場内騒然!NEVER無差別級王者・成田が会見ボイコットから一転して急襲!6.14大阪城で“黒帯”を懸けた闘いを迫ると、ウルフも「負けたら返上してやるよ!」と怒りの応戦!【5.9会見②】

チーム・協会

【新日本プロレス】

5月9日(土)TOKYO DREAM PARK(東京ドリームパーク)にて6月14日(日)大阪城ホールで開催される『DOMINION 6.14 in OSAKA-JO HALL』の対戦カード発表会見が行われ、IWGPヘビー級選手権試合・辻陽太vsカラム・ニューマン、NEVER無差別級選手権試合・ウルフアロンvs成田蓮の4選手がそれぞれ登壇した。

撮影/山本正二

■『DOMINION 6.14 in OSAKA-JO HALL』
6月14日 (日) 14:30開場16:00開始
大阪・大阪城ホール
※「ロイヤルシート」は残りわずか、「1階ひな壇」は完売。

■NEVER無差別級選手権試合

【新日本プロレス】

■(チャレンジャー)ウルフアロン選手のコメント

※チャンピオン・成田は壇上に現れず、会見をボイコット。以降は野上アナウンサーの進行で会見が進められた。

【新日本プロレス】

野上「ウルフ選手、あらためましてよろしくお願いいたします」

ウルフ「お願いします。……やりましたね」

野上「やってきましたね……」

ウルフ「この前の藤波(辰爾)さんとの会見もボイコットしてるんですよ。たぶんね、28じゃないですか、歳は。あの歳になっていないというのがカッコイイと思ってるんですよね」

野上「この場にですが?」

ウルフ「行かなきゃいけない場に、行ってない俺カッコイイみたいな。中学生の時とかそういう時期みんなあると思うんですけど、遅れてきた“中二病野郎”ですね」

野上「これはしかし、チャレンジャーとチャンピオンの意気込みを聞くために開かれた会見なんですけれども……。いまお話にもありましたが、(5.22)DRADITION後楽園大会があるのですが、その会見にも、じつは成田選手は姿を見せなかったという、そんな事態があったわけですね。まさに今回も同じことをやってきたということですが……。

あらためまして、NEVERのベルトにウルフ選手が今度は挑戦をするわけですけれども、2月にああいうかたちで、2分8秒、反則三昧にあって奪われました。そのリマッチにもなります。試合に向けての意気込みをまずお聞かせください」

【新日本プロレス】

ウルフ「もうホントに2月に、成田蓮にあのようなかたちで敗れてしまってから、ずっとHOUSE OF TORTUREにはくやしい想い、苦汁をなめさせられてきていたので。ここでしっかりと成田蓮に勝って、次のステージに進みたいと思ってます。まあ、ここに来なくても、さすがに試合当日は来ないってことはないと思うので」

野上「そうですね」

ウルフ「だって来なかったら、ベルトってそのままもらえますよね?」

野上「放棄ということになりますから、ベルト返上となれば……」

ウルフ「さすがにそこまでの度胸はないと思うんすよ」

野上「しかし試合に来たとしても、また手荒いマネをするんじゃなかろうかという予想も方々でたっていますけど、その点についてはどう見ていますか?」

ウルフ「まあ、HOUSE OF TORTUREは自分たちがやっていること全て正当化するような連中なので、まあ成田蓮にとってはあれが正々堂々とした闘い方なんじゃないですか? ってなったら、ボクはボクの正々堂々とした闘い方でそれを迎え撃つだけですし。その準備も残りのこの1ヵ月でやっていきたいと思っています」

野上「どうなんでしょう、1.4東京ドームでEVIL選手からベルトを、初めての試合で奪い取るという結果になったわけですけど、あそこからの4ヵ月どんあ反響であったり、反応がありましたか?」

ウルフ「最初はなんか、ボク自身がどういった技をやってくるかというところも相手もわからない中での試合だったので、いろんな物事でもビギナーズラックっていうのがあるのと一緒で、プロレスにもそういったものがあるんだなっていうふうにボクは思いながらその後の試合もやってはいたんですけど、やっぱりプロレスの洗礼をこの4ヵ月かけて受け続けてきましたし。

ただこの前の『どんたく』でドン・ファレにはやり返すことができたので、少しずつ自分の中で成長ってものは感じれていますし。この上半期の総決算の『DOMINION 6.14 in OSAKA-JO HALL』で全てを清算したいと思ってます」

野上「あれだけ汚いことをやり続けられながらですね、『しっかりと1対1にこだわりたいんだ』『正々堂々と闘いたいんだ』とずっと主張し続けてらっしゃいますけど、そのあたりの意図や真意というのはご自身の中でどうとらえていますか?」

【新日本プロレス】

ウルフ「ホントに強い人間というのは、1対1で闘っても勝つことができる人間のことだとボクは思っているので。なので、ボク自身セコンドの力も借りずに、ボクはもうボク1人で。結局、負けてしまったらそれは負けなので。どんだけ卑怯な手を使われようと、プロレスってまあ難しいもので、レフェリーが見てなかったりすると許されてしまう側面もあるので。

