【大学サッカー】Jリーグ加入内定6選手インタビュー
会見に先立ち、各選手に大学での成長の日々を振り返りながら、新たなステージに挑む今の思いを聞いた。
(取材:2025年11月28日)
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自分の立ち位置は、自分の努力で変えていく。
子どもの頃からずっと意識していましたし、日大に入学してからもプロを目指していました。同世代の選手がプロの練習に参加したとか、内定したとかという話が耳に入ると、「自分も負けたくない」という気持ちになり、「絶対プロになってやろう」と思っていました。
― 浦和レッズ加入に至った経緯は?
最初に練習参加させていただいたのが、ちょうど1年前ぐらいの3年生の冬でした。それまでどこからも声が掛からなかったので「J1はちょっと厳しいかな」と少し思っていましたが、浦和さんに声を掛けていただき非常にうれしかったです。それから何回か練習に行って、その後オファーをもらって決まりました。ゲームコントロールや、左足の展開、キック精度というのを評価していただいています。
― 浦和の練習に参加して手応えなどはありましたか?
試合を作るというところが自分の特長ですが、練習参加の時にそこは表現できたと思います。その一方で、自分を表現しないと試合で使ってもらえない、単にプレーするだけではなく、周りに対してもコミュニケーションをしっかり取ることが非常に大切だと感じました。
― 大学4年間での成長はどう感じていますか?
1年生の時から試合に出させてもらい、4年間非常に素晴らしい経験をさせてもらいました。高校時代に比べれば、しっかり成長しているという自信もあるし、実感もあります。しかし、浦和の練習に参加して、まだまだ足りないところが多く、精度も上げていかないといけないと感じました。この先プロでやっていくためには、1つ1つのプレーの質や、1つのプレーにどれだけこだわれるかというところを大事にしていきたいと思います。
― 今夏、大学選抜のイタリア遠征に参加しての感想は?
一番感じたのは、日本では感じたことのないボールに対しての“圧”やスピード感。今までやってきたサッカーとは全く別物だったので、非常に貴重な経験になりました。そこで感じた相手の強度やスピードをイメージした、日々の練習が大事だと思いますし、自分の中での基準をさらに上げていかなければいけないと感じています。
― プロとしてどういう選手になりたいですか?
見ている人やファン、サポーターの方から応援される選手になりたい。子どもの頃、Jリーグや日本代表の試合を見て「かっこいいな」と思ったし、自分もこうなりたいという夢をもらったので、今度は自分が夢を与える側だと思っているので、勇気や感動をプレーで表現していけるようになれたらいいなと思います。
― プロ1年目の目標は?
今は一番下の位置にいるので、いきなりボランチとして試合に出るというのは簡単なことではありません。それでも、自分の立ち位置を変えるのは自分の努力次第だと思いますし、チャンスは必ず来ると思うので、日々の努力で1つ1つのチャンスをしっかり生かしたい。加入するからには戦力にならないといけないし、自分ではベンチ外というのは考えていないので、開幕からメンバーに絡むというのを狙っています。
― 最後に、インカレに向けての抱負をお願いします。
今年は予選ラウンドなどのレギュレーションもありますが、自分は一発勝負だという気持ちで戦います。これが大学サッカーラストの大会ですし、最後にいい結果で終わることで、来年から始まるプロ生活にもつながると思うので、頑張っていきたいと思います。
2003年生まれ。神奈川県出身。日大藤沢高卒。経済学部4年。横浜F・マリノス ユース追浜を経て日大藤沢高で1年次からレギュラーを務める。日大でも1年生の時からボランチのレギュラーに定着。‘23年はU-20全日本大学選抜に選出されアジア大学サッカートーナメントで2試合に出場(優勝)。今季からチームの主将を任された。7月に2026シーズンからの浦和レッドダイヤモンズ加入が内定(2025年JFA・Jリーグ特別指定選手)。
覚悟を持って、J3からのステップアップを目指す。
小さい頃からサッカーをやってきて、「プロになるぞ」という気持ちはもちろんありましたが、現実的には大学2・3年生ぐらいにリーグ戦の試合に出始めてから、強く意識するようになりました。
― 福島ユナイテッドFC加入に至った経緯は?
