フロンターレ、ホスピタル・ファシリティドッグ®と共に歩んだ仲間の話
ホスピタル・ファシリティドッグ®︎とは
日本ではNPO法人シャイン・オン・キッズによって5か所の小児病院で活動ており、さらに導入を望む声が広がっている。一方で、課題となるのが育成と運営にかかる費用だという。ファシリティドッグ1チームの育成には約1,600万円、導入後の年間運営費には約1,200万円を要する。同法人は啓発活動に取り組むと共に、クラウドファンディングや募金活動を通じて支援を募り、日本各地の小児病院への導入拡大を目指している。
なぜ、そこまでしてファシリティドッグが必要なのか──。長期入院して病気と向き合う子どもたちを見てきた看護師でハンドラーの権守礼美さんは言う。
「病院に犬がいるのは皆さんにとって信じられないかもしれません。でも私は看護師として働いていた頃、長期入院が続くお子さんもいるなかで、いかに病院を日常に近い場所にできるのかを考えていました。私たちにとっての日常は自宅ですが、入院しているお子さんにとっては病院が日常。その環境が変わると、もう少し心の持ちようも変わっていくのでは思っていました。病室に犬がいると私たちが外を歩いている時に犬を見かける時と同じように刺激を受ける。やはり動物、なんといっても犬には癒しの力がありますし、ホッと安心して頑張る力を湧かせてくれるのだと思っています」
病と闘ったサポーター恵悟さんと、その家族
クラブが創設された1997年。おらが街を応援しようと川崎生まれ、川崎育ちの宇佐美健さん(以下:健さん)は、自宅からユニフォームを着て等々力へ自転車で通い詰めた。当時の観客数は2.000人から3,000人程度。有名な話だが、今では想像がつかないくらいクラブの名前を知っている市民も少なくて、サッカーチームであることさえも認識されていなかった。
とくに驚いたのは雨が降りしきるなかでの試合。カッパを着てバックスタンドに座って左右を見てみたら自分だけがポツリといた、なんてこともよくあったという。でも健さんは、ピッチ上で熱く一生懸命に選手たちが戦っている川崎フロンターレが大好きだった。
だからこそ、もっとクラブの知名度を広めたい──。営業先にサッカーの話をしに行ったこともあったし、職場で観戦チケットをプレゼントするキャンペーンも企画してクラブにも直接問い合わせもした。「自分に何かできることはないだろうか」。その一心で動き続け、1997年から現在進行形で川崎フロンターレのイベント企画でも仕事に携わる機会が増えていった。間違いなく「私にとってフロンターレはなくてはならない存在」(健さん)だった。
あれから年月が経ち、妻の恭子さんと結婚。2人の子宝にも恵まれ、一家全員でフロンターレを応援。当然、長男の恵悟さんも大ファン。川崎の太陽と称されたジュニーニョが大好きでゴールパフォーマンスでお馴染みのポーズを、よく真似をしていた。
ただ恵悟さんは生まれつき心臓の病気で生後9日目に15時間を超える手術をし、その後も3歳までに5回の手術をしたが完治はできず、肺炎や不整脈など様々な症状が起きて入院もした。それでもサッカーとフロンターレが大好きだった恵悟さんは高校にも進学して仲の良い友達もできて充実もしていた。しかし17歳の時には脳膿瘍(脳に膿が溜まる病気)を併発。4か月間はベッドの上で過ごす日々が始まった。学校へ行けない悔しさ、手術への不安。様々な感情に押しつぶされ、自分はなんのために頑張っているのだろう、という気持ちが何度も何度も込み上げてきた。
将来叶えたい未来を想像し、叶った形で描いていく──。
「サッカー観戦に行けた」
「広島の新しいスタジアムに行けた」
「アウェイツアーに行けた」
「フロンターレが優勝した」
1つひとつ達成していくことに、生きる喜びを感じていた。内容のほとんどはフロンターレに関するもの。それぐらいフロンターレを愛していた。
ある日、珍しいことが起きた。前述した17歳で脳の病気を併発して手術を受けた際。フロンターレが圧倒的な強さを誇ったシーズンで勝てば優勝が決まる一戦の当日。ずっと楽しみにしていた試合だったが、ちょうど手術日に重なってしまった。そのことを恵悟さんは残念がり、試合を観るのを諦めていた様子だった。
しかし自分の体と心には嘘を付けない。なんと術後に全身麻酔から覚めて、後半からICUで優勝を見届けたのだ。それだけじゃない。とくにフロンターレが勝ったあとは医師が驚くほど体調が安定したことも度々あった。
恵悟さんの病気を知ってくれているサポーターもGゾーンに行った時は暖かく迎え入れてくれ、気分が落ちてしまった時、体調が優れない時はフロンターレ、サポーターからの力に支えられていた。
寄り添ってくれたファシリティドッグ
2025年11月7日 東京アメリカンクラブにて開催されたガラパーティ「イブニング・オブ・インスピレーション」で恵悟さんはスピーチで、その思いを語っていた。
