挑戦者の気持ちで、五輪に挑んでいく。ショートトラック日本代表・金井莉佳
(取材:2025年12月14日)
五輪は得意種目の1500mで出走したい
ありがとうございます。最初に、代表に内定したというメールをいただいた時はすごく驚いて、母といっしょにめちゃくちゃ喜びました(笑)。ただ、初めのうちは「五輪って、どんなところなんだろう」と、あまり実感がなかったのですが、練習場や試合会場でいろんな方から「おめでとう」って言葉を掛けていただき、徐々に「代表に選ばれたんだな」っていう実感が湧いてきました。同時に、日本代表としての責任感も感じるようになりました。
− 五輪では混合リレーを含め5種目ありますが、出場種目は決まっているのですか?
いえ、レースの出場枠が取れていることだけが確定していて、まだコーチ陣も、どの個人種目に誰を出すのかを決めていないですし、リレーを誰でいくのかも決まっていません。W杯では500mに出場していましたが、私としては瞬発力よりスタミナが重要になる1500mの方が得意種目なので、できればそちらに出たいですね。
− 今季の成績や調子から、メンバー入りする自信はあった?
リレーに関しては、自分的にはいけるかなと思っていましたが、個人種目は3人で代表を争う形だったので、そこは誰が選ばれるのかっていう面ですごく不安もあって、半分半分という感じでしたね。
− リレーのメンバーも、個人戦ではライバルになってくる?
そうですね。海外遠征中でも、リレーは優先枠を獲れていたので、みんな個人種目に集中したいという気持ちがあり、お互いに意識しあっていました。チームで食事をする時でも、リレーの話より「1500mの組がキツイね」とか、個人種目についての会話をするほうが多かった。私はメンバー最年少ですが、気を遣うというよりも、場を盛り上げるような感じで接していました。
偶然から始まったシンデレラストーリー
− フィギュアスケートではなかったことに驚いた?
そうですね。元々クラシックバレエをやっていたので、踊りができる方だと思って楽しみにして行ったんです。最初、基本の低い姿勢になることをやっていたので、「これはフィギュアなのかな」と疑いつつも、そのうちフィギュアの練習をやるんだろうと思って続けていたんですが、やがてこれはショートトラックという競技なんだっていうのを知って…。でもやってみたらショートトラックも楽しいなと思って、競技を始めることにしました。
− その後、中学生で日本スケート連盟の強化指定選手になるなど急成長でしたが?
周りからは「結構早いね」って言われることが多いんですけど、自分としては同世代の人たちについていくのに必死でした。同世代の中では絶対に1番になりたい、大会に出るんだったら1番にならないとっていう感じだったので、成長のスピードを自分自身で感じることはあまりなかったですね。
− その頃はスピードスケートもやっていて、小平奈緒選手(平昌五輪・500m金メダリスト)が持っていた記録を塗り替えたこともあったそうですが?
どちらに絞るか結構迷いました。競技としてはスピードスケートの方が一般的によく知られているし、“スピースケートと言えば小平さんね”というように誰もがわかるんですが、ショートトラックって言うと、だいたいみんな一回「んっ?」てなるんです。それならば「自分の名前でショートトラックの認知を広げていけたら」という思いが湧いてきて、ショートトラックに取り組む方向を選びました。周囲には「もったいない」と言われることもありましたが‥。
− スピード感のある競技ですが、最初の頃は怖いという感覚はありましたか?
いえ、むしろ今の方が怖いです。小さい頃はスピードを出すのが楽しかったのですが、今は本当にスピードを出すのがちょっと怖い感じですね。
− 自分の強みはどういうところですか?
全国でも世界でも、氷が硬かったり柔らかかったりと異なりますが、自分の調子が氷の状態に左右されないところが一番の強みだと思います。その中でも一瞬で加速してスピードを出すのが得意なので、1500mでもアウトから捲りに行ったりします。脚の力は弱い方なので、たぶんスケートの乗り方にコツがあるんだと思います。
− 逆に課題としていることは?
その一瞬で上げたスピードを持続させていくことかなと思っています。
− 海外での試合も数多く経験してきましたが?
海外勢との試合は、国内での試合と全く違います。日本のレースでは、強い選手がいたら結構先を譲ってしまうことが多く、その強い選手の後ろについていって順位を取るという感じですが、国際大会になると速い遅い関係なく誰でも突っ込んでいくので、本当に気持ちも強くないといけない。その点は全然違うなと思いました。そのぶん転倒も多いのでそれに巻き込まれたり、失格になることも多く、トラブルは多々あります。
− 自信をつけたレースはありますか?
