トータルではセビージャが優位も、近年は全くの五分。「偉大なるダービー」を数字で紐解く
特徴的なのはお互い敵地で重要な勝利を挙げていることだ。セビージャの本拠地ラモン・サンチェス・ピスフアンのこけら落としとなった1958年のダービーはベティスが4ー2で勝利。その翌年にはセビージャが敵地で4ー1と快勝し、リベンジを果たしている。ラリーガ EA SPORTS において最も多くのゴールが飛び交ったダービーは、ベティスが5ー3で競り勝った2018年のピスフアンでの一戦だった。
セビージャが22ー0で大勝したとされる1918年のダービーについても、歴史家たちの間で100年以上も議論され続けている。この試合では兵役を理由に主力2選手の出場を阻まれたベティスが抗議の意思を示すべく、ユースチームを派遣したと伝えられている。
エル・グラン・デルビーでの歴代最多得点は1930〜40年にセビージャでプレーしたミゲル・ロペス・トロンテギ、1970〜80年にベティスで活躍したフリオ・カルデニョサの7ゴール。21世紀における最多得点は2019年に交通事故で急逝したホセ・アントニオ・レジェスの5ゴールで、イバン・ラキティッチとケビン・ガメイロが4ゴールで続く。彼らセビージャ勢に対し、ベティス側には際立った得点者がいない。
両クラブのユニフォームを着てダービーを戦った経験を持つ選手は、長い歴史においても10人しかいない。地元セビージャ出身のホアキン・ヒメネス・ポスティゴは1934〜35年にベティスでプレーした後、10年以上もセビージャで活躍。彼は両クラブでリーグ優勝を成し遂げた唯一の選手だ。テネリフェ出身のディエゴ・ロドリゲスは1988年にベティスからセビージャへ “禁断の移籍” を果たした。
直近の例では2022/23シーズン前半にセビージャに所属し、2023年夏から現在までベティスで活躍しているイスコだ。開幕前から離脱を強いられていた彼は前節ジローナ戦で実戦復帰を果たしたばかりだったが、不運にも直前のヨーロッパリーグで再度の負傷に見舞われ、今回のダービーを欠場することになった。
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