「騎手という仕事があるぞ」二人三脚で歩んでくれた高校の先生と、重賞馬シャイニングレイやカツジが教えてくれたこと/月刊・佐賀競馬だより

佐賀県競馬組合
チーム・協会

高校馬術部にいる重賞2勝馬カツジ。今回はその馬術部がきっかけで騎手になった青年の物語 【提供:後藤武蔵騎手】

4年前の4月。
自宅から電車と自転車で約1時間の広島県立西条農業高校に入学した後藤武蔵くんは、ワクワクしながら高校生活をスタートさせました。選んだのは、畜産科。「動物が好きで、畜産の勉強は面白そうと思って」と理由を話します。

入学すると、部活動選びも楽しいポイント。
どの部に入ろうかと探していた時、ちょうど見つけたのは馬術部が行っていた乗馬体験でした。これまで馬に乗ったことはなかったですが、初めて跨ってみると楽しさを感じました。偶然にも、乗った馬の名前は自分と同じく「ムサシ」と呼ばれていました。アングロアラブという品種で、2013年に廃止された福山競馬場では競走馬としてレースで走っていたとも聞きました。競馬に関しては「そうなんだ」という程度で、レースを見たこともない後藤くんにはピンときませんでしたが、先輩たちが馬に乗る姿がとにかくカッコよかった。
「馬術部に入ろう」。
馬の世界へ足を踏み入れた瞬間でした。

広島県立西条農業高校馬術部の馬たち。元競走馬も多く、写真の馬も実は重賞馬。答えはコラム後半にて 【提供:後藤武蔵騎手】

馬術部の朝は早いです。
朝練があるため、広島市内の自宅から6時過ぎの始発に乗って毎日通いました。そうした日々が1年経とうかという高校1年生の冬、顧問の神原先生からこんな言葉をかけられました。

「騎手にならないか?」

身長160cm前後の小柄な体型を見て、声をかけてくれたのでしょう。
その数か月後、実際にレースを見るために神原先生は1泊2日で高知競馬場に連れて行ってくれました。後藤くんにとっては人生初の競馬場。

「めちゃくちゃカッコいい!」

目の前の人馬に魅了され、騎手になりたい思いは後藤くんの胸の中でだんだん大きくなっていきました。馬術部には1つだけ競馬の調教で使う鞍があり、それをつけて騎手さながらにモンキー姿勢を取ってみたこともありました。

「短い鐙で競走姿勢を取って、駆け足をやりました。すごく難しくて、足がすぐパンパンになって落馬してしまいました」

それでもやっぱり楽しかった。
高校2年生の夏休みには神原先生の知人の縁で、高知競馬の工藤真司厩舎で1週間、職場体験をさせていただけることになりました。翌春に同厩舎所属でデビュー予定だった城野慈尚騎手がちょうど厩舎実習中で、同部屋で共同生活をしながら競走馬の調教を見学したり、騎手になるための養成機関である地方競馬教養センターでの生活について直接聞くことができました。

こうして神原先生が全力でサポートしてくれた騎手への道。そこに興味を持って自ら歩んでいった後藤くんは、高校2年生の冬に地方競馬教養センターに合格します。そして、3年生への進級を待たずして中退し、騎手候補生として訓練をスタートしたのでした。

馬術部のみんなからエールを受けて、後藤くん(前列中央)は地方競馬教養センターに入所しました。前列左は恩師でもある神原先生 【提供:後藤武蔵騎手】

「僕の扶助にちゃんと答えてくれて」騎手候補生になって変わった感じ方

教養センターに入所すると、もう一人のキーパーソンに出会います。のちに所属厩舎となる真島二也調教師。

後藤くんは高校時代は高知競馬と縁がありましたが、近年の売上げ急増などに伴って騎手が増え、競争も激化しています。そこで、「若手騎手によりチャンスのある競馬場はどこか」と考えた時に候補に挙がったのが佐賀競馬。真島調教師とはそこから繋がった縁でした。