最初にオファーをいただいたのは8月でした。他のクラブの練習にも参加していましたが、福島ではチームの皆さんがとても優しくて雰囲気が良かった。サッカーもすごい攻撃的なスタイルなので、自分に一番マッチしているな
と感じたし、自分の武器を生かしてやっていける自信が持てたので、他の結果を聞く前に福島にお世話になることを決めました。
― プロになることが決まり、気持ちの変化などは?
周りの方からいろんな言葉を掛けていただく中で、来年からプロサッカー選手としてのキャリアを始めるんだという強い覚悟を、改めて持つようになっています。
― プロとしてやっていく上でまだ足りていないと思うことは?
大学のレベルより、必ず格段に上がると思うので、その中で“判断の質”を上げていく必要があるし、守備でも、1人でボールを奪い切れる力とうのは、まだ足りていないかなと思います。
― Aチームに上がったのは2年生のシーズン途中からですね?
同期がBチームからどんどんAチームに上がり、関東リーグにも出場している姿を見てとても悔しかった。それでもやってきたことを疑わず、ずっと自分を信じてやっていたし、いつか必ず先にAに上がった同期よりも上に行きたいと、強い気持ちを持って取り組んでいました。
― 大学4年間で成長したと思えることは?
人間性のところだと思います。4年生になってトレーニング班長という役職に就き、そこでスタッフ目線という、学生とはちょっと違う視点を持ちながらトレーニングを仕切ったり、4年生としてチームの規律を決めるということに携わってきました。それまでは自分さえ良ければという部分も多少ありましたが、4年生になってからは「まずはチームのために」というのを優先するなど、考え方の変化は前より大きくなったように思います。
― プロでの目標は?
1年目は全試合出場というのを目標にしています。厳しい環境になることはわかっていますが、プロに行くということはそういうことだと思うので、覚悟を持って1年間やっていきたい。プロのキャリアはJ3からのスタートですが、チームとしても個人としてもJ2、J1とステップアップしていき、いずれは日本代表に入りたいという目標があります。
― サッカーを続けていく上で大切したいことは?
「謙虚でいる」ということは、小さい頃から言われてきたことでもあり、自分でもずっと意識してやってきたので、これからもそうありたい。あとは、今までお世話になった方々や、サッカーを通じて出会えた方々とのつながりというのは大事にしていきたいなと思います。
2003年生まれ。神奈川県出身。湘南台高卒。経済学部4年。小学生の時から川崎フロンターレの下部組織に所属し、川崎フロンターレU-18を経て日大へ入学。2年生のシーズン中にトップチーム入りし、以降はボランチとして攻守にわたり活躍。今年9月に2026シーズンからの福島ユナイテッドFC加入が内定(2025年JFA・Jリーグ特別指定選手)。
自分に自信を持つことができた4年間に感謝。
最初は、子どもの頃、親にサッカー観戦で新潟のスタジアムに連れて行ってもらった時に、「いつかここでプレーしたい」と思いました。その頃は「ここのピッチに立つんだ」というイメージでサッカーをやっていましたが、それはつまりプロになることだと理解してからは、「プロ選手になる」というのが目標になりました。
― 高知ユナイテッドSC加入に至った経緯は?
加入内定のリリースは6月中旬でしたが、その2・3週間前に練習参加させていただきました。Jリーグのチームの練習に参加したのはその時が初めてでしたが、自分のプレーが通用する部分があって自信を持てましたし、「やっていけそうだな」と思ったと同時に、「ここでやれれば、もっとさらに上に行ける、もっと上手くなれる」と感じて、気持ち的にもポジティブになりました。そうした中で、オファーをいただいたのですごくうれしかったですね。
― 自身のストロングポイントは?
前への推進力やクロスという部分で運動量を出せると思っていますし、何より戦う気持ちを常に持っているので、そういうところはプロでも通用すると思いました。
― プロになることが決まり、何か変化などは?
責任感が芽生えたと思います。以前より、自分の中でプレー1つ1つに対して求める強さが上がったし、マッチアップしたら相手がプロでも負けないという自信を持てたので、ふだんの練習でも「プロとして負けられない」という気持ちで臨んでいます。また、自分の課題でもある“判断”というところを、特に考えるようになりました。判断力のスピードが求められる世界だし、それは自分で上げていけるところなので常に求め続けたいと思っています。
― 大学4年間を振り返って思うことは?
