水上に咲く百恵ちゃん、ボートレーサーへの道
栗原里奈です。
2026年も引き続き、ピックアップヤングのコラムをよろしくお願いします⭐️
さて、早速ご紹介するヤングレーサーはこの方!
艇界の「百恵ちゃん」として親しまれる柴田選手。みなさまもお気づきでしょう。やはりこのお名前はお父様が大ファンだったという国民的アイドル・山口百恵さんから由来されているんだそうです。その名に恥じない走りで水面を駆け抜ける柴田選手の姿は多くのファンを魅了しています。
柴田選手の学生時代は音楽と共にありました。小学校では金管バンド部でトランペット、中学・高校では吹奏楽部でクラリネットを担当。特に進学した高校の吹奏楽部は、全国的にも知られる“厳しさ”で有名だったそうです。学生時代の活動については、「見ている方々が感動してくれることがうれしいですし、練習から本番までの努力の過程も好きでした」と話し、結果だけではなく、そこに至るまでのプロセスも大切にしていた様です。そしてまさにこの時代に培った姿勢が、後のボートレーサーとしての資質を形成していったのではないでしょうか。
「小柄な体格がボートレーサーに向いているんじゃないか」とお父さまからも勧められ、心は決まったそうです。
しかし、養成所の試験は決して平坦な道ではありませんでした。1回目は1次試験で不合格。2回目は3次試験まで進んだものの、面接で気持ちが揺らいでしまい不合格。そこから半年間、柴田選手は自分と向き合う時間を持ち、ノートに思いを書き出し、「なぜボートレーサーになりたいのか」という問いについて真摯に答えを出しました。
そして3回目の挑戦で、ついに合格。高校2年生だった柴田選手が養成所入所を決めると、吹奏楽部の先生や友人たちは自分のことのように祝福してくれたそうです。
当時16歳での入所は最年少であり、体力面での厳しさは想像を絶するものだったそうですが、持ち前の粘り強さと忍耐力がそれを乗り越える原動力となりました。
デビュー当初は4点台の勝率が続き、思うような結果が出せない時期もあったそうですが、師匠である芹澤克彦選手や静岡支部の先輩たちに励まされ、徐々にレースへの意識が変わっていきました。
特に静岡支部のレジェンド、服部幸男選手からの助言は大きかったそう。「外から良いレースをするから勿体ない」という言葉が、柴田選手の成長のきっかけとなったそうです。
そして、2024年のG2レディースオールスターではファン投票38位にランクイン。名前の由来となった山口百恵さんの「プレイバックpart2」を歌いながら恒例のボディコンスーツでパフォーマンスを披露しました。その明るさとサービス精神がファンからの支持を更に集めた様です。
また憧れの鎌倉涼選手の影響で食生活にも気を配るようになり、毎朝野菜たっぷりのスープを作るなど健康志向が強まったという柴田選手。
その憧れの鎌倉選手は、昨年レディースチャンピオンとクイーンズクライマックスの二冠に輝き、更なる高みへと進みました。
いつか同じ舞台へ!
水上を駆け抜ける「百恵ちゃん」の挑戦は、まだまだ続くことでしょう!
ぜひ今後の活躍にご期待ください。
次回の執筆は濱口くみさんです。
お楽しみに!
また、私が出演するBOATCAST NEWSは下記リンクに掲載の「BOATCAST」よりご確認ください。
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