【FC町田ゼルビア】~THIS IS MY GAME~文岡紀輔さん(マーケティング部)

FC町田ゼルビア
チーム・協会
FC町田ゼルビアに関わる人物に焦点を当てる『THIS IS MY GAME』。第3回は、ホームゲームの集客やチケッティング業務に従事するクラブ職員、マーケティング部の文岡紀輔に焦点を当てた。

【©FCMZ】

あの日見た“満員の景色”がすべての始まり

 文岡紀輔には忘れられない感動した光景がある。横浜DeNAベイスターズの本拠地『横浜スタジアム』。高校生の頃からベイスターズのファンとなり、TVで応援する時に見ていたスタンドは閑散とした印象だった。チームの順位も下位ばかり。それから数年が経ち、大学生になって初めて足を運んだスタジアムは満員のお客さんで溢れていた。

「僕もこの手でこの光景を作りたい」

 いつかプロスポーツチームに入り、スタジアムをお客さんでいっぱいにする。文岡が決意した瞬間だった。

【©FCMZ】

「熱狂できる環境」を求めて選んだ道

 サッカー界とは無縁の人生を歩んできた。高校時代は野球部でプレーに励んだ後、一浪して都内の大学へ進学。浪人生活の反動からか、2年次までは遊びに夢中になった。だが、本格的に就職活動が始まる3年生になると、千葉県にある実家を離れて新たなチャレンジに出た。

「今のゼルビアで言う学生スタッフをサイバーエージェントで始めました。とにかく熱中して仕事をしたと考えた時に、家から渋谷までの1時間30分を通うのはキツい。渋谷の近くに住みたいなと思った時にたまたま知り合いから近くのシェアハウスを紹介してもらいました」

 下は高校生から上は40歳のお笑い芸人までが住む賑やかなシェアハウスに拠点を構えた文岡は、そこから着々と歩みを進めて行く。インターン生活をはじめた当初はパソコンのブラインドタッチもままならなかったが、毎日練習して習得。仕事内容も書類のコピーや会議資料の準備など当初は雑務からはじまり、営業の部署にいたこともあり、次第にクライアントを持たせてもらえるようになった。何より希望職種で働けるやりがいが大きかった。

「当時もインターネットがまだまだ伸び続けていた時代。僕が就職活動の選択肢として持っていたのが、『熱狂的に働ける環境である』、『伸びている市場で働きたい』という思いがありました。とにかくインターネットを軸にした会社で働きたかったです」

 大学を卒業すると、そのままサイバーエージェントに新卒入社。内定を貰ったタイミングで他の企業をすぐに断るほど、「この会社で働きたい」という思いはより強くなっていた。

 新規事業の部署に配属され、それからは営業や広報、プロジェクトマネージャーを務めるなど、主に3つの部署を経験。無我夢中で働いた。

「誰も答えを知らないところで仮説を持ち、一個、一個、自分が正解を作れるかもしれないみたいなモチベーションでできていたのは良かったし、楽しかったですね」

 年を重ねるごとに仕事に対する自信もつき、充実感もあった。決してサイバーエージェントを離れたいわけではなかったが、入社して5年が経とうとした2023年の冬、大学時代に思い描いた“場所”が近くにあった。サイバーエージェントのグループ企業であるFC町田ゼルビアへの社内公募だ。

「ちょうどゼルビアがJ1に上がるタイミングでした。どこかでスポーツに携わりたいと思っていた中、ある程度、今の業界で5年程度働いてみたから、チャレンジしてみたいというのが経緯です。社内公募で手を挙げて、『行きたいです』と言いましたね」

 特にJリーグが好きだったわけではない。ゼルビアのことも知ってはいたが、実際にスタジアムで観戦したのは1試合だけだった。そのゲームがサポーターの間でも思い出深い一戦として語り継がれている2023年5月21日のJ2第17節・清水戦。アディショナルタイムでの劇的ゴールにより、ゼルビアが勝利した。サッカーの面白さを知った。動かずにはいられなかった。それから数カ月が経ち、応募から社内面談を経て、ゼルビアへの出向が決定。2024年4月、人生の一つの目標であったスポーツ業界での新たな挑戦が始まった。

【©FCMZ】

理想と現実のギャップ

「とにかくスタジアムを自分の手で満員にしたい」

 配属されたのは希望どおり、集客に携われるマーケティング部。意気揚々とゼルビアでの生活をスタートさせた文岡だったが、入社してから壁にぶち当たった。チケット購入などができる会員数を増やす業務を与えられたが、なかなか結果に結び付かない日々が続いた。

「自分もそれなりに5年間サイバーエージェントでやってきたからこそのプレッシャーがあったと思います。ただ、逆に完璧でいなきゃいけない、完璧にできる自分を見せ続けなきゃいけないと、最初のほうは鼻息高くやる部分を間違えていたところがありました。走る方向を間違っていたと言うか。できる自分を演じていました、みたいな感じです。でも、それだとやはりうまくいかなかった。距離を取られているように見えて、距離を取っていたのは自分みたいな感じだったと思います」

 周りと協力して業務を進めることはサイバーエージェント時代と同じこと。ただ、国内有数のメガベンチャー企業で働いてきた自負や自信、プライドが邪魔をした。

「逆にサイバーエージェントの時はできていたんですよ。でもゼルビアに来てから、肩肘を張るではないですが、できなくなっていたという感じかもしれないです」

 ここで文岡が自分を曲げず、貫いていたら、成長はなかっただろう。まず自分の意識を変えることを試みた。部長との面談では「自分をどう変えるか」、「どうしていったらいいのか」と客観的な意見を求め、社内の人間にも仕事以外の話を含めて自分から積極的にコミュニケーションを取った。