そして私に相手の心に寄り添う意味を教えてくれた犬がいます。ベイリー(初代ファシリティドッグ)です。入院中にこんな出来事がありました。私の友人は治療のために服用する薬を医師や看護師が励ましても苦くて飲めない、と拒んでいました。
そんな彼のもとにベイリーは横になり、寄り添っていました。すると彼は『ベイリーにはかっこ悪いところを見せられないよな』と言って薬を飲んだのです。私はベイリーの力に驚いたと同時に、どうして彼の気持ちが動いたのだろうと不思議に思い、考えてみました。
言葉ではなく、彼の心に寄り添い『薬を飲みたくない』という気持ちを受け止めていたのだと思います。悩みが深ければ深いほど、言葉はその人の心に届かないことがあります。そんな時、気持ちや感情も否定せず、ありのままを受け止め、その人の心に耳を傾ける。それが寄り添うことであり、人は前に進む力を得られるのだと教えてくれました」
寄り添ってほしい時に、ただ側で見守って寄り添ってくれる。健さんも当時の様子を述懐する。
「恵悟も話していましたが、先生と看護師さんが一生懸命励ましながら治療をしてくれていたなかで、ファシリティドッグは言葉を話せないけれど、側にいてくれるだけで心が動き出す。言葉じゃなくて子どもの気持ちに寄り添ってくれるのがファシリティドッグです。それを近くで見ている先生や看護師さんも私たちにはできないことだと言っていましたし、私たち家族にとってもファシリティドッグは力をくれる存在でした」(健さん)
森谷賢太郎との出会い
森谷は、経済的事情などでサッカーを続けることが難しい子どもたちを支援する「1%FOOTBALL CLUB」の活動をしている。サッカーを通して社会支援を行うなかで、来日したマンチェスター・シティとシャイン・オン・キッズが開催した病気と闘う子どもたちを対象にしたサッカー教室のことを知る。調べていくとファシリティドッグで子どもたちに寄り添う活動をしているということが分かり、すぐに問い合わせた。
「なにか自分にできることはありませんか?」
それが、森谷と恵悟さんの絆を再びつないだ。
フロンターレのサポーターで、長く病気と闘っている恵悟さんを紹介され、シャイン・オン・キッズによりクラウドファンディング「ファシリティドッグ育成基金2023」の企画で、恵悟さんとオンライン上の対談し、言葉を交わした。恵悟さんは「夢のようだった」と喜んでいたそうで、森谷の言葉に耳を傾けてメモもとっていた。
「恵悟くんは対談している時、僕から何かの言葉をもらいたいという感じだったと思うけど、それも小さいものに感じてしまうぐらい、色んなことを乗り越えてきたのが恵悟くん。僕が経験してきたサッカーで乗り越えてきたものはちっぽけなもので、それ以上に困難に立ち向かって、乗り越えて、自分も含めて周りの人に勇気を与えられる存在なんだなと感じました」(森谷)
2025年に森谷が現役引退をしてフロンターレにスタッフとして帰ってきてからも恵悟さんとの関係は続き「フロンターレとファシリティドッグをかけ合わせたことができればいいね」とよく話をしていた。そうやって色んな可能性を探っていた矢先の2026年1月。22歳で恵悟さんは旅立った。
訃報を聞いたフロンターレは霊安室に向かう途中、U等々力に寄ってもらい場内でサポーターがチャントを歌うなかで1周して恵悟さんを送り出し、健さんの「少しでも明るく」といういつも聴いていた大好きな曲、SHISHAMOの「明日も」と共に出棺。
宇佐美家、シャイン・オン・キッズ、クラブは「フロンターレとファシリティドッグを掛け合わせたことをしたい」という思いの実現に向けて走り続けた。
夢や願いを継いで叶える
そんな日を、ようやく迎えられた。
「よく生前の恵悟と2人で、そういう機会を作りたいなと話していました。今日のような日を迎えられて本当に嬉しいです。恵悟はファシリティドッグを皆さんに知っていただいて、より多くの病院に導入されるのをすごく願っていました。今回は第1回ですが、できることになって感無量です」(健さん)
ファシリティドッグには医療を超える力がある。それはスポーツ、フロンターレにも言えると信じている。当日の試合には一時退院をして試合を観に来てくれた子ども、ご家族がおり、きっと選手たちの熱いプレーが力になったはずだ。
「私は入院中にたくさんのファシリティドッグに支えられて、今日まで生きてくることができました。だからこそより多くの方にファシリティドッグの存在を知っていただき多くの病院に導入されるのを心から願っています。そして病気で苦しんでいる子どもたちの心に寄り添い、少しでも力や希望を与えていける人になりたいと思います」
その想いは、これからも紡いで形にしていくのが役目。これからも恵悟さんとフロンターレは共に歩んでいこう。
(取材:高澤真輝)
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