【週刊グランドスラム341】新監督に聞く2026──number2井上貴晴(パナソニック)
1950年に松下電器軟式野球部として誕生したチームは、1952年に硬式野球部として活動を開始。翌1953年には都市対抗へ初出場を果たす。その後も着々と力をつけ、都市対抗に57回出場して1960年には準優勝。日本選手権には43回出場し、2000年と2005年にダイヤモンド旗を手にしている。そして、2008年の社名変更に伴い、パナソニック野球部へと改称した。
今年で75年目を迎える野球部の指揮官となったのが、井上貴晴監督だ。
「休部が決まっている中、複雑な心境ではありましたが、話をいただいたからには覚悟を決めました。会社のために、応援してくださる門真市のために、この一年間を戦い抜きます」
井上監督には、入社よりずっと前からパナソニックとの縁があった。中学3年時に入部した「兵庫神戸ボーイズ」の新監督が、松下電器OBの渋谷卓弥さんだった。当時のチーム名『松下電器』と書かれたTシャツを着ているのを見て「カッコええな」と感じたのが始まりだ。
「その時に初めて、社会人野球の存在を知りました。野球をやりながらも、当時は正直言って、あまり野球に興味がなかった(笑)。でも、それからだんだんと甲子園に行きたい、プロを目指したいと思い描くようになっていきました。そして、社会人野球も選択肢のひとつに。私がこうして監督をやるまでのキャリアの土台を作ってくださったのは、間違いなく渋谷さんです」
少年時代から縁のあったパナソニックへ入社する
青山学院大を経て2013年にパナソニックへ入社すると、1年目から二大大会に出場し、存在感を示した。9年間の現役生活を終えると、コーチ兼アナリストに就任。2024年はヘッドコーチとなり、スカウトも兼任した。あらゆる視点から得たものは、監督としても大きく役立つことだろう。
「視野が広がりましたし、いい経験をさせてもらった。ただ、どの立場でも、選手を信じてやることに変わりありません。本番までの事前準備が重要です。その準備をしっかり一緒にやった上で、監督として的確な判断ができれば、いい結果はついてくるはず。信頼してもらうためには、まずこちらが選手を信頼する。プレッシャーもありますが、それと同時に楽しみでもあります」
そう笑顔で話す新指揮官の視線の先では、選手たちの明るい声が飛び交う練習が行なわれていた。いつもと変わらない風景。いや、これまで以上に活気に満ちているのかもしれない。休部が選手に伝えられたのは12月8日、プレスリリースの直前だったという。
「涙を見せる選手もいました。はじめこそ整理がつかず、チームとしてすぐに同じ方向を見られずに、フワッとした雰囲気でした。それから選手との面談を重ね、それぞれの思いを知り、どうチーム作りをしたいか私の考えを伝えていった。そうして、今ではモチベーションをしっかり保って活動してくれています。不安はありません」
ほかの新任監督と違うのは、チームとしての土台を作る時間がないということ。今シーズンですべてを出し切れなければならない。だからこそ、「後悔のない活動をしよう」と、まず選手に声をかけた。
「これまで培ってきた技術力に、個々の思いを乗せる。それがチーム力を高めることにつながります」
井上監督は真っ直ぐな眼でそう言った。かつて憧れたユニフォームを着て14年目、パナソニック野球部として最高のシーズンにしたい。
取材・文=古江美奈子
グランドスラム66は、好評発売中です!!
- 前へ
- 1
- 次へ
1/1ページ