【コラム】完璧だったからこそ
「私はずっと完璧という言葉を使ってきた。私にとって完璧とはスコアボードに出る結果のことじゃない。勝利とは違う。君達やその家族、友達との関係のことだ。完璧であれば、友達の目をまともに見て、失望させていないと自信をもてる。誠実な生き方だ。誠実とはやれることは全部やったとういこと。そう生きられるか?ベストを尽くし、澄んだ目と愛情を持ち続けろ。それができれば、完璧だ。永遠に輝く試合が始まるぞ」
ありがたいことにこの仕事をしていると、「これのことか」と、この言葉がストンと腹に落ちるような瞬間がある。昨シーズン決勝戦の後半24分がそれだった。あれからもう1か月半。スピアーズの新しいチームが動き出す。あの完璧な瞬間が、このチームに残したものはなんだったのだろう。
何百何千と組んできたハドルが示したもの
徹底したコンテストキックをきっかけに、全員の粘り強いディフェンスとフォワードのセットプレー。フォーリー選手が正確にゴールを刻み、為房選手がトライを取り、13対13の同点で折り返し。スコアやスタッツ以上に、試合展開から全員がチームのプランを信じ切って戦う、というシーズンの軌跡を凝縮したような40分だった。
ただこの試合のハイライトは、6点を追う後半24分の逆境の場面にこそある。
自陣ゴール前に追い詰められ、誰もがスティーラーズのトライを予感したあのスクラムの直前。そこには、固く綺麗な円になったスピアーズのハドル(円陣)があった。練習でも試合でも、このシーズンだけで何百何千と組まれてきたあのハドル。仲間の肩を寄せ合う選手たちは、互いの顔を澄んだ目で見つめ、あらゆる言い訳を捨てて、目の前の仕事に向き合う誠実さがあった。
その後、チームは12フェーズに及ぶディフェンスで粘り切り、ピンチを脱出した。互いを信じ、自らのやるべきことを一つひとつやり切った選手たち。その姿が、スタジアムの空気を一変させた。観客席の隅々にまで、再び熱い血潮が巡っていくのを感じた。
「完璧だ」
久しぶりにあの映画のセリフが降りてきた。それと同時に体が自然と動く。記者席を立つと、ピッチへと急いだ。試合後の自分の仕事をするためだ。
「優勝すれば選手に撮影が押し寄せる。優勝セレモニーの順番や胴上げの向きも決まっている。試合後のピッチは興奮の渦。選手たちはそれを味わえばいい。ただその横でフォトグラファーが良い画を撮れるようフォローする人間が必要だ。その時のために、自分の仕事の準備をしよう」
選手の戦う姿が、自分の背中を押していた。
ラピースの声、そしてノーサイドの瞬間のフォーリーの姿
聞き慣れた声が耳に入ってきた。同時に体に懐かしい感覚がよみがえった。
この声は、スクラムでラピース選手が仲間のプロップを鼓舞する声だ。この感覚は、現役時代にスクラムを組む前に受けた、彼の強烈な後押しの感覚だ。彼はいつだってスクラムのたびに声を張り上げ、全力で仲間を押した。その声は、決勝の国立でも変わらず響いていた。イヤホン越しに「変わってないな」と思い返すと、なぜだか足に力がわいた。
ピッチに降りるとスコアボードは動いていなかった。ただ時間は残り数分。後半40分には、相手のペナルティゴールが決まる。点差は9点。逆転はほぼ不可能だった。
けれど、勝負は決していない。選手はあきらめていない。真っすぐに勝利だけを見つめている。だから、自分も前を向こう、強くいよう。最後までプレーを見届けよう。
視線を上げると、押川選手との交代を終えたフォーリー選手が、ゆっくりとグラウンドを横切っていた。その視線の先には、最後まで戦う仲間たちの姿があった。
そして試合終了のホーンが鳴る。歓喜に沸く赤いジャージーの波が、グラウンド中央へとなだれ込んだ。
その手前に、膝を付き、うなだれる選手の姿があった。フォーリー選手だ。まだベンチにたどり着いていなかったフォーリー選手は、芝生の上で敗戦を噛み締めていた。カメラは勝者を写す。だからこの姿は、どのレンズにも捉えられていない。いつも陽気な彼だけに、珍しい姿だった。1分、いや30秒か、ただ一人芝生に目を落として俯いたフォーリー選手は、立ち上がり前を向くと、戦いを終えた仲間を抱きしめた。
そして今、新しいシーズンが始まり、退団した選手たちのネームプレートは外され、ロッカーには新たな名前が並ぶ。
けれど、 次の世代に受け告げられるものとは、目に映るものだけとは限らない。
ロッカールームで過ごした他愛もないように思えた時間。あの日の国立で、ハドルの中で見えた澄んだ目と、その後の12フェーズを耐え抜いた執念。仲間を奮い立たせた声。そして、人知れず悲しみながらも、最後は仲間を労うあの姿。
それらは勝つためにあった。けれど同時に、勝敗では測れないものだった。
過去に残されたそんな瞬間は、 まるでボールをパスするかのように新しいチームに託される。そうして、さらに逞しくなったチームが、いつか栄光を掴むとき。笑顔で仲間と抱き合う、そんな姿が見られたとき。きっとまたこう思うだろう。
「完璧だ」と。
【告知】あの瞬間の舞台裏を、もっと深く
写真:チームフォトグラファー 福島宏治
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