【活動報告】日本財団HEROs x 日本陸連 奥能登陸上教室
HEROsとは?
奥能登で陸上教室を
一方、「輪島競歩」の通称で1970年台から続いてきた全日本競歩と日本選手権競歩の舞台である輪島市と深い縁を持つ日本陸連では、震災発生直後から、募金活動や義援金口座の開設、チャリティーオークションなどの形で独自に復興支援を展開。当初は、昨年の春に被災地での復興支援イベントの開催を目指していました。しかし、発生から1年が過ぎた時点で事務局員が輪島市を視察した際、復興以前といえる復旧の段階にあった現地の状況を目の当たりにして、「イベント開催より先に取り組んだほうがよいことがあるのではないか」と、まずは別の形で支援を継続しつつ、時機を待つことを選択していました( https://www.jaaf.or.jp/news/article/21474/ )。
2つのエリアで、2日間で4教室を実施
初日となる11月22日の陸上教室は、珠洲・能登会場として、珠洲市立緑丘中学校で行われました。実施会場となったのは、バスケットボールコートを2面とることができる大きな体育館(ちなみに、震災直後は、避難所として利用されていたそうです)です。タイムテーブルは、10時30分から12時まで高校生の部が行われ、1時間の休憩を挟んで、13時から14時30分まで小中高生の部が行われるスケジュール。司会進行役を務めた小口貴子さんと、小口さんの夫で現役時代はリュージュ選手として冬季オリンピック3大会連続出場(2002年ソルトレークシティ、2006年トリノ、2010年バンクーバー大会)を果たしている小口貴久さんによって、1日目の講師を務めた塚原さん、中村さん、九鬼さん、君嶋さんが紹介されたのちに、各氏による実技指導が行われ、最後に質疑応答の時間が設けられる流れで展開されました。高校の部には、飯田高校、能登高校、鵬学園高校から16名の陸上部員たちが、小中学校の部には緑丘中学校、栁田中学校、松波中学校、能登中学校、みさき小学校、宇出津小学校などから陸上部に所属する生徒のほか、バスケットボールや野球など他競技に取り組む子どもたちも含めて56名が参加しました。
各講師が持ち味を生かして実技指導
冬期練習で役立つ質の高いトレーニングを紹介
1日目のみの参加となった塚原さんは、ウォーミングアップとしてBGMに120BPM(1分間に120拍刻むテンポを示す音楽用語)の音楽を利用し、そのリズムに合わせてジャンプで前進していく運動を行ったのちに、走るときに重要になってくる「支持足が接地したときに受ける地面からの反発を生かして前に進んでいく」感覚を高め、速い走りへとつなげていくスプリントドリルを紹介しました。ウォーミングアップでのリズムジャンプでは、1秒間に2拍という一般的に心地よく、リズムに乗りやすいとされるテンポに合わせてジャンプで前進するなかで、1拍ごとに手足の動きを変えたり、横向きや後ろ向きで進んだりと、徐々に動きを複雑化。陸上競技の動きで重要となってくる連結能力(複数の動作を同時かつスムーズに行い、全身の動きを連動させる能力)を高めていく練習の一つです。「最初はできなくても、だんだん動けるようになってくる。できるようになったら、今度はビートに乗せることや、腕や足のタイミングをうまく合わせること、より大きく正確にリズミカルに動くことを意識してみよう」と、ドリルなどの練習でも大切なポイントとなってくる意識の仕方をアドバイスしていたことが印象に残りました。
