ロッテ 池田来翔 徹底的にガムシャラにバットを振り続ける宮崎県都城市での秋季キャンプ

千葉ロッテマリーンズ
チーム・協会

右手を突き上げるマリーンズ 池田来翔内野手 【千葉ロッテマリーンズ広報室提供】

 奇麗な放物線を描き、打球はレフトスタンドに消えていった。本拠地ZOZOマリンスタジアムで迎えた6月12日のカープ戦。池田来翔内野手が3号ソロを放ち先制をした。2ストライク2ボールと追い込まれながらの厳しい状況でも気持ちで負けなかった。

 ストレート待ちで打席に立っていたが、ストライクゾーンに入ってきたスライダーを猛然と打ち返す。以前であれば凡退することが多かったシチュエーションだった。しかし狙い球が違えど、対応した。プロ4年目、成長が垣間見たアーチとなった。

 「変化球とかに泳がされずに打ち返すことが出来た。2ストライクからでも打てたのは打ちにいきながらも、下半身をしっかりと我慢して、間がとれいるからだと思う。あれは嬉しいホームランでした」と池田。この翌日もヒットを放ち、交流戦で10試合連続安打を記録した男はその時、充実した表情を見せていた。

 石垣島キャンプではなく、宮崎県 都城キャンプスタートとなった2月に今の土台が作られた。「打ち込むぞ。覚悟しといてくれ」。サブロー監督(当時二軍監督)にそう宣言されて覚悟して挑んだキャンプだった。全体練習が終え室内練習場に移動してからが本番と言っても過言ではなかった。徹底的にバットを振った。「めちゃくちゃ、きつかったっス。人生で一番バットを振ったと思う」と池田は当時を振り返る。「その日の課題をクリアするまで終わらない。それが出来るまで練習は終わらなかった。毎日、4時間以上はずっと振っていたと思う」と池田。

 手の皮も足の皮もむけた。それでもバットを振り続けた。苦しくても耐え続けられたのはサブロー監督とキャンプ前に打ち込むと約束したから。そして、いつもそばで見守り、アドバイスをくれたからだ。「自分と安田(尚憲)とペアで練習をしていたのですけど、ずっと見てくれた。マンツーマンで指導してくれた。安田と2人で『こんな幸せなことはないよな。だから頑張ろう』と言いながら練習に取り組んでいた。これだけ付きっ切りで指導をしてくれる期待に応えたい。その想いでやっていた」と振り返る。

 プロ入り後、長年の課題は投手とのタイミングの取り方だった。池田は「今まではボールを見すぎていた。それを自分の間に呼び込んで打つ。自分の間を作る練習をした。そのために左足の使い方。足のあげ方。下半身の使い方を徹底的に振り込んで覚えた。今はタイミングがとりやすくなってきているし、待ち球でなくても対応できるように少しずつなってきている」と前を向いた。

 特訓はキャンプを終えてからも続いた。二軍の本拠地・浦和球場の室内練習場などで継続的に行われ、バットを振り続けた。そしてその成果が未来へと繋がっていく。サブロー監督も「池田もきっと2月にやってきたことが少しずつ実を結んでいると実感してくれているのではないかな」と目を細め、その背中を見つめた。そして今、再び秋季キャンプで宮崎県 都城でバットを振り続ける日々を行っている。

 春にまいた種が少しずつ、しかし確実に花咲かせたように。秋も徹底的にバットを振り、次なるシーズンへと向かう。「都城はボクの第二の故郷ですよ」と池田は笑う。いつかここで培った努力が報われる人が来ることを信じて。そして、これだけバットを振ってきたのだから、やれるはずと自信を持って打席に入れるように。大輪の花を咲かせるために貪欲に打っていく。

文 千葉ロッテマリーンズ広報室 梶原紀章


  • 前へ
  • 1
  • 次へ

1/1ページ

著者プロフィール

球団に関するニュース、球団広報によるコラム、オフィシャルライターによるチームのこぼれ話や球団情報をお届けします。お楽しみに!!

新着記事

編集部ピックアップ

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着コラム

コラム一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント