【筑波大学蹴球部×株式会社フカガワ】「複数の立場を経験する」ことが、本当の強みになる
昨年、関東大学サッカーリーグ1部で優勝した筑波大学蹴球部と、空調ダクト業界シェアNo.1を誇る株式会社フカガワ。両者の対談から見えてきた「人材育成の本質」とは。
一方、フカガワ社で営業から経営層へと歩んできた前村本部長は、「現場での経験こそが人生の基礎になる」と語る。
二つの異なる環境で挑戦を続ける者たちが語り合う中で浮かび上がったのは、自らの立場や経験を広げることの重要性である。
蹴球部と企業が教える「人を動かす力」
それは企業のマネジメント研修にも匹敵する実践的なものだ。
競技者として、あるいは組織の運営者として、複数の立場を同時に経験することで、学生たちは何を見つけたのだろうか。
ゴールキーパーから組織を運営する幹部へ —立場が変わると、見える世界が変わる
筑波大学蹴球部で選手を続けながら、チーム全体の事業面を統括する幹部(副務)に就任した高橋陽(体育専門学群4年)は、「長い間、トップチームに入ることしか考えていなかった」と振り返る。
一般入試で入学した一人の選手が、組織全体のスポンサー収入、チケット収入、イベント収入などを管理する「事業責任者」に立候補した。
「蹴球部の価値をもっと広めたい」——その強い想いが、彼を動かしたのである。
大学で4年間サッカ-を続け、単にプレーするだけでなく、「ピッチの外側も自分たちで運営する」という稀有な経験ができるのは、大学スポーツならではの特権だ。
副務への就任を機に、彼の視点は「自分たちのチームをどう守るか」から「部員250人の組織をどう動かすか」へと転換した。
競技者と組織運営者という二つの立場を同時に持つことで、彼は初めて「蹴球部全体」を俯瞰して見ることができるようになったという。
部活も会社も「予算管理」が組織を変える
「学校教育の一環である部活が、金儲けを考えるべきではない」という固定観念は根強い。
しかし、250人もの部員が在籍し、地域貢献活動やイベント企画、トレーニング施設の運営などを多角的に行う筑波大学蹴球部の規模ともなれば、資金の調達問題は避けて通れない重大な命題だ。
高橋自身、ハワイ大学やカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)へ短期留学した際、米国大学スポーツの圧倒的な現実を目の当たりにした。
「アメリカでは外部資金を積極的に獲得し、それが競技の強化費に還元されている。そればかりか、学生アスリートが学業を疎かにしないためのサポートシステムや、優秀な指導者を雇用するための原資にもなっていた」
はたして、自分たちの組織はどうだろうか。
毎年の部費は誰が決めているのか。どの活動にいくら使われているのか。
そもそも、各部門が何にお金を使っているのかさえ、部員の誰も把握していない状態だった。
「これはまずい」——学生たちはそう気づかされた。
彼らは、これまでの「前年踏襲でなんとなく予算を割り振る」という悪弊を改め、「この活動に、本当にこの予算は必要なのか」と根本的な問い直しを始めた。
その結果、普及活動の回数を増やしたにもかかわらず、予算を約65%削減することに成功したのである。
「自分たちが確かな価値を提供できれば、対価(お金)をいただくことができる」
この確固たる思想のもと、事業推進の意義について幹部間で徹底的な議論を重ねた。
これは単なる「節約」ではない。学生たちが、組織の「経営意識」を持った瞬間だった。
対談に参加したフカガワ社の前村本部長は、この取り組みに深い感銘を受けていた。
「部活動を通じて事業を考える経験は素晴らしい。部員たち自身がお金について真剣に議論し、体制を構築したことは驚きです。私たちのような企業でも、全く同じ意識を社員に持たせるようにしています」
会社経営において、予算と実績の管理を四半期や半期、年度ごとに徹底するのは経営管理の基本中の基本だ。
筑波大学蹴球部の学生たちが実践しているのは、まさにこの「経営的思考」そのものなのである。
営業と製造、サッカーと事業 —「対立」をどう乗り越えるか
それを実現するべく10年計画を立てた氏は、まず最初のステップとして「営業成績トップ」を目指した。
それは単に数字を誇るためではなく、「社内で自分の話を聞いてくれる味方を増やす」という戦略的思想に基づいていた。
実績がなければ、どんなに優れた正論を吐いても誰も耳を傾けてくれない。
ビジネスの厳しい現実を理解していたからこそ、まずはプレイヤーとして圧倒的な結果を出すことに注力したのだ。
しかし、結果を出して役職が上がると、今度は別の壁にぶつかる。
「部署間の対立」だ。特に「営業部」と「製造部」は対立しやすい。
