました。そう言われた時に、「確かに俺は練習を100パーセントでやっていなかったな」と気付かされました。そこからまたスタートしたんです。これはあまり言ってこなかったんですけど、その姿勢を森重という選手から学びました。練習を100パーセントでやるようになると、逆算して準備やケアの意識も変わってきます。それがちょうど25、6歳の頃で、結婚して子どもができて、さらにスイッチが入って変化していき、今に至るという感じです。なので、そこが一番のきっかけでした。
森重:FC東京のキャプテンって、僕もそうでしたけど、言葉で引っ張るというよりは自分のプレーで示してついてきてもらうような、寡黙なタイプのキャプテンが多かったんです。でも慶悟はプレーはもちろん、ちゃんと言語化して言葉でも伝えられる。慶悟がキャプテンをやっている姿を見てすごく学びました。
Q、東選手に伺います。チームの先頭に立って色々なものを受け止めながらプレーされてきたなか、明治安田J1百年構想リーグのセレッソ大阪戦(MUFGスタジアム)でご自身のユニフォームを掲げているファン・サポーターを見た時に、「自分がやってきたことは間違いなかった」とコメントされていました。あらためて、ファン・サポーターからの愛情をどのように感じ取った瞬間でしたか。
東:もう本当にめちゃくちゃ嬉しかったですね。東京で自分がやってきたことが報われたというか。プロの世界では結果を残してタイトルを獲ることも大事ですが、一人の選手としてああやって送り出されることはなかなかないなと。自分は包み隠さず、常に本気で向き合ってやってきたので、それを分かってくれていたんだなと。SNSなどで色々と厳しい声もあったことは知っていたので、多少は「嫌われているのかな」と思うこともありました。でもあのリアルな光景を見た時に、「分かってくれる人は分かってくれるんだ」「やってきて良かったな」と、あの試合でもろに感じられました。あれで引退への決意が少し固まった部分もあります。これほど幸せな選手はいないんじゃないかと。もし他のチームに行った時、あれほど愛されることがあるのだろうか。そう思った時に、「ああ、もうここで終えてもいいのかな」という考えがちらつき始めました。それが今回の決断に結構影響していますし、それが本音ですね。
東:また一緒に仕事をしたいですね。それが東京なのかどうかは分かりませんが。間近で見て、本当に成長させてもらった立場なので。まずは大分に帰って、指導者としてイチからちゃんと勉強して、ライセンスもとりに行かせてもらって、その先ですね。まだ先がどうなるか分かりませんが、指導者としてまたスタートするので、勉強して頑張っていきたいです。
Q、最後に森重選手から、引退される東選手へ、これからの人生に向けたねぎらいとエールをお願いします。
森重:そういう感じの締めなの? 人生へのエール(笑)?
東:お願いしますよ! くださいよ、ねぎらいとエール(笑)!
森重:引退というものは、遅かれ早かれ誰にでも訪れるもの。それが早いか遅いかの誤差の問題なので、そこに関しては特に言うことはありません。でも、やっぱり東京に必ず戻ってきてほしいです。その時僕がどうなっているかは全く分かりませんが、東京でこれだけやってきた経験はチームにとっても財産。もちろん大分へ行って勉強する時間はあると思いますが、最終的にはその経験を東京へ還元してほしいというか、東京のためにその力を使ってほしいという思いが強くあります。引退しても、立場は違えどまた東京で一緒に戦おうというのが、慶悟へのエールです。
東:そうなれたら最高ですね。僕もそのために、また東京が「慶悟を戻したい」と思ってくれるように頑張るしかないと思っています。僕が監督でモリくんや佑都さんが選手、なんて可能性もゼロじゃないですしね(笑)。少し距離は離れますが、頑張りたいと思います。
(文中敬称略)
取材日:8月31日
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