【浦和レッズ】思い出す「さいたまダービー」
レッズとアルディージャとの試合、さいたま市にホームタウンを構える両チームの「さいたまダービー」の開催は実に約9年ぶり。その間にレッズを応援し始めたファン・サポーターは少なくないだろう。その人たちにぜひ知っておいていただきたいこと。そしてかつてダービーを闘った経験のある人に思い出していただきたいこと。筆者の目から見た、さいたまダービーの歴史を紹介しておきたい。
RB大宮の前身であるNTT関東サッカー部とは1996年と1997年の2年連続、天皇杯初戦で当たっているが、当時はJFL所属のアマチュアチーム。それが、翌1998年に大宮市をホームタウンとしてJリーグ入りを目指すプロクラブとして生まれ変わり、名称も「大宮アルディージャ」になった。
レッズがJ1、大宮がJ2だった1999年は、試合後「他会場の結果」に続いて「J2の結果」が発表され、大宮が勝っているとスタンドから大きくはないが拍手が起こっていたし、「土曜日はJ1レッズ、日曜日はJ2大宮」と両方のチームをサポートする人も少なからずいたほどだった。
だが、同じカテゴリーの相手として勝ち点を奪い合う関係になり、さらに終盤に向かってJ1復帰へ勝ち点を積み上げたいレッズにとって、大宮に第33節で黒星を付けられたこと(前述の1敗)は、大きな痛手だった。2000年最後の対戦になった11月16日の第43節(大宮サッカー場)は、J1復帰へ勝利しかないという状況と合わせて、前回の雪辱を期して応援は大変に過熱した。
横浜フリューゲルスがあった1993年から98年までは、マリノスとの「横浜ダービー」が注目されたが、1999年以降は同じ都市に2つのJ1クラブが存在したことはなく、7年ぶりに行われる「同一都市内ダービー」としてさいたまダービーは全国的にも注目された。
一方、両クラブのファン・サポーターの意識は若干違っていたかもしれない。
横浜ダービーの場合は、元々あった横浜市に2つのクラブが誕生したものだ。マリノス、フリューゲルス、両サポーターのライバル意識がどういうものだったのかは不明だが、「同じ市内にあるJクラブには負けたくない」というものがベースだったのではないかと思う。
さいたまダービーの場合は、浦和レッズと大宮アルディージャという別々の都市にあったクラブが、市の合併によって「同一都市内」になったものだ。合併してまだ5年目で「さいたま市」自体がまだ感覚として定着しておらず、当時のファン・サポーターの中に「同じ市内にあるJクラブ」という意識は薄かったのではないか。
しかし、地域としての浦和と大宮の間にはもともと対抗意識があった。「政治の中心であり文教都市・浦和」「交通の要所であり商業の都市・大宮」というイメージだけとも言えない地域性の違いを誇りとして自負する、それぞれの市民は多かった。また合併前の浦和と大宮は共に人口40万人を超える都市であり、規模的にも拮抗していた。合併の際に、市の名前や市庁舎の場所などでもいろいろと綱引きがあったという。さらに浦和側から言えば、サッカーの歴史では完全に大宮を凌駕しており、サッカーで大宮に負けることは考えられない、という気持ちがファン・サポーターの中にあった。
つまり「同一市内の2クラブの戦い」というより「浦和と大宮の戦い」というのが当時のさいたまダービーの性格だったと言える。
J1でのさいたまダービー初戦は2005年の7月9日、レッズホームの第15節だった。ちなみに会場は埼玉スタジアムだったが、当時大宮も埼スタをホームとして多く使用しており、過去の結果を見る際に会場名だけはどちらのホームかわからない。
この記念すべき、さいたまダービーの初戦でレッズはアルディージャに1-2で敗れた。しかもホームで。レッズのファン・サポーターの悔しがりようは尋常ではなかった。
この試合はさいたまダービーの性格を方向付ける一戦になった。
レッズの選手たちからは試合前に「ダービーをあまり意識しない」という発言が多く聞かれ「34試合の1試合」という捉え方をしているようだった。それは必要以上に力が入ることを避けるための発言だったかもしれないが、鹿島アントラーズとの対戦前とはだいぶ違った印象だった。またファン・サポーターには前述したような大宮という地域へのライバル意識はありつつも、サッカーでは「負けるはずがない」「一蹴できる」という気持ちが強かったと思う。たとえば鹿島戦はホームでもアウェイでも試合前から息苦しくなるような緊張感が漂うが、この試合は通常の試合に近い入り方だった。
つまりレッズ側は選手もファン・サポーターも「ダービーだから燃える」というものはそれほどなく、もしかしたら「自分たちが格上」という意識も隠れていたのかもしれない。
アルディージャ側を直接取材したことはないが、「この一戦」にかける思いの選手は多かったはずだ。
相手のレッズは、前年チャンピオンシップで敗れたもののリーグ2位だったチームであり、この対戦時も3位だった。またJ1の先輩で、リーグ最多の入場者を誇る人気チームだ。J1初昇格のアルディージャが、絶対に勝ってやろうと爪を研いでいた姿は容易に想像できる。
メンタルの違いだけで勝敗が決まるものではないが、試合を戦う上での“熱さ”に違いがあったのは否めなかった。
選手たちは、アルディージャがどれだけ大きな闘志を持ってぶつかってくるか実感したし、ファン・サポーターも「負けるはずがない」「一蹴できる」という“格上”意識が、「絶対に負けない」「一蹴してやる」という戦うエネルギーに変わった。
その年の後半戦、アルディージャホームのダービーは3-1でレッズが勝ち、翌2006年は2勝。本来の力の差が結果に反映されたように思えた。
しかし、2007年以降は引き分けや負けが目立ち始め、2017年までのJ1での通算成績はレッズの9勝7分け8敗と非常に拮抗した記録が残っている。
レッズ側は、選手もファン・サポーターもさいたまダービーをはっきり意識し「絶対に負けられない」という姿勢で臨んでおり、“緩み”は感じられなかった。試合日程が出るとダービーの日を探すファン・サポーターも少なくなかった。対アルディージャ用の応援グッズを作ったサポーターもいた。アルディージャを揶揄するチャントも作られた。
鹿島戦などとは性格が違うが、間違いなくアルディージャ戦は特別な一戦になっていたのだ。
この通算成績が表すものは、よく言われる「ダービーは、そのときの両チームの順位は関係ない」ということなのかもしれない。
「ファン・サポーターも気合が入っているので、僕らも負けられないという感覚はありました。対抗心むき出しの相手に流れを持っていかれてしまう試合と、こちらが良い試合をして勝つ場合と、けっこう分かれる感じでしたね」と振り返る。
そして「もう9年ぶりなんですね。そういうことは僕らが若い選手に伝えていかなくてはいけないと思っています。明日の試合は公式戦ではないですが、僕らはガチンコでやって、見た人が『今季の浦和レッズ面白いじゃん』と思ってくれるきっかけにしたいと思います」と述べた。
明日の試合は公式戦ではなく、かつてのダービーとは趣が違うかもしれない。
しかし、クラブ体制が替わり、勢いに乗るアルディージャがこの試合でレッズを倒し、J1昇格への弾みにしたいと考えていることは想像がつく。
またレッズも、曺 貴裁監督がキャンプ中にコメントしたように、新生レッズの姿をファン・サポーターに見てもらう初めての機会であると同時に、開幕1週間前の仕上がり具合をチェックする重要な試合だ。
さいたまダービーの歴史を頭の隅に置きながら、この試合を見ていただければ幸いだ。
(取材/文・清尾 淳)
- 前へ
- 1
- 次へ
1/1ページ