そういった全てを利用して闘ってくるというのは、ボクとしては絶対にやりたくないですけど、あの人たちからしたらアリなものだと。だったらボクは1人の力を使って、それにしっかりと立ち向かって、全てを覆していきたいと思ってます」

野上「何かこの4ヵ月で学んだ、ラフファイトに対する対応策であったり闘い方というのはご自身で見出した部分はありますか?」

ウルフ「やっぱりリングだったりとか、それ以外の会場を広く見る目というのが必要だと思いますね。この前のボルチン(・オレッグ)選手のNEVERの試合を観ていても、試合の途中からSHOであったりが入ってくるじゃないですか。ああいうのって、会場のリングでだけのことを考えていても、そっちのほうに意識ってなかなか向かないんですよ。

なので、試合をするときはしっかりと相手に集中していながらも、四方八方に気を配っておかなきゃいけないと。まあ、後ろに目がついていればちょうどいいんですけどね。なかなかそれはできないので、気配だったりとかを感じれるようにもっともっと五感、第六感まで研ぎ澄ますひつようがあるんじゃないかなと思いますね」

野上「でも、これってそれこそ畳の上ではあり得なかった感覚ですよね? 柔道ではあり得ないようなことが起きているわけで」

ウルフ「まあ、柔道はVAR(判定)があるんで」

野上「なるほど」

ウルフ「そうなんですよ(苦笑)」

野上「そうですね、VARはプロレスにはございませんので。反則も5秒よりも少なければ認められているいう独自のプロレスルールがあります。そのあたりの使い方がやはりHOUSE OF TORTUREはうまいんですよね」

ウルフ「だからそれを逆に言えば、どんなことをされても勝った方が強いんだっていうふうに捉えらることができるので」

野上「そうですね」

ウルフで、1人1人闘い方は違いますけど、自分の強さを証明するってうえでは、このプロレスのルールっていうのは、ボクにとってはいいんじゃないかなと。合ってるんじゃないかなと思いますね」

野上「あとちょっとウルフ選手に聞いてみたかったのが、1.4東京ドームでも、それから5.4の福岡でも出しましたダイビングボディプレスは、ハイフライフローと言っていいんでしょうか?」

ウルフ「そうですね……なかなか……棚橋(弘至)さんのハイフライフローに比べたら、ボクのはホントに“ローフライフロー”ぐらいの感じですので。もうなんか低く飛んで、低く落ちるような……」

野上「ある意味では、棚橋さんから継承とまでは言わないですけど、そういう想いも込めて飛んでらっしゃる?」

ウルフ「そうですね、1.4の前にボクが練習している時に棚橋さんが近くにいらっしゃって、その時に『使ってもいいですか?』というお話をボクのほうからさせていただいて、『いいよ』という言葉はいただいたので。そういった意味で敬意を込めて使わせてもらっているという部分は大きいです」

野上「あの、今日(会場に)いらっしゃっている皆様の中で『プロレスはあまりじつは観たことがありません』って方はいらっしゃいますか? (※観客席の反応を見て)複数いらっしゃいます」

ウルフ「3人くらいですね」

野上「猛烈なファンに引っ張られてきたんでしょうかね」

ウルフ「ありがたいですね」

野上「ありがたいですよね。115キロ、ウルフ選手はありまして、柔道の金メダリストがトップロープから飛んで、ダイビングボディプレスをするって、これはね、いやあ半年前までは絶対に考えられなかったことがプロレスのリングで起きているということで」

【新日本プロレス】

ウルフ「そうですね、柔道って高いところから飛ぶとか全くない世界だったので、ボクも最初練習した時は、トップロープ上った瞬間にすぐ降りたという……」

野上「やっぱりそうですか(笑)。怖いですよね」

ウルフ「ロープ自体の高さというのはそこまでメチャメチャ高いというか、150センチくらいですかね? でも結局その上に立っちゃうと、ボクの目線って3メートル越えるので。その3メートルの高さの目線って、恐怖心ってのもありますけど、ここから115キロが飛んだらとんでもない衝撃になるなっていうふうな相手にダメージを加えることにもなるので。だったら使いたいという気持ちになりましたね」

野上「素人がリングに上がると、リングってそれほどまでに柔らかくないなと感じるんですよね。私が上った時の感想ですけど。そういう恐怖って多少なりありますかね? もうなくなりました?」

ウルフ「でもやっぱり勝負となると、ボク自身アドレナリンとかも凄く出てくるので、その恐怖心って試合中は全くないです」

野上「なるほど。と、いうことで、なんかトークショーみたいな感じになってしまいましたが」

ウルフ「ホントに(成田)来ないですね」

野上「予期せぬかたちでまさかの展開を迎えました。2人が揃ったらかなり緊迫したムードになるんじゃなかと、そっちのほうを恐れていたんですけど……まあ、よろしいでしょうか……」

