【リョーマゴルフ日高村OP】グリーンフィールを一番知る高知出身PGA明神会長“誰よりも嬉しい気持ち”と感激
大会前日
グリーンフィールゴルフ倶楽部は30年前の1996年8月にグランドオープン。実はその1年前から明神はコース社員として、開場準備に努めてきたという。「30年前、僕は兵庫県のゴルフ場に勤務していたのですが、阪神淡路大震災に見舞われてしまってね。仕事ができないタイミングと、グリーンフィールが開場しようとするタイミングでコースと関わることになって」と当時を振り返る。
グリーンフィールゴルフ倶楽部の三谷会長とは高校の先輩後輩の関係だったこともあり、一気に気心が知れていった。結果、明神はゴルフ場に約12年間勤め、所属プロとしてゴルフマネジメントに携わりながら過ごした時期があったのだ。
「当時ね、キャディ研修とかも良くやっていたけど、その時のスタッフが今もたくさん在籍している。三谷会長の次に僕のいうことを聞いてくれましたし、今の幹部として勤めているみなさんとは気心が知れています」。明神にとってグリーンフィールはふるさとの一部になっている。
しかし直ぐに大会が実現したわけではない。それから2年後に明神が会長に就任し、シニアツアーで再会を果たすと「去年グーっと話が盛り上がって、新規大会が決まりました。谷本さんはすごい方ですよ。行動力と判断力で、これだけのことを進めてくれた」と敬服する。
PGA会長に就任してからは多忙な業務に追われ、地元高知に帰ってきても自身が運営するゴルフアカデミー高知でのレッスン活動やテレビのレッスン番組収録などもあり、なかなかグリーンフィールに顔を出す機会も減ってしまった。
大会開催に向け準備を重ねる中で、明神はコースとの関わりも再熱していく。「自分だけの熱い思いだけでは実現は難しい。それを谷本社長はじめ、三谷会長や地元高知の”力”がこうして集結したことで第1回大会を迎えることができました。PGA会長に就任してから3年目になりますが、念願のシニアトーナメントの開催です。大会を通じて、会長と選手の関係も近くなるかな」と笑顔をのぞかせた。
「高知や四国のプロゴルファーたちが、この舞台でプレーできることを心から喜んでくれている。そしてゴルフファンの皆さんも、プロトーナメントの開催に胸を躍らせてくれている。ゴルフが生涯楽しめる素晴らしいスポーツであることを、この地から全国へ発信していきたい」。
そう穏やかな笑みを浮かべながら語る明神の言葉には、地元への深い想いと、大会成功への強い願いが込められていた。
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