不安と迷いの体験ストーリー 大阪体育大学・田原弘嵩(ひろたか)さん 「腐るな。最終戦には絶対間に合う」
主将でも、勝てなかった
「自分は大学でやっていける器じゃない」
責任感の強い主将だったからこそ、その挫折感は深かった。気づけば田原さんは、大学進学を諦め、専門学校への道を考え始めていた。
「もっと広い世界を見ろ」
「もっと広い世界を見ろ」
たったその一言が、諦めかけていた進路を引き戻した。強豪ひしめく兵庫で主将として戦い続けた3年間は、負けてばかりだったかもしれない。けれど、その経験を持って飛び込める場所がある。先生の言葉は、そう言ってくれているように聞こえた。
強豪校ではない、公立高校の野球部出身として、大体大の門を叩くことへの不安がなかったわけではない。それでも田原さんは「自分の力(学力と実技)で乗り越えてやる」と覚悟を決め、受験に臨んだ。
野球じゃなく、アメフトへ
選んだのはアメリカンフットボール部。ほとんどの部員が未経験からスタートする場所だった。ここなら一から始められる。そう思って飛び込んだ。
ようやく競技に慣れ、これからという時期だった。2年生の秋、左膝の靭帯を損傷した。絶望した、と田原さんは静かに振り返る。
そんな田原さんを引き戻したのは、アメリカンフットボール部のコーチの言葉だった。
「腐るな。最終戦には絶対間に合う」
最終戦のピッチに立った
将来は消防士になりたいと語る田原さん。進路を考えるうえでの原点は、高校時代。熱中症で倒れた経験がきっかけだ。そのとき駆けつけた救急隊員の姿が、忘れられなかった。いるだけで安心感を与えられる人になりたい——その思いが、今の田原さんの軸になっている。
大学のゼミでは、高齢者や子どもに運動を教える活動にも取り組み、スポーツを多角的に見る目が育った。入学前は不安ばかりだった。それでも大体大での泥臭い経験が、今の自分の自信になっていると田原さんは言う。
MESSAGE TO YOU
最初は不安ばかりでした。それでも大体大での泥臭い経験が、今の僕の自信になっています。勝てなかった経験も、怪我も、全部が今につながっている。広い世界に飛び込んでみてください。
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