今年のワールドカップ第4戦の500mで、初めて43秒を出した時に、上位の選手についていけたのが結構自信になりました。ただ、世界のトップレベルでは、42・43秒で争っている中でも抜き合いができるので、そこでのスピード感やペース展開というところでは世界との差を感じました。
− 世界と戦い、勝つためには?
500mはスタートでついていければ後半もその調子でついていけると思うので、スタートからの加速が一番の勝利の秘訣かなと思います。1500mで勝つには、やっぱり世界レベルではみんな手でやりあうので、その一瞬の隙を捉えるのが大事だと思っています。
日々の学びも競技のために
生徒の会話のレベルが違っていて驚きました。中学校時代は、県大会などの話が多かったのですが、高校に入ったら全国大会の話ばかりで、会話のレベルが違うと思いましたし、前向きな話しかしないんです。その中で、ポジティブな考え方だったり、大会の時の気持ちの持って行き方だったりとかを学ぶことができました。スケート部はなかったので、フィギュアスケートとアイスホッケーの部があったのでそこに混ぜてもらっていました。
− 大学進学にあたって考えたことは?
ショートトラックだけでなく、将来はアウト(スピードスケート)もやりたいと思っていたところ、日本大学のスケート部では両方できると聞いたので入学することを決めました。この五輪シーズンが終わったらアウトにも挑戦してみようと思っています。学部は、スポーツ科学部も考えたのですが、海外遠征も多いですし、すべてを五輪に賭けたいという気持ちだったので、オンデマンドで学べる通信教育部の文理学部文学専攻(英文学)を選びました。ただ、同じチームの中には大学に通っている選手もいて、ゼミの話などを聞くと大学に行ってみたいと思うこともあります。
− 文学専攻は英語を学びたいという思いから?
そうですね。海外の選手とも日常会話ぐらいはできますが、英語をもっと学びたい。海外遠征中は午前と午後の練習の合間に授業を受けられますが、日本にいる時は移動などで時間を削られてしまうので、むしろ海外遠征に行っていたいぐらいです(笑)。
− 将来の夢みたいなことはありますか?
なるべくスケートに関わっていたいと思います。次世代を育てたいし、ショートトラックやスケートという競技をもっと広めていきたいというのが今の夢です。
壁を乗り越えた先にあった五輪の舞台
日によって変わりますが、1時間半の練習で、タイムを測りながら7周を3本くらい滑ったりとかその合間の休憩中にも自分でちょっと滑ったりしています。
− コーチの方から言われていることは?
ずっと見てもらっている柏原幹史監督と新たに小寺武大コーチの2人に見てもらっていますが、言われているのは簡単なことで、骨盤を意識することだけです。私は、頭で考えるよりも体を動かさないとダメなので、とにかく滑るしかないと思って、言われたことをイメージしつつずっと滑っている感じです。
− 今までで一番うれしかったこと、辛かったことは?
五輪内定が一番うれしいんですが、それ以外にスケートのことで言えば、小学6年生の時、初めてノービスの大会で優勝した時が一番楽しかった。辛かったのは、一番になれない試合が続いた時。シニアに上がってからもずっと優勝することができなくて、その頃が一番辛かったですね。
あと、3年前に初めてW杯に出場した時、派遣選考のタイムトライアル1000mでA基準を切ったものの順位は10番だったんです。他の選手はメダルを獲ったりして実績があったけれど、私は獲れていなかったので、「何であいつが行くんだ」「あいつが行っても世界で戦えないんじゃないか」って言われたりして…。そこのところではレース展開の壁を感じました。
− その壁を乗り越えられたのは?
ライバルの存在が一番だったかなと思います。中島未莉さん(トヨタ)は「こうした方がいいと思うよ」とかいろいろアドバイスしていただいたし、チームメイトからも「リカちゃん強いんだから」って励ましていただいたので、気持ち的に楽になって乗り越えられたかなと思います。
− 最後に、ミラノ・コルティナ五輪に向けての抱負をお願いします。
W杯では、個人でいい結果は残せていませんが、挑戦者としてやるしかないという気持ちです。失うものはないので、とにかくW杯よりもさらに上位を目指して、個人戦は大切にしていきたいです。
リレーではW杯で3位を獲った(ワールドツアー2戦目・3戦目の3000mリレー)ので、五輪でもメダルは獲得したいと思っています。
「己に克つ」という言葉を大事にしているという金井選手。出場種目が決まるのは1月下旬の予定だが、日本女子では史上初のメダル獲得へ向けて、会心のレースと快心の笑みを見せてほしい。
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