【浦和レッズ】「基準を示す」瀬古 樹が見せる“違い”と“姿勢”
横浜F・マリノスに3-2で逆転勝利した浦和レッズは、今シーズンのリーグ初勝利を飾った。
「どこか不思議な感覚もありました。今までならば、アウェイの空気のなかに飛び込んでいったあの埼玉スタジアムが、自分のホームになるなんて。抽象的な表現しかできなくて、申し訳ないですけど、そう思ったんですよね」
58分から途中出場すると、ピッチの上で勝利の瞬間を迎えた。浦和レッズの選手として初めて味わう埼玉スタジアムでの勝利だった——。
「これからは、ここが自分のホームになるのか」
試合中に聞いた声援には、サッカーの本場・イングランドの“声”ともまた、ひと味もふた味も違った力強さを感じた。
「イングランドでは応援というよりも、一つひとつのプレーに沸くようなところがあって、どちらかといえば雰囲気を作ってくれている感じがありました。ずっと声援を送り続けてくれている浦和レッズの応援は、ホントにすごい。こんなに声の出るチームで自分はサッカーをしたことがなかったので」
横浜FC、川崎フロンターレを経て2シーズンを過ごしたストーク・シティFCでは、加入した2024/25シーズンにEFLチャンピオンシップ(イングランド2部リーグ)で25試合に出場した。2025/26シーズンは43試合に出場と、さらに存在感を増していた。新シーズンを迎えるに当たって、自身の進退であり、キャリアを考えていたなかで、届いた浦和レッズからのオファーだった。
「最初から熱量を感じたことが加入を決めた理由の一つでした」
これまでのキャリアを振り返っても、決断するときに大事にしてきたのは、その熱量だった。
「選手として本当に自分を必要としてくれているクラブを、いつも選んできました。それは変わることのない僕の信念で、そうした熱量のあるオファーをいただきました」
「ストークに残るという選択肢はもちろんありましたよ。状況を明かせば、新シーズンに向けて中盤に3人の選手を補強していて、昨シーズン43試合に出場しながらも、また一番下からのスタートだなとも思っていました。それもあって2年目のシーズンが始まるときと同様に、最大限の努力をしなければいけないなと、地道に取り組んでいたら、プレシーズンマッチでは、またスタメンで起用されることも多くなっていきました。
だから、監督も昨シーズンから代わっていないので、ここでプレーを続けたほうが苦労は少ないのかもしれないな。そういったことを思ったりもしましたけど、自分のなかで平坦な人生を歩みたくないなという気持ちがあった。今までもチャレンジしたいなと思ったら、より自分にとって挑戦するほうを進んできたので、今回も……」
日本に帰る。浦和レッズでプレーする。それが彼にとっての挑戦であり、信念に従った心の声だった——。
「向こうでダメになって帰ってくるのではなく、今、帰ってくることに意味があるのではないか。『何であいつは帰ってきたのか』と思われるようなプレーをJリーグで証明しよう、と。その覚悟を決めてからは、イングランドでどれだけ自分が進化したかをピッチで示すことしか考えていなかったですね。最終的には、向こうで培った基準を浦和レッズで示そうと思って、それを加入してからはやっているところです」
その片鱗は、浦和レッズの選手としてピッチに立った4試合で、すでに見ることができる。彼の言う基準は、プレー、経験といった選手としての能力だけでなく、人としての厚みであり、年輪でもある。
「サッカーどうこうというよりも、外的な環境の変化にいきなり驚かされましたね。結局、そのシーズンは暫定監督も含めて4人の監督のもとでプレーすることになりましたから。言語も異なっていたり、訛りもある英語だったりして、サッカー的な言い回しについても、慣れてきたなと思ったら監督が代わるといった感じだったので、まさにこれがヨーロッパか、イングランドかと思いながらやっていましたね」
目まぐるしく状況が変わる可能性をはらんだ環境のなかで、“外国籍”の選手として、自分の“存在価値”を示さなければならなかった。その日々は、彼に個性を自覚させ、タフさを身につけさせた。
リーグには日本人だけではなく、韓国人も含めてアジアから挑戦している選手たちもいたが、その多くはアタッカー。中盤の底でプレーする彼とは異なり、特長ははっきりとしていた。
「向こうでの見られ方としては、アジア人選手として見られるので、そのなかで他の選手やチームメートと同じことをしていても意味がないと思いました。ストークでも存在感を示すために自分にしかできないことを、しっかりと自分の意思を持ってやろうと考えました。それがチームにとってプラスになることは、川崎時代に学べたので、ヨーロッパでも同じだと思えたんです。もちろん、すべてのアベレージを上げていくことに加えてですけどね」
