【筑波大学蹴球部×株式会社フカガワ】「どちらか」でなく「どちらも」——二刀流の実践者に学ぶ越境哲学
——「これか、あれか」で迷うあなたへ
「後悔したくない。けれど、中途半端にもなりたくない」
という葛藤を抱えている。
あなたも「これか、あれか」の選択に悩んだことはないだろうか。
「サッカーに打ち込みたいが、将来のために勉強も妥協したくない」
「部活動に熱く取り組みたいが、他にも経験したいことがある」
こうした迷いは、多くの大学生が直面する現実だ。
入学当初は明確だった目標も、大学という広い世界で多様な選択肢に触れるうちに揺らぎ始める。
「時間は有限なのに、やりたいことは増えていく」
その結果、どれか一つを優先すれば、他は諦めなければならないという「二者択一の錯覚」に陥ってしまうのだ。
しかし今、筑波大学の蹴球部(サッカー部)が、この問い自体を根底から覆そうとしている。
彼らが示すのは、「これか、あれか」ではなく「どちらも」という、新しい生き方の肯定だ。
「後悔しないためには一つに絞るべき」という固定概念を打ち破るべく、医師でありながら企業経営者という「二刀流」を実践する深川和己氏と、未来を切り拓く現役部員たちによる対談から、そのヒントを探る。
開かれた環境が人を育てる——多様性の力
しかし、最初からそうした風土があったわけではない。
かつては「就職活動をしていると、サッカーに集中していないとみなされる」ような、閉鎖的な時代もあったという。
そんな組織の常識を塗り替え、昨シーズン関東大学サッカーリーグ1部優勝、そして全国大学サッカー選手権大会優勝へと原動力を与えた二人の学生がいる。
小川 遼也(体育専門学群4年)と、武中 俊樹(医学群医学類3年)だ。
小川はトップチームのレギュラーとして活躍する中心選手でありながら、一般入試で入学した。
一方の武中も同じく一般入試組で、将来の医師を目指して過酷な医学部での学びと部活を両立させている。
約250人が所属する同部には、プロ見据えの精鋭から未経験者まで、多様なバックグラウンドを持つ人材が集まる。
まさに筑波大学が掲げる「開かれた大学」という理念を体現した組織だ。
セレクションなし。経験不問。
そんな特徴を持つ同部は、過去の実績ではなく「ここで成長したい」という熱意を持った選手たちが6つのカテゴリーに分かれて切磋琢磨している。
驚くべきことに、大学からサッカーを始めた部員もいるという。
「大学からサッカーを始めた人がいるのですが、誰よりも練習しているんです」(武中)
経験の有無にかかわらず、心の底から「やりたい」と思えば挑戦できる環境。
これこそが、多くの学生を惹きつける筑波の魅力の本質だ。
さらに特筆すべきは、学生主体の組織運営だ。
選手だけでなく、アナリスト、トレーナー、審判といった専門的な職種(部署)が独立し、学生たちの手で運営されている。
多くの大学の運動部が「選手かマネージャーか」という二極化に留まる中、筑波では複数の専門領域がグラウンド上で高度に融合している。
高校時代に10校以上の大学に自らアポイントをとって練習参加し、最終的に筑波を選んだという武中は当時をこう振り返る。
「他の大学では、下のカテゴリーのチームに専任コーチがいないこともありました。でも筑波は違った。どのカテゴリーにも必ずコーチがいて、同じだけの練習時間とグラウンドが確保されていた。そんな『全員がギラついているチーム』は、本当に筑波だけでした」
この「開かれた環境」が多様性を生み、その多様性が個々の成長を爆発的に加速させていく。
熱は下から熱くなる——空気を変えやすい組織
チームの練習時間は「1日に約60分」という極めて短い時間に設定されている。
他大学が通常2時間ほどのチーム練習を行う中、筑波は短い時間で「チームとしてやるべきこと」を凝縮して行う。
その後の時間はすべて個人の自主性に委ねられるのだ。
「やる気のある者はどんどん上に行くし、やらない者は置いていかれる。ある意味で非常に厳しい環境」
だが、この設計こそが重要となる。
一般入試で入学し、トップチームに這い上がった小川は、この環境で大きく化けた。
「自分に何が足りないのか、どう練習すればどこまで伸びるのかを自分自身で『実験』し続けました。『この練習をすればこれくらい上手くなる』という感覚を掴み、エラーを恐れずに繰り返せるようになったんです」
こうした個人の成長と熱量は、組織の壁を越えて波及していく。
小川は先輩たちにも物怖じせず貪欲に教えを請うた。
「ライバルとなるポジションの先輩二人の動きを徹底的に観察して、質問を繰り返しました」と語るように、主体的な学びが選手の成長を加速させる。
そして、この熱量はチームの上下を問わず循環しているのが特徴なのだろう。
「トップチームの公式戦をみんなで応援するだけでなく、トップチームが下のカテゴリーの試合を応援しに行く。上下関係なく全員で応援し合える。その空気感が素晴らしい」
下のカテゴリーの選手たちが泥臭く懸命にプレーする姿を見て、日本一を目指すトップ選手たちが「俺もやってやる」と奮起する。
熱は下から熱くなる——そうして組織全体の空気を変えていく。
それこそが筑波の強さなのだ。
二つの夢を、どちらも手放さない——越境する若者たち
しかし彼には、もう一つの大きな夢がある。
それが「医師になること」だ。
両親が医師という環境で育った小川は、その背中を見て育った。