なかでも、特に子どもたちが面白がって取り組んでいたのが、2人が前に出した右足の小指側を接した状態で向かい合い、右手で押し引きして相手のバランスを崩す運動です。子どもたちは「自分の太ももとお腹をくっつけるように腰を落としていく姿勢をとると、バランスを保てる範囲が広がるよ」という中村さんのアドバイスを受けて、その違いも確認。また、相撲では腰割りと呼ばれるこの腰を落としたポジションが、実は、スタートの姿勢に通じることや、砲丸投や円盤投、やり投でのパワーポジション、野球のバッティングやゴルフやテニスのスイングなどにも共通することが示され、力を発揮する直前や身体を安定させておきたいときに役立つことを理解しました。このほか、T字バランスで静止する、T字バランスを保ったままその場でジャンプする、空中でシザース(脚を前後に入れ替える)する連続ジャンプなどの動きに取り組んだほか、「同じスズキのやり投トップ選手がやっているトレーニング」として、肩甲骨を自在に操ることができるようになる「肩甲骨体操」も披露。一つ一つの運動を、実際の競技場面にどう生かされていくかまで紐づけての説明に、帯同していた指導者も熱心に聞き入っていました。
トップアスリートとさまざまな形で交流した参加者たち
1日目の会場となった緑丘中学校の陸上部に所属し、走幅跳と100mに取り組んでいる宮田芽衣香さんは、「今日は、自分の種目の練習に役立ちそうなジャンプの仕方とかを、いろいろ知ることができたのでよかったです。面白かったのは、2人組になって、相手のバランスを崩して倒す運動です。体幹とかを鍛えられそうだなと思いました」と教室に参加しての感想を話してくれました。宮田さんが陸上を始めたのは中学から。その理由は「実は、ほかにいい部活がなかったから」であることを打ち明けてくれましたが、今では「これからも続けていきたいなと考えています」と言います。最終学年となる来シーズンについて尋ねると、「走幅跳で4mを跳ぶことと、100mを14秒後半で走ることを目標に頑張りたいです」という言葉が返ってきました。
「面白かったです!」と答えてくれたのは、同じく1日目の小中学生の部に参加した中野大志さん(宇出津小学校5年)です。中野さんは、3年生のときから始めたバスケットボールに取り組んでいて、将来の夢は、バスケットボールのプロ選手。「アメリカに行って、八村塁さんのような選手になりたい」と言います。「教えてもらったことで、バスケに役立ちそうだなと思ったことを尋ねると、2人で引っ張り合ってバランスを崩す運動を挙げ、「重心を落とすといいと教えてもらったのですが、それがバスケのディフェンスのときに生かせそうだなと思いました」と話してくれました。
また、1日目の教室に参加した輪島高校キャプテンの大久保侑さんに感想を求めると、「普通では受けることができない貴重な機会でした。本当に豪華なメンバーから教えていただくことができて最高でした」と笑顔。「自分は砲丸投をやっているのですが、教えていただいた内容には、競技につながることがとても多かったです」と教室を振り返りました。例として、「T字バランスを維持したり、その姿勢でジャンプしたりする動き」を挙げ、「自分はうまくできなかったのですが、これができればパワーポジションの感じや力がどう伝わっていくかがわかると聞いて、“ぜひ、自分のものにして、砲丸投に役立てたいな”と思いました」とコメント。来年の目標を聞くと、「インターハイに出場すること」を挙げ、「競技場がないのは大変ですが、大学に行っても陸上を続けたいので頑張りたいと思っています。目標記録は15m台。ちょっと盛りすぎかもしれない(笑)のですが、今日、教えてもらったことを冬期練習でしっかり取り組みます」と力強い言葉を聞かせてくれました。
アスリートたちが目の当たりにした被災地の今
もう一つ、アスリートたちにとって大切な機会となったのは、移動中のバスや、会場に入る前に立ち寄った場所で視察した被災地の状況です。奥能登へ向かうのと里山海道では、今年1月に現地を訪れた日本陸連事務局員によると、「以前よりは、ずいぶんスムーズになった」そうですが、路面の凸凹が感じられる箇所や工事中で片側通行となっている場所もあれば、地滑りの影響でガードレールが宙に浮いた状態になっているところ、道路に大きな亀裂ができて利用できない状態の箇所も各地で見られました。また、珠洲・能登会場に到着する前に立ち寄った港に面する多目的ホール「ラポルトすず」の周辺は、4mを超える津波被害に見舞われた場所ですが、現在も平地だった場所が波打ったようにガタガタになったままになっていました。