ピッチの中央で、前と後ろのつなぎ役としてテンポを作っていく。川崎でも示していたキープ力、パスセンス、それに伴うゲームコントロールは、EFLチャンピオンシップの舞台に立ってなお、自分の特長だと再認識することができた。
「向こうでも、そこが自分の個性の一つだと感じられたところが強くありました。2シーズンで数字としては1アシストしか残していないので、ゴールに直結するプレーができたかを問われると、課題はありますけど、自分の特長は向こうでも通用したところであり、『あいつが出たときのチームはいつもと違うよね』といったところが評価してもらえたと思っています」
先発で起用し続けてくれたスペイン人指揮官のナルシス ペラッチ監督、スタンドで沸く観客の声、何より困ったときに自分を探してくれるチームメートから、その信頼を実感した。
「じゃあ、どうするのかと考えたとき、自分が移籍するのか、それとも地位や信頼をつかみ直すのか。幾つか選択肢があるなかで、環境を変えるのって簡単だと思ったんですよね。当然、試合に出られない時期には、『海外まで来て自分は何をやっているんだろう』って考えたこともありましたけど、このままじゃダメだと思って、新シーズンを前にしたキャンプでは、気持ちを新たにしました」
チーム内における序列は、日本以上に明らかだった。育成年代のチームで試合に出ることもあったが、いつか訪れるかもしれないチャンスに備えて、自分を律し、自分を奮い立たせ続けた。
だから、掴むべくして彼は一度切りのチャンスをものにした。
「もう、『ここだな』って。この試合で自分が必要だって思わせるしかないなって」
選手の移籍や怪我も重なり、巡ってきたプレミアリーグ勢とのプレシーズンマッチで力を示すと、ダービー・カウンティとの2025/26シーズン開幕戦で途中出場からアシストを記録して、勝利に貢献した。彼が“向こう”で残した唯一の数字は、状況を一変させた。
「こいつ使えるぞって思ってもらえるようなパフォーマンスを出せるかどうかというところにフォーカスしてプレシーズンマッチを戦った結果、開幕戦ではメンバー入りして、自分が出たら何かしら爪痕を残してやろうと思っていたときにアシストができた。そこで、ガツッと信頼をつかめたように思います」
その後のリーグ戦43試合出場という結果が、その信頼を示している。浦和レッズで示そうとしている基準とは、プレーだけではなく、そうした姿勢でもある。
瀬古は言う。
「チャンスは転がってきたときに逃さないようにしないといけないし、それをつかむための準備を日頃からしていなければつかめないですよね。だから、『ここだな』とは思いつつも、それを逃さないために日々がある。昨シーズンも、ちょっと足が痛いなというときもありましたけど、ここで自分が休んでしまったら、ポジションがなくなると思ったら、簡単には休めない。それくらい、向こうには人生を懸けてサッカーをしている選手たちがいた。それが僕の基準になっています」
「どちらかというと個人にフォーカスする部分も多かったですからね。イングランドでは自分が外国籍選手になるので、求められているのは個の力になる。足が速いわけでも、パワーがあるわけでもない自分に何ができるのかを考えたら、向こうでは、チームのためになるプレーをすることでした。そこで違いを見せる。浦和レッズでも、向こうで培った強度やスピード感も示したいですけど、チームを動かすことや、他とはちょっと違うと思うようなプレーを見せたい。それがチームを引き上げていくと思いますし、自分がその基準を示すことで、自然とチームの力も上がっていくと思っています」
決してチームの規律や戦術、はたまた決まりごとを度外視するということではない。
「チームとして求められることを全うしたうえで、自分のやりたいことや自分に表現できるプレーを示せるか。そこで色を出せなければ、試合に出るのは、僕ではなくても良くなってしまうと思うので」
「そういうものがあったことも初めて知りました。アウェイの選手として対戦したときは、すでにロッカールームに引き上げていたので、今まで自分が見ることのない光景。浦和レッズのファン・サポーターの人たちにとっては、ああやって歌う瞬間が格別なんですよね。それを知った今は、その回数をたくさん増やしていきたいなと思っています」
再び、その景色を見るために瀬古は、ピッチで自らの基準を示し、違いを見せる。背番号12をまとっているように、声援を送る人たちの思いを乗せて、ゴールへとつながるパスを送る。
(取材・文/原田大輔)
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