とはいえ、所属の話が出た当時は真島調教師は調教師免許を取得したばかりで開業前。厩舎が軌道に乗ってから弟子を取るパターンが多い競馬界ですが、どういった経緯だったのでしょうか。

「早いうちに所属騎手を受け入れて、厩舎の土台を作りたいと思っていました」

真島調教師はそう説明します。

真島二也調教師(右)は競馬一家の出身。父は佐賀リーディング歴がありサキドリトッケンなどを管理する元徳調教師(中央)、叔父は正徳調教師(左)、兄は元騎手の真島大輔調教師(大井) 【撮影:大恵陽子】

さらに、二人には共通点がありました。それは、ともに馬術部出身ということ。
真島調教師は北海道の静内農業高校を経て大学まで馬術を続け、「競走馬の調教には、馬術を応用して使える部分がたくさんある」と感じていました。

「馬に乗ることに関して、馬術でも競馬でも基礎は基礎。準備運動のフラットワークなどのメニューを伝える時、馬術をしていた分、伝えやすいです。馬によって筋肉のつき方や気性が違いますけど、馬術をしていれば引き出しも増えると思います」

後藤くんも「ハミを受けさせて、後駆を使うように、と言われました」といいます。

騎手候補生として厩舎実習中、ソイジャガーが重賞・ロータスクラウン賞を勝利。「追い切りにも乗せていただき、『背中がいい馬ってこんな感じなんだ』と勉強になりました」と後藤くん(写真中央、ゼッケンを持った少年) 【撮影:大恵陽子】

昨夏、真島厩舎での厩舎実習が始まると後藤くんには嬉しい再会もありました。

「初日に実家に帰らせていただいて、西条農業高校馬術部にも顔を出しました。『馬に乗りたい』と言うと、神原先生がカツジに調教鞍をつけて乗せていただけることになったんです」

カツジは18年にGII・ニュージーランドトロフィーを、20年にはGII・スワンステークスを勝った重賞2勝馬。後藤くんが高校2年生の秋に西条農業高校馬術部にやってきて、当時も騎乗して「障害を飛ぶのがすごく上手くて、普段は大人しくて顔が可愛い」という印象が残っていました。

草を食べてリラックスムードのカツジ 【提供:後藤武蔵騎手】

ところが、騎手候補生として訓練を受けてから再びカツジに乗ると、見える景色は変わっていました。

「キャンターで乗ると、ハミを受けてグーッと頭を下げて、僕が出した扶助にちゃんと答えてくれました。操縦性が良くて、すごく乗りやすかったです」

カツジとの嬉しい再会でした。
西条農業高校には他にも元競走馬たちが生徒の先生役を担っています。たとえば16年オーシャンステークスを勝ったエイシンブルズアイは後藤くんにとって人生初の落馬を経験した馬、重賞2勝のシャイニングレイは初めて大会で1位を獲ることができた馬。
1頭1頭との思い出を懐かしむ一日となりました。

手前からカツジ、シャイニングレイ、エイシンブルズアイ、金沢で重賞を勝ったエイシンスパルタン 【提供:後藤武蔵騎手】

「吉原寛人騎手の鞍磨きをしなさい」師匠が指示した理由

それから厩舎実習や訓練に励んだ後藤くんは今年4月4日、ついに佐賀競馬場で騎手デビューを迎えます。
晴れの舞台には恩師・神原先生も広島から駆け付けてくれました。さらには馬術部の同級生や先輩も集まり、特製横断幕を持参しての応援。

デビュー当日、横断幕を持って応援に駆けつけてくれた馬術部時代の仲間たち 【撮影:佐賀県競馬組合】

事前に「頑張れよ」とエールを受けていて、「めちゃくちゃ嬉しかった」と後藤騎手は顔をほころばせます。なんとかみんなにカッコいい姿を見せたい思いも強くなったでしょう。
ところが、デビュー戦では出遅れ。

「スタートを全然出られなかったです。ゲートの出し方が分からなくて……」

そこで助けてくれたのは金山昇馬騎手。スタート時の扶助操作を教えてくれ、翌々日の最終レースでは900mというスタートが大きな鍵を握るレースで好スタートを決めることができました。