入学後、すぐにトップチームに入りたかったのですが、最初はBチームでした。そこでも思うような結果を出せずにいましたが、プロになることを第一に考え、そこに向けて逆算して行動していくというのを自分の軸として持っていたので、迷う時や焦りもありましたが、自分なりに出した答えを正解にできるように努力してきました。その後、3年生の夏の終わりぐらいにトップチームに入ることができ、これまで選択してきた道は正解だったなと思いましたし、自分に自信を持てたのですごくいい時間だったと思います。
― その中で成長したと思える点は?
高校の時、メンバー外になった経験から、サッカー以外のところを求めていけば、結果的にサッカーにつながるんだと気づきました。大学では自分で1日のスケジュール管理ができるため、自分はこれからどうしていきたいのか、どういうことを積み上げていかなければいけないのか、というのを考える時間がすごく増え、サッカーについても、サッカー以外のところでも大きく成長できたと思っています。
― どんな選手になりたいと思っていますか?
J1はすごい夢の舞台なので、そこを目指していくのは当然だと思いますが、その中で、攻撃だったら得意のクロスで得点に絡んだり、守備ではピンチの時に守り切れる選手になりたい。まだ、最終的にこういう選手というイメージは湧いていませんが、それは、これからの日々の積み重ねの中で作っていくものなので、自分自身に期待しながら、頑張っていきたいと思います。
2003年生まれ。新潟県出身。帝京長岡高卒。危機管理学部4年。高校3年時に全国高校選手権に出場。日大では3年夏からトップチームに定着しリーグ戦に出場。今年6月に2026シーズンからの高知ユナイテッドSC加入が内定(2025年JFA・Jリーグ特別指定選手)。今季は主務としてもチームの管理運営に尽力し、サッカー部初の総務出身J リーガーとなった。
日々の積み重ねでつかんだプロの舞台でも、輝いてみせる。
先週の火曜日ぐらいに小田島(隆幸)ヘッドコーチからオファーがあることを知らされて、そこからもう2・3日ぐらいで決まりました。
― なかなか進路が決まらない状況をどう感じていましたか?
今年の夏に、いろんなチームの練習に参加させていただいて刺激をもらったり、現実を知れたところがあった中で、サッカーでお金をもらって飯を食うという、サッカーを職にする覚悟ができました。どのチームに行きたいという希望は特になく、自分が必要だと言ってくれるチームに行きたいと思っていたのですが、なかなか決まらず…。不安な気持ちがなかったと言ったら嘘になりますが、自分のやることをやっていれば、自ずとチャンスが巡ってくると信じていたので、いつ来るかわからないチャンスのために日々備えていました。
― 一般的な就職活動もしていた?
3年の夏ぐらいに、当時はまだBチームだったので、現実的に考えて就活しようと決めて始めました。その就活中にいろいろな人と出会い、自分の知らない世界や価値観を知ることができたので、むしろ就活があったから、プロへの道が開けたのかなとも感じています。
― トップチーム入りは今季からということですが、3年間はどんな思いでしたか?
単に自分に実力がないだけだと思っていたし、そのぶん伸びしろだらけだと思っていました(笑)。4年生になってからトップチームの試合に絡めれば、同じような状況にいる後輩たちの希望にもなれると思っていたので、そういう時が来ると信じて毎日自分に必要なことを積み重ねてきました。もちろん、悔しい思いもありましたが、それよりも自分の未来がどうなるかなというワクワクの方が大きかった。悔しい気持ちをモチベーションにしつつ、未来を自分の手で変えようという気持ちが強かったですね。
― 大学4年間を振り返って成長したと思える点は?
やはり、人間性というところかなと思います。今回プロになる6人の中で、自分が一番苦しい思いをしてきて、それを乗り越えたという自負もある。常々、「ピッチ外の行いや細部にどれだけ気づけるかという部分が最終的にピッチ内に現れる」と川津監督から言われてきて、日々を大切にすることの積み重ねで4年間やってきて、メンタルの部分では大きく成長できたと感じています。
― 練習参加でプロのレベルを体感してみて、どう感じましたか?
常日頃、日大の高いレベルの中でやっているので、全然やれないっていう感覚はありませんでした。自分の武器であるドリブルやクロスというところは通用すると思いましたし、プレーの判断スピードなどに慣れていけば、十分やっていけるなと自信を持てた。攻守の切り替えの部分では、まだ改善の余地がありますが、あとはどれだけチームの中で活躍できるかというところだと思います。
― 高知ユナイテッドSCには松本選手もいっしょですね?
