16歳のジーコが朝5時半に家を出て、“2時間半かけて通う練習”ができた理由。「──になりたい、ただそれだけだった」
鹿島アントラーズ
クラウドファンディングプロジェクト
#アントラーズの未来をみんなで 2025
鹿島アントラーズがジュニア年代の環境整備を目的に、12月16日(火)までクラウドファンディングを実施している。目指すジュニア専用グラウンドの建設は、選手育成の根幹を支えるプロジェクトだ。今回はクラウドファンディング実施を記念した特別企画として、ジーコクラブアドバイザー(CA)インタビューを2回にわたって連載。第2回はジーコ自身のアカデミー年代での経験とジュニア専用グラウンドをつくる意義について聞いた。
朝5時半、あるいは6時には家を出ていました。そこから電車とバスを乗り継いで、フラメンゴの練習場があるガヴェアに着くのが8時前後。移動だけで約2時間半かかりました。8時半や9時からトレーニングをして、1時間から1時間半くらいで終わるとすぐに移動です。軽く食事をして、今度は街の中心部にある学校へ向かいます。
――当時、練習場から学校までも距離があったのですか?
はい、学校は街の中心部にあったので、12時頃に着いて、そこから17時まで授業を受けていました。授業が終わると、再び移動し、レブロンのジムへ。筋トレを1〜2時間やって、ジムを出るのは19時半〜20時。そして、また電車とバスを乗り継いで帰宅すると、いつも夜23時前後でした。これを週3回、繰り返していました。
――それだけハードな生活を、なぜ続けることができたのでしょうか?
理由はただ一つ。「プロサッカー選手になりたい」という思いです。プロになるためには、練習だけでなく、自分の体をつくることが絶対に必要だと感じていました。だから時間がかかっても、トレーニングと通学を両立させる生活を選んだのです。
――当時は、クラブが用意する寮のようなものはなかったのですか?
宿泊施設はありましたが、入れるのは別の州から来た選手だけでした。リオデジャネイロ州以外、例えばサンパウロやバイーアなど、遠くから来た選手はそこに住めた。一方で、僕のようにリオ出身の選手は基本的に自宅から通うしかなかったんです。だから朝早く起きて、長い時間をかけて通う生活になった。今のようにクラブの寮から練習場や学校に通える環境とはまったく違います。
――長距離の移動は大変だったと思いますが、今振り返るとどんな思いがありますか?
確かに大変でしたが、僕は電車やバスが好きだったんです(笑)。だから移動そのものを楽しんでいたところもありました。日本に来てからも、東京に住みながら電車とバスを乗り継いで鹿島まで通った時期があって、あの頃を思い出しました。
ただ、これを誰もができるわけではありません。家が近ければ負担は減るし、学校や練習場が生活導線にある環境は、選手にとって大きなアドバンテージになります。
――その長距離移動をしながら、身体づくりや食事はどのように管理していたのでしょうか?
14歳の頃は本当に細かったんです。17歳までの数年間で、胸も腕も脚もまったく違う体になりました。
食事は1日5回を意識し、移動中の電車やバスの中でも食べられるときに必ず食べていました。サプリメントなども工夫しながら、「どうしたら体を大きくできるか」を常に考えていました。移動が長い分、食事や休息の時間は限られていましたが、「食べることもトレーニングの一部」でしたね。
今のように小さい頃からリーグ戦があるわけではありませんでした。11歳や12歳のカテゴリーでは、ほとんど公式の大会がなくて、あっても近くの街のチームと練習試合をするくらい。初めて本格的な大会に出たのは、フラメンゴの選手として17歳のときです。1970年のリオ州の大会で、22試合に出場して27ゴールを決めました。それまでのアマチュアの得点記録が26ゴールだったのですが、それを1点上回ることができたんです。それまで努力が形になった、特別な瞬間でした。
――その頃の経験と比べて、今の鹿島アントラーズの環境はどう映っていますか?
鹿島の施設は、年月とともにどんどん良くなってきています。トレーニングピッチ、メディカルやフィジオの設備、ロッカールームなど、クラブが努力を重ねて進化させてきたことを感じます。ただ、世界のビッグクラブと比べると、まだまだ伸ばせる部分はたくさんあります。選手を獲得するとき、どんな練習場や施設があるかは、年俸と同じくらい重要な要素になります。トップチームだけでなく、アカデミーやジュニアの環境も含めて、インフラをさらに良くしていくことで、もっとクラブの魅力を高めることができると思います。
――今回のジュニア専用グラウンド建設プロジェクトは、その“環境づくり”の一歩になりますね?
そうです。僕が若い頃に経験したような、長距離移動をしなくてもいい環境を、子どもたちに用意してあげることができます。練習場のそばに学校や寮があれば、移動にかかる時間をトレーニングや勉強、休息に充てることができる。これは選手にとって、ものすごく大きな差になります。
ジュニア専用グラウンドができれば、子どもたちは安全なピッチで思い切りサッカーができるし、クラブにとっても将来のトップチーム、さらには日本代表につながる選手を育てるための土台になる。アントラーズが世界のクラブと肩を並べていくために、とても大事なプロジェクトだと思っています。
――最後に、クラウドファンディングに参加してくれる方々へメッセージをお願いします。
日々、鹿島アントラーズを応援してくださっている皆さんには、ぜひクラブが今取り組もうとしていることを信じて、力を貸してほしいと思います。皆さんのサポートは、クラブの未来をつくるだけでなく、日本を代表するような選手を育てることにもつながります。クラウドファンディングを通じて、このプロジェクトに関わっていただければ、クラブを一緒に支え、次の世代の子どもたちの環境を良くしていくことができます。これからも、鹿島アントラーズへのサポートをよろしくお願いいたします。
【vol.1はこちら(12/13掲載)】
【12/16(火)23:00まで】ふるさと納税型クラウドファンディングプロジェクト「アントラーズの未来をみんなで2025」は下記、関連リンクから!
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