アスリートたちは、こうした状況を目の当たりにし、日本財団でHEROsチームを担当して被災地を何度も訪れている広報部の神田卓哉さん、地元出身の小口貴子さんから詳しく説明を受けたことで、震災被害の甚大さや復興・復旧が進んでいない状況を改めて実感。そうした環境のなかで陸上やスポーツに取り組んでいる子どもたちの苦労と情熱を知ることになりました。
今回、奥能登陸上教室に参加した各アスリートの感想は、以下の通りです。
【参加アスリートコメント】
◎朝原宣治さん
今回は、僕は2日目のみ講師を務めましたが、参加してくれたのは陸上をやっている子たちばかりでした。誰もがとても真剣な様子で選手たちの話を聞いていたことが印象深かったですね。「何か吸収して帰ろう」という意欲がすごく感じられて、それが、とても嬉しかったです。見本を示せなかったことは申し訳なかったけれど、そのぶん普段よりは、いろいろな話をしたり、みんなの様子を見て直接アドバイスしたりすることができたように思います。
震災からもうすぐ2年になろうとしていますが、復興が進んでいないことは耳にしていました。実際に来てみると、仮設住宅もまだまだ多く、子どもたちの練習の場や勉強の場も整っていない状況にあることに驚きました。そのなかで、みんな頑張っているのだなと思いました。
僕自身も、(1995年に起きた)阪神淡路震災のときに家族はみな無事だったものの、姉の家が被災して大変でした。また、大阪ガスのグラウンドが復興の基地になり、使用できない期間があったんですね。練習場所を探して別の競技場に出向いた経験もあるので、そのなかで競技活動を続ける大変さはわかっているつもりです。最近では、この震災に関する報道も少なくなっていますが、長い目で支援を続けていくことが大切。機会があれば、ぜひ、参加したいです。
◎塚原直貴さん
これが実現したのは、(小口)貴子さんの発案と行動力あってのこと。僕自身は、貴子さんからお話をいただいていたのですが、同時に、貴子さんが日本陸連にも声をかけてくださったおかげで、陸上界として一緒に活動することができました。これをきっかけに、陸上界全体がさまざまな形で活動に参加していけるようになったら、もっと大きな力になるなと思いました。
僕は、1日目のみの参加ですが、今日は子どもたちの反応がすごく明るくて、何よりも僕が本当に楽しい時間を過ごすことができました。特に、子どもたちが、「できる、できない」にかかわらず、一所懸命やる姿がとても印象深かったです。
今日やったことが、何年か経ったときに、「参加してよかったな」「あのとき教えてもらったな」と、少しでも子どもたちの記憶に残ってくれたらいいなと思いますね。僕としては、こうした活動は、本当に「種まき」のようなものだと考えているんです。頑張る子どもたちの1歩までいかなくてもいい、0.5歩のきっかけつくりになってくれたら嬉しいです。
◎君嶋愛梨沙選手(土木管理総合)
実は、自分自身が、中学時代に、トップアスリートが来る陸上教室に参加させていただいたことが何回かあるんです。そこで、当時の現役トップや日本代表の選手に会って、話はできなくても動いている姿を見たり、声をかけてもらったりしたことが、当時の私にとって、とても大きな刺激になりました。「ああいうふうになりたいな、頑張りたいな」という思いを持ち、それを紡いでいったことが今の自分になっていると思うので、今回、そう思ってくれた子が少しでもいたら、とても嬉しいです。また、私自身が、これまでたくさんの方々から助けられたり支えられたりしてきたぶん、自分自身が今度は助けたり支えたりする選手・人でありたいと思っています。今後も、こういった活動を通じて、それを体現していきたいです。
