培ってきた技術と経験と人柄で、存在感を示した夢舞台 ミラノ・コルティナ2026日本代表コーチ/日下匡力
(取材:2026年3月)
日本の救世主となったミラノの夜
それは現地2月8日(日)の夜のこと。フィギュアスケート団体の表彰式で、表彰台に立った選手たちのスケート靴のブレードが刃こぼれするというアクシデントが発生した。2大会連続の銀メダル獲得に喜ぶ一方、個人戦を残す選手たちにとって、繊細な調整が求められるブレードの破損は滑りに大きな影響を与える緊急事態。しかし、その窮地を救ったのがフィギュア界では知られた“靴メンテナンスのスペシャリスト”でもある日下氏だった。
「佐藤選手から耳打ちで『ブレードが大変なことになっていて横滑りするから、みんな研磨してほしいって言っています』と言われたんですが、最初は想像がつかなかったですね。『どういうこと?』って聞いたら、表彰台が紙やすりの状態だって言うんですよ。たぶん、全競技共通の仕様で、スニーカーで乗っても滑らないようにしていたんでしょうが、フィギュアスケートではブレードのまま乗るのが主流なので、それで『あぁ、そうか』と思って。そこからは怒涛の戦いでしたね」
年間数百のブレードを研磨している日下は、「いつも何かあった時のために」と、自ら費用をかけて開発した砥石と、砥石を研ぐダイヤモンドドレッサーほか、さまざまな修理道具を常に携行しているという。
「道具はあっても砥石を当てはめる機械がなかったのですが、日頃使っている機械がある近くの工房を、日本スケート連盟が手配してくれました。事態に対応する会議を1時半くらいまでやって、そのまま2時間だけ目をつぶって…。団体銀メダルの祝杯を挙げたかったけれど、できなかったですね(笑)」
「研磨することは、いつも自分がやっていることなので不安はなかったのですが、実際に氷の上に乗ってから微調整が必要なんです。歯が立ちすぎているとか、もう少し歯を立ててほしいとかの要望は、自分の道具で対応できると思って、練習の時はずっとリンクサイドで見ていました。その演技を見ている時の方がヒヤヒヤしていました」
その後の結果は周知の通り、男子シングルは鍵山選手と佐藤選手が銀・銅メダル、坂本選手が銀メダル、そして「りくりゅうペア」が見事にペア種目で日本勢初の金メダルを獲得。一連のことが報道されると、その職人技でメダルをもたらした“陰の立役者”として注目を集めることになった。
「私が研磨した選手たちが全員、メダルを獲りましたからね。今回の五輪は、自分がやってきた集大成でもあったと思いますし、佐藤選手と積み上げてきた集大成でもありました。自分がこれまで経験してきたこと、過去にあった出来事などを詰め込んで持ってきた中で、すべてやれることができたとても良い五輪だったと思います」
世界の注目を集めた、まさかの夜
拳を突き上げ、飛び跳ねるようにリンクサイドを駆け回る日下の姿を捉えたその映像は、国際スケート連盟のSNSでも紹介されるほどだった。
ショートプログラム9位ながら、フリーで会心の演技を見せた佐藤選手は、第3グループを終えて暫定首位に立った。しかし、最終グループにショートプログラム上位の6選手が登場するため、「まさか表彰台に乗ることになるとは思っていませんでした」という日下。佐藤選手はグリーンルーム(上位3人の待機場所)にいないといけないため、「僕は別のルートで帰る予定だったし、彼は翌日、メディアセンターを回ることになっていたので、『よく頑張ったね。次に会えるのは2日後かな』なんて話をしてそこで別れました」。だが、ラウンジに行ってコーラを飲みながらライブ配信を見ていると「いつまでも上の方にいるので…」と、予想外の展開に。カザフスタンの選手と鍵山選手には抜かれたものの、最終滑走となる世界王者マリニン選手の得点が佐藤選手を下回り、佐藤選手自身も驚く銅メダルが確定した。
「まさか最後のマリニン選手が失敗するとは思わなかったので、こんなことあるのかと、もう開いた口が塞がらなかった。いっしょに喜びたかった」と、日下はリンクの反対側からグリーンルームのあるところへ急いで戻ったが、佐藤選手は表彰式の準備のため別の場所へ移動していた。佐藤選手の姿を探してリンクサイドをあちらこちら駆け回っているうちに、観客席に自らの恩師であり、共に佐藤選手を指導している浅野敬子コーチの姿が目に入った。
「それで思わず“やったー” ってガッツポーズをしたんです。そうしたら、上の方から『日下先生、おめでとう!』って大きな声を掛けられたので、また“やったー!”って2・3度手を振り上げて…。それがあの映像なんですけど、金メダルを獲った選手よりも再生回数が伸びていました(笑)」
「素が出ちゃうんですよね、やっぱり」と、満面の笑みを浮かべてその時のことを振り返った日下。「優勝を狙っていなかったところで、自分ができること、佐藤選手ができることをすべてやってきて、それに結果がついてきたので衝撃的にびっくりして、思わず立っちゃいました。漫画でそういう場面を見ているからか、外国人の方には、『日本人って本当に“やったー!”って言うんだね』と言われました」
愛情を持って選手と向き合っていくのは同じ
「指導する上で一番大切にしていることは、“愛情”ですね。大学でも、選手一人ひとりと1対1で向き合う時間を必ず作り、その時間を有効活用して、どこに向かっていきたいのか、どういう練習をしたいのかっていうのをお互いに話しながら決めています。そのコミュニケーションの仕方は誰であっても変わることはありません」
これまでOBとして気には掛けていたものの、部員たちとの接点はあまりなかったが、監督就任から約10ヶ月を経て、変化を感じるところもあるという。
「みんな明るくなって、反応が良くなったというか、会話が弾むようになりましたね。やっぱり会話をすることによってお互いに感じられるものがあるし、こういうことに直面しているんだなとか、こういうことを考えているんだなというのが分かってきて、それならばこうしよう、ああしようっていうことが言えるので、お互いに話す時間を設けることが良いと感じています。今回のアイスショーのために集まった際にも、みんなに会えて、いろいろ話すことができて良かったなと思っています」
部員たちからも「元々みんな仲が良かったんですが、日下監督になってから、さらに和気あいあいとなって、笑顔が増えたように感じます」(主将・杉原舞香、スポーツ科4・冲学園)という声が聞かれ、それが競技においても好影響をもたらしている。各クラスでの優勝や表彰台が増え、全体のチーム力が上がってきていることに日下は、「みんなでコミュニケーションする時間が増えたということも含め、“みんなでみんなを応援する”という姿勢がものすごく見えるようになりました」と、顔をほころばせた。
「両大学のみなさんの協力によって、とても温かい雰囲気の中で、卒業生を送り出していただきました。日大に入って楽しいことしかなかった4年間でしたが、中でも今日は忘れられない思い出になりました」
佐藤選手との師弟関係は今後も続いていく。「五輪でメダルを獲るという目標は果たしましたが、これから先はまた新しいジャンプを飛びに行かなきゃいけない。新しい種類のジャンプ、新しい構成を含めた新しい挑戦が待っているので、本人と話し合って再出発します」と、コーチとしての目標を語った日下。
その一方で、今春、新たに新入部員を迎えたフィギュア部門監督として、新チームと個々の成長にも力を注ぐ。果たして、ブレードの専門家としての職も含めて挑む“三刀流”の2年目は、どんな1年になっていくのだろうか。
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