彼も苦労しながらトップチームにはい上がってきたので、そういうところを見ている自分からすれば、プロでも一緒のチームでプレーできることに喜びを感じます。ただ、これからはディフェンダーとしてのライバルでもあるので、どちらが先にステップアップするかというところで切磋琢磨していきたいですね。
― どんな選手になりたいと思っていますか?
プロになるからには、日本を代表する選手になりたい。大学3年生までBチームでも試合に絡めない選手だった自分がプロになれるということを証明し、後輩たちに希望を与えられることができたと思うので、次はJ3からしっかりはい上がっていって、より多くの人の希望になれるような選手になりたいと思います。
2003年生まれ。神奈川県出身。日大藤沢高卒。文理学部4年。湘南ベルマーレの下部組織から湘南ベルマーレU-18を経て日大に入学。3年間をBチームで過ごしたが、今季からトップチームに入りリーグ戦で活躍。11月に2026シーズンからの高知ユナイテッドSC加入が内定。
走り回って点を獲って、自分の価値を証明する。
2027シーズン加入内定
中学に上がる段階ですね。セレッソ大阪のジュニアユースに入った時に、自分の中でプロに行けるかなっていう気持ちはありました。
― 7月から東京ヴェルディの練習に参加して、プロの世界をどう感じましたか?
やはり大学と違って熱量がすごいですし、選手はもちろんスタッフの方も含めて、人生を賭けてやっているという気迫が練習からも伝わってきます。今日もヴェルディの練習に参加しましたが、最後のミーティングでは「ここでやりたくても、やれない選手がいるんだぞ」っていうぐらい熱くて、本当に毎日勉強することが多くあります。
― プレー面でのレベルの違いは?
強度の差をすごく感じました。ヴェルディのサッカーは縦に速くて、とにかくアグレッシブなチームだというイメージを持っていましたが、“走る”という部分がすごかった。自分は、誰よりも走って、誰よりも頑張って球際は絶対に負けないで、そこからしっかり点を獲るというのがプレースタイルですが、自分の特徴の“走りまわる”という部分も、ヴェルディに行くと普通になってしまうので、その感覚の差が大きかった。ここまで差があるとは思っていなかったので、最初の頃は焦りや危機感しかなかったですね。
― 今は変わってきた?
とりあえず練習についていくというイメージを持って臨んでいて、どれだけ苦しくても毎日食らいついていくという気持ちで練習しています。最近やっと慣れてきたかなという感じです。
― 8月のJリーグデビューの感想は?
「すごかった」の一言です。初めてベンチ入りした試合で、観客の多さも経験したことがないものでしたし、鳥肌が立ちました。それでもピッチに立つ時は、それまで以上に「やってやるぞ」という気持ちがこみ上げてきました。
― 9月の初スタメン初ゴールは、どんな気持ちでしたか?
スタメンを言われたのは前日の練習中でした。前々日まではサブ組で練習していたのですが、前日に急にスタメン組と一緒にやることになって驚きました。当初は、同じ日に開催される関東リーグの試合に出る予定でしたが、川津監督から「メンバーに入るならいいよ」って言っていただいてヴェルディの方に行かせてもらったので、大学や監督には本当に感謝しています。
スタメンということでより気持ちが入る状況ですし、夜の試合でしたが朝からボールを触ってうずうずしていました。FWとして結果を出さないと生きていけない世界なので、絶対点を獲ってやるぞという気持ちで挑み、ゴールを決めることができたので今までの努力が報われたなという思いでした。試合を観に来てくれた両親からは「まだ1点を獲っただけなので満足していないし、ここからだな」って言われました。
― 日大入学後の3年間はどんな時間でしたか?
日本大学に入り、関東リーグのレベルを知った時にはかなり焦りました。実際に自分はプロになれるのかっていうのを1年間ずっと考えながら、24時間常にサッカーのことばかりを考えていました。今年のデンソーカップで関東選抜Bに選ばれ、そこでだいぶ自信がつきました。
― これからのキャリアにおいて必要なことは何でしょうか?
“得点”ですね。フォワードなので、点を獲らないと生きていけない。得点を獲ることで、しっかり自分の価値を示していくのが重要だと思っています。
― どんな選手になりたいと思っていますか?