「同じ釜の飯を食うではないですが、他のクラブスタッフと一緒にそういうふうにやっていくこと。泥臭く物事を一つひとつ一緒に進めて行くことを通じて、徐々に徐々に等身大の自分として接していくことができてきたと思います」

 地道に信頼関係を築き、仕事への手応えも次第に増えていった。

「自分はできないことができるようになるとか、目指している目標を達成することが好きな性格。クリアできないとか、自分はこれができていないからどうやったらできるようになるのかとか、一個一個、考えながらやっていった感じですね」

 その成果は翌年、ついに結果となって表れた。ゼルビアのホームゲームにおける夏の風物詩『まちだ青城祭』のプロジェクトリーダーに立候補し、任されることになった。しかもその大型イベントは1試合だけでなく、クラブ初の試みとなる3連戦。ホームゲームが重なった8月10、16、20日の3日間にかけて開催された。やりがいは十分だった。

「コンテンツとして来場者プレゼントは3試合連続で全部作りました。花火、縁日のイベントに加え、Tシャツ、リストバンド、タオルみたいな感じで、3試合全部来たら、上半身は青城祭のコーディネートが完成するコンテンツの工夫をしました。Tシャツも従来のデザインとは一新して作ったので、そこはすごく良かったです。プロモーションも今回は3試合続けてだったので、試合ごとに選手のビジュアルを変えたり。また、今までの取り組みでなかなかやっていなかった青城祭のプロモーション動画も作りました。プロジェクトとして準備はメチャメチャ大変だったのですが、サポーターの満足度が上がる施策をちゃんとできた印象は持ちました」

 ようやく得たゼルビアでの達成感。それは数字となって返ってきた。

「最終的に目標を達成することができました。集客もそうだし、売り上げも達成することができました。最終日の8/20(水)の試合ではクラブ史上初の平日開催試合で1万人動員を達成できました。史上初というのがすごく嬉しかったですね」

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満員の景色を追い続けて

 昨年の夏からは任される仕事の範囲も広くなり、今年でゼルビア生活3年目を迎えている。

「基本的にはスタジアムの集客、もっと具体的に言うと、どういうふうにしてファンを増やしていくのか。それとチケットを誰向けに、何枚ぐらい売るのか。いわゆるチケッティング業務。大きくこの二つですね。部長からは『2026年からチケットを任せる』という話だったのですが、それよりも4~5カ月ぐらい早いタイミングでバトンをタッチしてくれました」

 画面上の数字を追いかけていたサイバーエージェント時代とは違い、実際にスタジアムなどでお客さんと対面し、リアルな声を聞くことの重要性もゼルビアに入って知った。

「自分がやった施策とかで『これ良かったよ』と言っていただくのは、やはりすごく嬉しいです。逆に『これはもうちょっとなー』と言われたら、やっぱりこう思っているんだ、みたいな。そこをダイレクトに、言葉を通じて知れるのと、画面上の数字を見て知るのだと、自分の中での響き方はすごく違うなと思います。
 また、マス的に考えないことはすごく大事にしています。アンケートを取ると平均的な回答になってしまう。そういうマス的に取ったマーケティングデータは確かに正しい一方で、なかなかファンの心に響くものにならないことが結構多い。何を考えていて、何を求めているのかを一人ひとりのサポーターとしっかり話すこと。それはすごく大事にしていますね」

 ホームゲーム日には「総合案内所」で業務にあたる文岡は、施策の答え合わせをしにいく場所がある。

「僕はいつも試合が始まった10分後ぐらいにゼルビアゲートをくぐって、ゴール裏の一番後ろからスタジアムを見渡しているんです。そこでいっぱいになっている時には、やはり感動を感じますね。その瞬間はアドレナリンが出るではないですが、『うわー、良かったー』と。逆にダメな時は『うわー、やっぱそうだよなー』というのを一喜一憂しながら考えられる、実行できるのはサッカークラブのマーケティングの一つの魅力なんじゃないのかなと思いますね」

 約10年前、『横浜スタジアム』で初めて見た満員の光景。成長を続けるFC町田ゼルビアでも常にたくさんのサポーターでスタジアムを埋め続けることが文岡の最大の目標だ。

 本人に最後、「FC町田ゼルビアとは?」と問いかけてみた。すると彼はスタジアムが満員になっていく過程を見てきた横浜DeNAベイスターズを思い出しながら言った。

「夢の途中ですね」

『町田GIONスタジアム』がチームカラーのブルーで染まり続けるまで、文岡は歩みを止めない。

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著者プロフィール

1977年、「サッカーの街・町田を代表するサッカークラブをつくる」という考えの下、地域の小学生たちを選抜して結成したFC町田トレーニングセンターを設立。裾野から頂点へと市民の力で自然発生的にクラブの強化のピラミッドを築き上げ、1989年にFC町田トップチームが誕生。クラブ名の「ゼルビア」は、町田市の樹である欅の英語名と、町田市の花であるサルビアを組み合わせて名付けられた。本拠地は町田GIONスタジアム。地域の皆様に愛され、地域の発展に貢献できる町のシンボルになるべく、「天空の城 野津田」というブランディングを行っている。

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