営業が「もっと早く、もっと安く作れ」と要求すれば、製造は「現場の状況を無視するな」と反発する。
当時、営業所長だった前村氏はこの対立を解消するため大胆な行動に出た。
自ら工場に入り、ダクト(空調用の管)を作る製造業務を実際に体験してみたのだ。
「まったくの素人で下手くそでした」と前村氏は笑う。
職人たちが持つ高度な技術は、営業職の自分には到底真似できるものではなかった。
この現場経験が、彼に決定的な気づきを与えた。
営業の立場から製造部を変えようとしても反発を生むだけだ。
変えるべきは現場の大変さを知らない「営業部の意識」のほうである。
工場から戻った彼は、部下の営業マンたちにこう説いた。
「製造部の人たちは、君たちには到底できない技術をもってプロの仕事をしてくれている。まずはその仕事に敬意を払い、理解した上で、謙虚にお願いする気持ちを持ちなさい」
相互理解——それは、立場の違う世界の熱量を、身をもって経験することで初めて生まれるものなのだ。
これと全く同じ構図が、筑波大学蹴球部でも起きていた。
事業部門の傘下にある「企画部」がホームゲームを企画する際、試合を盛り上げるためには部員全員の協力が欠かせない。
しかし、全員に無理やり仕事を強制すれば、組織に不満が溜まってしまう。
そこで企画部が出した答えは、「強制するのではなく、部員全員が当事者として楽しめるイベントを一緒に作ろう」という姿勢への転換だった。
「観客と部員が一体となって作り上げるイベント」だからこそ最高の熱量が生まれ、そこにチケットを買う価値(事業価値)が宿る。
部活動であれ企業であれ、異なる立場の人々を「想像し、理解する」という経験なしに、組織が真に駆動することはない。
そしてその想像力は、自らが複数の立場を経験して初めて獲得できるものなのだ。
複数の経験を「重ね合わせる力」がリーダーシップを育む
——私たちは常に、異なる立場や価値観が交錯する中で生きている。
その複雑さの中で、多様な人間を巻き込み、組織を動かすために必要なものは何だろうか。
前村本部長は、社内研修で「マネジメントとリーダーシップの違い」を伝える際、難解な理論ではなく、極めてシンプルな言葉を使うという。
「強いことと優しいことは、一致していなければならない」
複雑な時代だからこそ、この本質的なシンプルさが最大の武器になる。
難しい経営理論で部下をコントロールしようとしても、心には響かない。
同じことが蹴球部の目標設定でも起きていた。
「リーグ優勝を目指す」というスローガンは一見シンプルだが、部内にレベル別の複数のチームが存在する250人の巨大組織では、全員がそれを「自分ごと」にするのは難しい。
そこで彼らは、「すべてのチームがそれぞれの舞台でワクワクできる目標」を設定し、組織全体を包括する大きな視点へとアップデートした。
複数の立場を経験した人間だからこそ、異なる境遇にいる人が何を望み、どうすれば主体的に参加できるかを見抜くことができる。
この「統合する力」こそが、真のリーダーシップであり、複数の経験を「重ね合わせる力」の本質なのだ。
今、この瞬間の経験が、10年後、20年後の人生を決める
前村本部長は、社の入社式で新入社員にそう語りかけている。
時間は私たちが想像するよりも遥かに早く流れる。
だからこそ、学生時代という限られた時間の中で「どのような立場で、何を経験したか」が、その後の人生の骨格を決定づける。
彼自身、学生時代に柔道やヨットに打ち込み、同時に「遊び尽くした」という多様な原体験が、ビジネスにおいて柔軟で広い視野を持つマネージャーとしての基礎を形作ったと回顧する。
筑波大学蹴球部の学生たちは今、まさに競技者としての限界に挑みながら、同時に組織運営という経営の荒波にも揉まれている。
当然、最初からうまくいくわけではない。
予算管理のシビアさ、人間関係の軋轢、重大な意思決定に伴う重圧
――日々、多くの壁にぶつかっているはずだ。
しかし、その泥臭い試行錯誤のプロセスすべてが、彼らの確かな血肉となっている。
部活動とは、単に競技力を高めるためだけの場所ではない。
社会に出る前の、「複数の立場で物事を判断する力」「異なる価値観を持つ人と協働する力」「複雑な課題をシンプルに紐解く力」をコンクリートの現場で学べる、人生で最も贅沢な教育の場なのだ。
選手としてピッチで輝くことは素晴らしい。
しかし、もしあなたの元に「組織を支える幹部や裏方の役割」が回ってきたなら、迷わずそのチャンスを掴み取ってほしい。
その時経験する「複数の視点」こそが、将来、あなたを誰も代わりのきかない本物のリーダーへと成長させることにつながると確信するからだ。
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