◎九鬼巧さん
これは「陸上教室」をどこでやっても共通して言えることなのですが、「走る・跳ぶ・投げる」は全スポーツに交わる基礎中の基礎。特に、かけっこは、陸上以外のスポーツに取り組んでいる子たち、さらには運動していない子にも身近に感じてもらえることだと思うんです。陸上をやっている子どもたちはもちろんですが、1日目には野球やバスケットボールをやっている子たちも来てくれていましたから、それを伝えることができてよかったなと思います。参加した子どもたちが、「楽しかった」と感じていてくれたら嬉しいですね。今回は、(4回の教室ともに)自分自身もすごく動いたので、もうへとへと。でも、本当に楽しくて、いい時間を過ごせました。
◎中村明彦さん
教室のなかでは、「身体を自在に操ったり、制限があるなかでジャンプしてみたり」といったことに取り組んでもらいましたが、大事にしたのは(盛り上がって)「わーっ」となるとか、(きつくて)「うーっ」なるとか(笑)、勝負のなかで人と触れ合うとかいうことです。コロナ禍の影響もあって、トレーニングの場面などでも、陸上では人と至近距離で何かを競ったりする機会が少なくなっています。でも、そういうときに、実は、いっときすべてを忘れて楽しむことができるんです。なので、夢中になって楽しんでもらえること、そこを意識しました。何よりも、僕自身が、とても楽しかったです。
<運営・進行>
◎小口貴久さん
私は冬の競技をやっていて、今回講師を務めてくださった方々と同じオリンピアンなのですが、これまで接点が全くなかったので、陸上の方々が、こういった場でどういう話をされるのか、どういうことを教えられるのか、個人としてもとても興味がありました。競技特性は全く違うけれど、身体のコントロールなど通じるところもありましたね。子どもたちと同じくらいに、私も勉強させてもらいました。
◎小口貴子さん
今回、「陸上教室を奥能登で」という話になったのは、実は、私自身が高校時代、陸上部に所属していて、たまたま4月に高校の陸上関係の方から、「陸上で何か支援があったら嬉しいな」という声があるのを聞いたのがきっかけでした。改めて調べてみたら、チャリティや募金などでの支援はいただいているものの、実際に能登に入っての活動というのはまだ行われていないと知りました。なので「ぜひ、子どもたちに、本物に触れてもらいたい」と思ったんです。
陸上で頑張るといっても、「断層ができた」「仮設住宅になってしまった」と競技場がなくなってしまい、練習は「河原や校内を走っています」という状態です。そういうなかでも陸上が好きで取り組んでいる子どもたちに、少しでも励みになるようなことが何かできないかと、陸連さんにご協力を仰いだところ、「ぜひ、やりましょう」と快く引き受けてくださり、実現することができました。
昨日も今日も、教室のなかで子どもたちの笑顔を見ることができました。もう、それが一番だったので、今回の企画は大成功だと思っています。また、協力くださった朝原さん、塚原さん、中村さん、九鬼さん、君嶋さんというメンバーについては、事前に地元の関係者と連絡をとっている段階で、「えっ、こんなにたくさんのすごい方々が来てくれるんですか?」と驚かれましたし、指導者や保護者の方々からは「僕のほうが楽しみにしています!」と言っていただきました。参加してくださった子どもたちや保護者の方々はもちろんですが、実際のところ、運営にかかわってくださった関係の方々や陸上部の先生もみんな被災者なんです。それもあって、普段は子どもたちを支える側に回っておられる先生方にも、ぜひ楽しんでいただきたいという気持ちもありました。そういう意味でも、開催できて本当によかったと思います。
今回がきっかけとなって、新たな機会につながっていくことを心から願っています。
文・写真:児玉育美(JAAFメディアチーム)
- 前へ
- 1
- 次へ
1/1ページ