「人の命のために精一杯頑張っている二人の姿が、ものすごく輝いて見えたんです。医者になれと言われたことは一度もなく、『好きなことをやりなさい』とだけ言われて育ちましたが、高校時代までずっと、プロサッカー選手と医師という二つの夢を追いかけてきました」
多くの人は「どちらか一つに絞れ」と言うかもしれない。
しかし小川は
「一本だけで生きていきたいという気持ちはなくて、どちらも追いかけたい」と諦めなかった。
蹴球部にはこれまで、医学部に所属しながらトップチームでプレーする選手はいた。
しかし、Jリーグで選手として活躍した後に医学部進学を目指す選手は、おそらく前例がない。
そんな彼の戦略は、人生の「順番」をデザインすることだという。
「31、32歳までの約10年間はプロサッカー選手として全力を尽くし、そこから医学部に挑戦するというプランを描いています」
若いうちにしか挑戦できないプロのアスリートの道を先に行き、その後に医学の道へ進む。
この明確なタイムラインこそが、両方の夢を現実にするカギとなる。
「審判という形で部に貢献しようと決め、今は審判活動に専念しています。将来的にはプロの審判になり、ワールドカップの舞台で笛を吹きたい」
大怪我を機に部活を去る選択をする学生も少なくない中、武中は違った。
選手としての経験があるからこそ、生み出せる価値があると考えたのだ。
「選手目線での見え方と、審判としての見え方のギャップを埋めていく作業。これは選手をやっていたからこそできる強みです」
複数の立場を経験したからこそ、サッカーへの理解はより深まる。
彼は「選手上がりのプロレフェリー」という独自のキャリアを見据えている。
「選手をやっていたからこその強み」は、もう一つの夢にもつながっている。
医師を目指す武中が思い描くのは、スポーツドクターの道だ。
怪我の痛みも、回復への不安も、患者として知っている人間が治療する側へ回る。
選手としての経験そのものが夢へとつながる一つのピースとなるはずだ。
医師であり経営者:深川社長が示す「越境の哲学」
医師(眼科医)としての臨床を続けながら、父親が創業した会社を引き継ぎ、経営者としても手腕を振るっている。
その半生は、決して平坦なものではなかった。
慶應医学部で医学を極め、研究成果を国際学会で発表するなど、順風満帆に見えた“自ら選択した人生”は、父親からの「いつまで医者をやるつもりだ」という一言で急転する。
「かなり迷いました」と当時を振り返る深川社長。
まさに「医学か、経営か」という究極の二者択一を迫られた瞬間だった。
しかし、当時の医学部長からかけられた言葉が、彼の運命を大きく変える。
「両方やりたいなら、両方やる方法を考えればいいじゃないか」
その発想に驚きつつも深く納得した深川社長は、信頼できる後輩医師を自らが経営する病院の院長として招聘し、仕組み化を徹底した。
親の会社を経営しながら医師としても活動を継続できる、独自の「二刀流」のスタイルを確立したのだ。
深川社長がこの対談を通じて、蹴球部の二人に強く訴えかけたのが「優先順位の重要性」だ。
「本当にやりたいことをしっかりと見据えて行動すれば、時間は必ず作れる。本当にやりたいことなら、絶対に諦めてはいけない」
深川社長が率いる株式会社フカガワでは、社員が複数の立場で経験を積める環境づくりを大切にしている。
複数の視点を持つ人間だからこそ、既存の枠組みに捉われない問題解決ができる。
それこそが、組織を革新する力になるからだ。
点はいつか線になる
「若い頃に必死に取り組んだ一見バラバラな経験が、将来思いがけない形でつながり、線になる」という意味だ。
・小川遼也の「プロサッカー選手としての経験」と「医学への道」
・武中俊樹の「選手としての感覚」と「審判としての視点」
・深川社長の「医学の視点」と「経営の視点」
一見、交わらないように思える領域の経験が、未来のどこかで必ず結びつく。
対談の最後、深川社長は熱を込めてこう語った。
「二足のわらじを履くことを『中途半端』と捉えがちな、日本社会の固定概念を一緒に変えていきたい」と。
「日本初の、Jリーガーを引退して医師になった男」
「日本初の、医師でありながらワールドカップで笛を吹くサッカー公式審判員」
筑波大学から、そんな新しい時代のスタンダードが次々と生まれることを、深川社長は強く後押ししている。
大学時代は、リスクを恐れずに何にでも挑戦できる、人生で最後の自由なモラトリアムかもしれない。
社会に出れば、複数の分野に同時に飛び込むハードルは高くなる。
だからこそ、今この瞬間に、境界線を越えて多くのことに挑戦しておくことが価値を持つのだ。
そして今、そうした「越境」の経験を評価し、活かせる土壌は日本社会にも確実に広がりつつある。
株式会社フカガワのように「多様性と挑戦を大切にする企業」があることを、現代の大学生たちはもっと知るべきだろう。
複数のキャリアを築き、自分だけの人生を歩みたいと願う学生は少なくない。
筑波大学蹴球部の彼らが切り拓く道、そして深川社長が体現してきた生き方を、ぜひ自分の一歩を踏み出す糧にしてほしい。
あなたの夢は、いくつあっても決して矛盾しない。
それらの点は、やがて一本の美しい線となり、あなたの人生を誰も真似できない未来へと導いてくれるはずだ。
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