高校の先輩でもある浅野拓磨選手(RCDマジョルカ)のように、走れて点を獲れる選手に憧れます。将来はドイツでプレーしたという夢を持っていますが、まずはJリーグでしっかり活躍したい。そして、いずれドイツに行けたらいいなと考えています。
2005年生まれ。三重県出身。四日市中央工高卒。文理学部3年。セレッソ大阪U-15出身で、四日市中央工を経て本学に入学。今年7月に練習参加した東京ヴェルディからのオファーで2027シーズンからの加入が内定。2025年JFA・Jリーグ特別指定選手として、8月9日の横浜F・マリノス戦で後半45分から投入されJリーグデビュー。9月20日のファジアーノ岡山戦で初先発を果たすと、前半49分にJ初ゴールを決めた。
さらに成長して、子どもたちの憧れとなる選手に。
2027シーズン加入内定
小学校1年生くらいからサッカーを始めましたが、その時からずっとプロになりたいと思っていました。大学在学中に、プロの世界でチャレンジできるならやってみたいという気持ちもありました。
― 水戸からオファーを受けた時の気持ちは?
練習参加した時に、自分としてはある程度の手応えがあったので、オファーをいただいて決まった時はうれしかったですし、水戸で活躍したいと思いました。育ててもらったコーチや親など、周りの方々への感謝の気持ちも湧いてきました。
― 練習参加した時に感じたことは?
ゴールを決め切るだとか、数字に残る部分へのこだわりとかもそうですし、やはりプレーの質というところは大学生とはだいぶ違うなと思いました。同時に、自分自身がそこを上げていかないとプロの世界で活躍することはできないと感じたので、今はもうそこに対する危機感というか、もっとやらなきゃいけないっていう気持ちでいっぱいです。
― 自分の武器や、見てほしいプレーなどは?
縦の推進力だったり、ボールを前線を収めるところやゴールに向かっていくというのが自分のプレースタイルなので、そういうところを見てほしいなと思っています。その一方で、数字をどんどん残していくという点ではまだ足りていないと感じていますし、チームを勝たせられる選手になりたいと思っているので、そこに向けてトレーニングを積んでいます。
― 日本大学への進学を決めた理由は?
一度、練習試合に参加させてもらった時に、そのアグレッシブなプレースタイルとか、ボールを大切にしながらサッカーするとか、そういう部分で自分の特徴が活かせる、自分に合っていると思いました。また、施設が本当に素晴らしく、トレーニングルームや食事面でも、他大学にはない環境だったので魅力を感じました。
― ここまでの3年間で成長したと思えることは?
スプリントの速度やコンタクトする力は、全体的に上がったと思っています。他大学と比べかなり走り込んでいると思いますし、すごいトレーニングルームで充実したトレーニングが行えるところが、フィジカルの強さにつながっているなと感じます。メンタル的には波があるのでまだまだだなと思っていますが、これから最上級生になっていく中で、成長していかなければいけないし、成長できる部分だと思っています。
― 同じFWの平尾選手については?
ずっと一緒にやってきて、彼がやっていることを見てきたし、逆に彼も自分がやっていることを見ていると思うので、お互い切磋琢磨してきたと思っています。プロの世界でも彼に負けないようにというのはもちろんありますし、自分が彼より上に行くんだという強い気持ちでプレーするつもりです。
― どんな選手になりたいと思っていますか?
子どもの頃、川崎フロンターレの小林悠選手や三苫薫選手(現ブライトン)に憧れを持ってずっと練習してきたように、自分自身が子どもたちに憧れてもらえるようなサッカー選手になりたいと思っています。そのためには、プレーだけじゃなくて、日本大学大学が大事にしているピッチ外のところも磨いていきながら、サッカー選手としても人としても一流になっていきたいなと思っています。
2004年生まれ。兵庫県出身。スポーツ科学部3年。川崎フロンターレU-15・U-18を経て本学に入学。1年次から関東リーグに出場。長身ストライカーとして注目され、今年9月に水戸ホーリーホックへの2027シーズンからの加入が内定。2025年JFA・Jリーグ特別指定選手としても承認され、10月19日のJ2・ジェフユナイテッド千葉戦で後半42分から交代出場してJリーグデビューを飾った。
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