ウルフ「よろしくないですよ、ぜんぜん」

野上「よろしくないですね。この場はこうやってやり過ごすしかないという状況なんですが、6.14(大阪城ホールで)NEVERをかけて、最後にこのNEVER(のベルト)にかける想いですね、非常に思い入れのあるベルトだというふうに聞いています。その点の理由も含めて教えてください」

【新日本プロレス】

ルフ「ボクが一番最初に観た試合が、石井(智宏)選手と柴田(勝頼)選手のNEVER無差別級の試合でして、その試合を観て自分の持っている力を全て出し切って、そのうえで相手の上をいくっていうふうな闘い方だったんですよね、観た時に。それを観て柔道家だったボクは『ああ、こういった闘い方もあるんだな』と。

ボク自身の柔道スタイルってどちらかというと、相手の技を封じて自分のゾーンに持っていくようなスタイルだったんですけど、プロレスって自分の持っているもの全て出して、なんなら相手が撃ってくるもの全て受けて、そのうえで上にいくっていうその気迫、気概みたいなものが凄くボクにとって新鮮で感銘を受けて、ボクもいつかプロレスラーになりたいという気持ちになったので。

いまこうやって自分がNEVERのベルトをかけて闘えるといいうことは、凄く光栄に思いますけど、もともとのボクの知っているNEVERのベルトと比べると、いまその価値ってものが少し落ちてきてしまっているんじゃないかと思いますし。で、いまこうやってNEVERのベルトに関わらせてもらっている身としては。

もともとのNEVER無差別級のベルトの価値に戻したい気持ちが強いので、やっぱりそれができるのはやっぱり新日本プロレスでボクであったり、またはボルチン選手だったり。こういったパワーのある身体のデカい、そして自分の力を全て出せる選手だと思うので、ボク自身が取り返してこのベルトの価値ってものを元の状態、なんならもっと上に上げていきたいと思います」

野上「じつはその10年前、ウルフ選手がご覧になった石井vs柴田というのは、決戦の舞台が大阪だったんです。ベルトをウルフ選手が奪われたのも大阪。そして奪い返すと意気込みを語ってくださったその決戦の舞台も大阪ということで、何か運命めいたものも密かに感じていらっしゃる部分も少なからずあるんじゃないでしょうか?」

ウルフ「そうですね、運命……あんまり運命というよりはそこはもう自分で引き寄せていくものでもあると思うので。それ以上のものをボクは紡いでいきたいなと思います」

野上「さあそれでは、チャンピオン不在ではありますが、成田選手へメッセージを最後に送っていただければと思います。本人は聞いていないかと思いますけど、どこかで伝わるかと思います」

ウルフ「聞いてないメッセージを……?」

野上「いえ、ここから発信されて本人にの耳に入ることになるかと思いますので、一言お願いします」

ウルフ「もうホントに成田蓮がデカい口叩けるのは、大阪城ホールまでだ、ここでハッキリ言いたいですね。まあ、いまのうちに調子に乗っておいてもらえればと思います」

【新日本プロレス】

※記念撮影のためウルフはステージ中央へ。すると成田が突如として姿を現し、ウルフを襲撃。

【新日本プロレス】

成田「(※黒帯でウルフの首を締め上げながら)テメーな、俺に2月に負けといてまたこのベルトに挑戦させろだ? ムシが良すぎるんだよな、オイ。テメーもな、ベルト持ってんだろ? なあ、この黒いベルト持ってんだろ、黒帯をよ。テメーも黒帯かけてこいよ。なあ、話はそれからだバカヤロー!

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(※棚橋社長が止めに入り、振り切ると再びマイクを握って)こっちはな、ベルトかけてんだ。もう一回言ってやろうか? テメーはな、コレ(ベルト)と同じ黒帯かけて大阪城来い、バカヤロー。ベルトも獲れず、黒帯取られた情けねえ姿をな、地上波で晒してやるよ。ざまあみろ!」

【新日本プロレス】

ウルフ「オイ、成田、オイ! 俺が次テメーに負けることがあったらな、俺もそのテメーがいま持っている黒帯、返上してやるよ!

【新日本プロレス】

(※あらためて、襲撃に関して野上アナから問われ)まず、黒帯の使い方、間違ってますね。まあでもホントに、次、成田に俺が負けるようなことがあったら、自分の持っている帯、ベルトをかける覚悟で、そのぐらいアイツには負けたくないので。全身全霊をもって倒しにいきます」
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著者プロフィール

1972年3月6日に創業者のアントニオ猪木が旗揚げ。「キング・オブ・スポーツ」を旗頭にストロングスタイルを掲げ、1980年代-1990年代と一大ブームを巻き起こして、数多くの名選手を輩出した。2010年代以降は、棚橋弘至、中邑真輔、オカダ・カズチカらの台頭で再び隆盛を迎えて、現在は日本だけでなく海外からも多くのファンの支持を集めている。

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