そして2週後に3番手から抜け出して待望の初勝利。

「3コーナーから追うと伸びていって、4コーナーでは先頭の馬より自分の馬の方が手応えがあったので、『よし!もしかしたら勝てるかも』と思いました。先頭でゴールした瞬間はすごく楽しかったです」

4月18日佐賀6レースをニシノイッキサスで勝ち、初勝利を収めた後藤武蔵騎手 【撮影:佐賀県競馬組合】

この様子を見ていたのは、佐賀競馬公式YouTubeでデビュー前密着動画を制作したスタッフ。すぐに近くのケーキ屋さんに駆け込み、「初勝利おめでとう」と書かれたケーキを持ってお祝いに来てくれました。翌日も開催日だったため、夜に調整ルームで石川慎将騎手や飛田愛斗騎手など先輩騎手たちと食べながら初勝利の喜びを噛み締めました。

初勝利記念のケーキを手に勝利騎手インタビューを受ける後藤武蔵騎手 【佐賀競馬公式YouTubeの全レース勝利騎手インタビューより】

競馬開催が終わってスマホを見ると、神原先生からもメッセージが届いていました。

「ようやく勝てたね。ひと安心しました」

他にも多くのメッセージが届いていたといいます。
後藤騎手はこれからについて、こう話します。

「天狗にならず、1勝するごとに関係者の方への感謝を忘れず、いいレースをして、謙虚さと向上心を忘れない騎手になりたいです」

これは真島調教師からの教えでもあります。

所属厩舎の真島二也調教師と後藤武蔵騎手 【撮影:佐賀県競馬組合】

真島調教師はこう話します。

「父の厩舎にいた時には多くのトップジョッキーと話す機会があって、みなさん馬に誠実で、人付き合いも素晴らしい方たちだと感じました。周りの人たちに可愛がられることは得することばかり。佐賀競馬は若手もたくさん乗せてもらえて、技術はそのうちついてくると思うので、後藤騎手には人付き合いを大切にしなさい、と伝えています。
昨年の厩舎実習中に吉原寛人騎手(金沢)がサキドリトッケンに乗りにきた時、鞍磨きをするように指示したことがありました。あれだけすごいジョッキーになると、関わることはなかなかないでしょうから、何かを感じてほしいなと思って。そしたら、吉原騎手にサインをもらったみたいですよ(笑)」

「さすらいの重賞ハンター」と呼ばれる吉原騎手は騎乗技術はもちろんのこと、厩舎関係者や報道陣にも気さくに対応してくれ、“ファン”がたくさんいる状態。後藤騎手もサインが欲しくなるくらい、魅了されるモノがあったのでしょう。
騎手として一歩を踏み出した後藤騎手。いつか二人の恩師に大きな恩返しができる日を目指し、鍛錬を続けます。

騎手としての一歩を踏み出した後藤武蔵騎手。サインは「へのへのもへじみたいに数字で作ってみたら、面白いものができたので」と、5・10・6・3・4で構成されています 【撮影:佐賀県競馬組合】



文・大恵陽子(おおえ ようこ)
競馬リポーター。小学5年生で競馬にハマり、地方競馬とJRAの二刀流。毎週水曜日は栗東トレセンで、他の日は地方競馬の取材で全国を駆け回る日々。グリーンチャンネル「アタック!地方競馬」「地方競馬中継」などに出演のほか、「優駿」「週刊競馬ブック」「Number」「netkeiba.com」「うまレター」「馬事通信」など各種媒体で執筆。
「大恵総合研究所」なるデータ分析機関を勝手に設立し、現場取材で得た騎手・調教師などの談話をヒントに、馬場傾向やレース傾向を導き出して精度向上に励む。
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著者プロフィール

佐賀競馬は九州唯一の地方競馬場として主に土日に競馬を開催しています。注目の重賞情報やイベント情報など、佐賀競馬のニュースを日々お届けいたします。

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