【浦和レッズ】忘れられないあの日の記憶…西川周作は究極の余裕と危機感で正GKの座を守り抜く「欲は年々増している」
どんなときに機嫌が悪くなるのか?
最初の答えは、意外なものだった。
「子どもの出かける準備を手伝うときですね。自分が思うようなタイミングで子どもが動いてくれないと、不機嫌になってしまうときがあります」
人によって時間の感覚が異なるのも、大人と子どもならなおさら違うのも、西川は分かっている。それでも、自分の思い通りにいかないと、ときに叱ってしまう。
すぐに子どもに申し訳ないと思うが、そんなときに決まって声を掛けられる。
「パパ、気をつけたほうがいいよ」
声の主は、妻だ。そして、気をつけたほうがいいというのは、対子どもに限らない。
「週末の試合も気をつけたほうがいいよ」
そう言われて、西川はハッとする。
「イライラするとダメなタイプだと理解しているんです。家の中でもピッチの中でもイライラし出すと良くない結果になるし、家庭からピッチにつながっていると思うんですよ。だから妻に言われてハッとしながら、いいアドバイスをもらって週末の試合を迎えています」
そのための西川の流儀が、「究極の余裕」である。
そもそもは、西川が浦和レッズに加入した際にGKコーチを務めていた土田尚史から授かった言葉だった。
「尚史さんからは『周作の目の前で起こることは全て想定内だぞ』と試合前によく言われていました。『それが究極の余裕だからな』」
それから10年以上の間、西川がメディアの前で「想定内」という言葉を何度も発してきた。「究極の余裕」という言葉も自分に合っていると感じた。
「自然と出てくる言葉ですよね。全てを想定内にして体も自然にリラックスした状態でいれば余裕が生まれるし、余裕を持っている試合は自信に満ちあふれているんです」
ならば、全てを想定内にする、究極の余裕を持つためにはどうすればいいのか?
「やっぱり事前の準備をしっかりしたり、頭の整理をしたりする。プライベートだってそうです。例えば、時間に余裕を持つ。時間に余裕がないから、遅刻するかもしれないと思って子どもの準備の遅さにイライラするんですよ。
オフで予定がなければ何とも思わない。簡単なはずだけど、難しい状況になるときは簡単なことができない。難しいときこそ、基本に立ち返らないといけないと思います」
「マリウス(ホイブラーテン)からボールが来たとき、最初はワンタッチで前に大きく蹴ろうと思いました。でも、ダニーロ(ボザ)がサポートに来てくれたので、判断を変えたんです。
短いパスをつなごうとしてロングボールに変えるのはできるんですけど、ロングボールを蹴ろうとしていたのをショートでつなごうとするとうまくいかない。そこは頭の問題だとすぐに気づきました」
だから、引きずらなかった。失点は引きずらずに切り替え、反省は試合後にする。いつもそうなのだが、原因が明確だからなおさらすぐに切り替えられた。
結果的に自分のミスから許した失点が決勝点になってしまい責任を感じたが、「試合中は1失点だけならチャンスはある」と考えられた。
それが精神的ダメージを受けそうなミスをしても失点を重ねなかった理由であり、後半のビッグセーブにもつながった。
印象的だったのは73分の相手との1対1を防いだプレー。相手との距離を一気に詰めた見事なセーブだったが、飛び出す直前に一度、下がっていた。
「最初は背後のスペースも対応できるように下がったんです。でも、中山(雄太)選手がトラップした瞬間、『絶対に行ける』と思いました」
一度下がってから飛び出すのは体の動きとしても判断としても容易ではないし、少しでもタイミングが遅れれば却って仇になる。しかし、西川は躊躇しなかった。
「そもそも、後ろから来るボールなので、シュートを打つ選手のほうが難しいと思いました。しっかりボールを見ないといけないので、僕の位置はおそらくはっきり見えない。(リオネル)メッシくらいじゃないと見られないんじゃないですかね」
あの一連の流れで、そこまで理解していた。頭が整理されていたからである。まさに想定内、究極の余裕である。
「あの試合は正直、あまり機嫌がよくなかったですね」
あの試合とは、西川がベンチに回った10月18日の横浜F・マリノス戦のことである。
マチェイ スコルジャ監督は、横浜FM戦以前から公言していた。
「残りの試合の中でニエ(牲川歩見)にもチャンスを与えたいと思っています。それはシュウを信頼してないからではなく、シュウを信頼しながらもニエを起用すると思います」
シーズン終盤を迎え、これまで出場機会の少ない選手にもチャンスを与える、つまり、西川にとっては、ポジションを奪われたわけではない。
それなのに、西川の中には複雑な思いがあった。
監督の考えは尊重している。普段なかなか試合に出られない選手に経験を積ませる必要があることも分かっている。もちろん、試合に出ないと決まれば、牲川のサポートにも徹する。
ただ、それでも公式戦はどんな試合にも出たい。天皇杯の初戦で大学生やいくつも下のカテゴリーのチームと対戦するときだって試合に出たい――そう西川は思っている。
だから、試合に出られないと苛立ちを覚えるのだ。
その複雑な思いは、危機感と言い換えてもいいだろう。
西川が今もなお鮮明に覚えているのは、当時のリカルド ロドリゲス監督から「(鈴木)彩艶を試したい」と直接伝えられた2021年5月の日のことだ。
それから6週間、西川は16歳下の後輩にポジションを明け渡すことになった。それだけ長く欠場したのは、大分トリニータ在籍時の2008年、浦和レッズ戦で左膝後十字靭帯と半月板の損傷という大怪我を負って以来のことだった。
あのときの危機感が、西川の中に今もある。
「プロの世界なので、『この試合は休んでも大丈夫だろう』という試合は1試合もないんです」
J1リーグ6試合をベンチで過ごしたあと、再び出番を掴んだ西川はそれ以降、彩艶や牲川とのポジション争いに勝ち続け、浦和レッズの正GKの座を守ってきた。
「僕は常に試合に出たい。試合に出て活躍したいし、チームに貢献したい。そういう気持ちは今でもずっと変わりません。むしろ、欲は年々増していますよ」
そう言うと、西川はイメージどおりの笑顔を見せた。
あと7ヵ月ほどで40歳を迎えるが、心身ともに衰えはない。西川は「究極の余裕」を目指し、最大限の準備と頭の整理を続ける。まだまだ実力で正GKの座を守り抜くつもりだ。
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