インドネシア代表で信頼をつかんだ若き日本人コーチ——谷口拓海さん、挑戦の先へ

びわこ成蹊スポーツ大学
チーム・協会
インドネシアの蒸し暑い空気に包まれたピッチで、ひとり静かに選手の動きを追う若い日本人がいる。谷口拓海。22歳。びわこ成蹊スポーツ大学を2025年に卒業したばかりの、世界でも稀な“若すぎる代表コーチ”だ。
そのキャリアの転機は、まだ学生だった2024年に突然訪れた。オーストラリア留学中、英語を学びながら選手としても復帰しようとしていた頃、一本の連絡が入る。
「インドネシア女子サッカー代表のコーチとして働かないか」——と。
「最初は信じられませんでした。でも、自分がずっと描いてきた“世界で勝負する指導者”の道が急に目の前に現れた。怖さより、ただワクワクしましたね」
同年7月、わずか3か月の留学期間で帰国し、彼はインドネシアへ渡った。若いからこそ飛び込めた挑戦だった。

英語で選手に伝える谷口さん 【©インドネシアサッカー協会】

■ 才能の“匂い”がした初日——眠っている力を解放したい

2024年に代表チームへ初めて合流した日、谷口さんは衝撃を受けた。
「選手たちが持っているエネルギーは本当にすごい。でも、それがまだ形になりきれていない。どう環境を整えれば、彼女たちの才能をもっと出せるのか——初日からそればかり考えていました」
この“観察から入る姿勢”が彼の大きな武器となる。評価を急がず、まず選手を知り、理解する。その姿勢が、若くしてチームの信頼を得ていく鍵になった。

■ 評価が変わったのは一発のインパクトではなく、1日の積み重ね

21歳で代表コーチ——。周囲が驚くのは当然だった。しかし、谷口さん自身が頼りにしたのは『特別な瞬間』ではなく『日々の積み重ね』だった。
・ミーティングで本質を言語化して伝える
・映像分析で“選手が自ら気づける材料”をつくる
・練習の細部にこだわり、意図を明確に示す
「“自信を得た瞬間”というのは今でもありません。でも、毎日まじめに向き合えば、信頼は積み上がる。そう実感できた時間でした」
サッカーが積み上げのスポーツであるように、彼の評価も日々の積み上げによって形作られた。

■ この1年半で形づくられた“コーチ像”

2024年の就任から始まった約1年半の経験を経て、谷口さんは自分の中に明確な“コーチ像”を持つようになった。
「選手の主体性やアイデアを最大限に引き出すこと。それが自分のコーチ像として、よりはっきりしました」
指導者がすべてを指示してしまえば、選手は考えることをやめる。想定外が起こる試合で闘えるのは、“判断できる選手” だ。
「AがダメならC、CがダメならXやY……。選手が自分で選択肢を増やし、状況に応じて判断できるチームこそ、本当に強い」
だからこそ谷口さんは、教えるのではなく、気づける環境をつくることを重視する。その哲学は、22歳とは思えない深さを持っている。

■ 契約延長の背景にあるのは“年齢ではなく、姿勢”

就任から約1年半が経った2025年末、代表チームから契約延長の打診を受けた。
AFF CUP 2024での初優勝、アジアカップ予選の経験。これらの実績に加え、日々の取り組みの質が信頼を生んだ。
2026年現在、谷口さんはA代表だけでなく、U-20・U-17のコーチ、さらにはサッカーの裾野を広げるグラスルーツまで幅広い分野を担当している。
「監督が描くサッカーを実現するために、どう船を動かすか。その一部を任せてもらえているのは本当にありがたいです」
若さは壁ではなく、むしろ成長のスピードを加速させる“武器”になっていた。

【©インドネシアサッカー協会】

■ 異文化の中で磨かれた「柔軟性」

日本で当たり前だった価値観は、インドネシアでは通用しないことも多い。スケジュールが急に変わることや、計画が翌日には180度違う方向に変わることもある。
「変化を否定せず、前に進めるところがインドネシアの強さだと感じています。自分自身も柔軟になりました」
彼の言葉には、現地文化への深いリスペクトがにじむ。その姿勢は、指導者として非常に重要な能力だ。だからこそ彼は、指導の言語も日本語から英語へ切り替えた。通訳を介さず、選手に“最も届く形”を選択。ただ伝えるのではなく、“届くように伝える”。谷口さんの指導哲学は、異文化の中でさらに磨かれている。

■ びわこ成蹊スポーツ大学で育まれた“現場で戦える力”

谷口さんの挑戦の原点には、びわこ成蹊スポーツ大学での4年間がある。
・サッカー部で学生コーチとして実際にカテゴリーを率いた経験
・データ分析コンテストで初代最優秀賞を獲得
・卒業研究ではインドネシア女子サッカーの発展可能性を徹底的に分析
・恩師・望月聡氏から受け取った「すべてのものから学ぶ」という哲学
「現場で経験を積める環境が多く、学んだことをそのまま試せる大学でした」

また、その大学生活の中で、谷口さんの価値観を大きく変えた言葉がある。
それは、指導を受けていた石間寛人監督(びわこ成蹊スポーツ大学OB)からかけられた、何気ない一言だった。
『びわこのためにやで…』
一見すると意味が伝わりづらい言葉かもしれない。しかし、この“びわこ”とは、谷口さんが在籍していたびわこ成蹊スポーツ大学のこと。OBである石間監督が後輩である谷口さんに、「母校のため、仲間のために本気で取り組め」という想いを込めて伝えた言葉だ。
「その一言で、自分が“誰のために努力するのか”を考えるようになりました。びわこのために、自分ができることは何か。そこから本気で行動するようになったんです」
結果的に、その経験が彼を世界へと押し出す原動力になった。谷口拓海という指導者の根幹には、母校と仲間への誇りが確かに息づいている。

大学在籍中の指導者との日常の様子 【©びわこ成蹊スポーツ大学】

■ 未来は“世界”——20代でプロライセンスを目指す

谷口さんは22歳にして、すでに明確な未来を描いている。
・インドネシアをワールドカップへ
・20代でAFC-Aライセンス、プロライセンス取得
・30代で世界に影響を与える指導者へ
・そして、挑戦する若者に“機会”をつくる存在へ
「挑戦する姿を見せ続けたい。若い指導者にとっての希望になりたいです」
22歳とは思えない言葉——。しかし、その言葉に裏打ちされるように、彼はすでに国際舞台のど真ん中に立っている。

■ 最後に——挑戦をためらうすべての人へ

谷口拓海さんは、自らの人生において“挑戦”を軸に生きている。
「若さは、今この瞬間です。挑戦しなければ成功の確率は永遠に0%。挑戦しない人生こそが最大のリスクです」
その言葉は、サッカーだけでなく、あらゆるスポーツを愛する人の心を揺さぶるだろう。世界の舞台で戦う若き指導者・谷口拓海。その挑戦は、まだ誰も見たことのない景色へと続いていく。

【©インドネシアサッカー協会】

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著者プロフィール

2003年に開学した我が国初で唯一の「スポーツ」を大学名に冠したパイオニアが、その役割を全うすべく、「スポーツに本気の大学」を目指し「新たな日本のスポーツ文化を創造する大学」として進化します。スポーツを「する」「みる」「ささえる」ことを、あらゆる方向から捉え、スポーツで人生を豊かに。そんなワクワクするようなスポーツの未来を創造していきます。

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